跡部は、の伯父を迎える為、玄関ホールで使用人達を従えて待っていた。
身に付けている服は、フォーマルなスーツ。
色合いは落ち着いたものを選んだ。
ネクタイも全て、派手さを抑えてコーディネートしてある。
第一印象は、話を円滑に進めるために必要なファクターの一つ。
派手すぎず、かといって地味すぎず。
そんな心がけで選んだ服装だった。
この服装を決める為に、が少し眠っていた間に、クローゼットルームで悩んでいた事を知っているのは、その間、の様子を見ていろと申し付けられた清音だけ。
そんなこんなで決めたスーツを着込んだ自分を見たに、「凄く似合ってて格好いい…」と頬を染め、更に微笑みまで添えて言われると、当初の目的ではない筈なのに、報われた気分になって、この上ない幸せを感じる跡部だった。
と、話が反れたので元に戻そう。
清音によれば、の伯父はもう間もなく到着するらしい。
因みに、清音は跡部と共に玄関にいる。
の伯父とは、一体どんな人物なのだろうか。
資産家だという話なので、案外 跡部の見知った人物かもしれない。
そんな事を考えていた時、玄関の外で車の停まる音がした。
の伯父が到着したのだろう。
外に待機させていた使用人が、玄関のドアを開く。
ドアの向こうには、怒髪天を突くという言葉がぴったりなほど、怒りの形相をした、一人の男。
跡部はその人物を見た途端、驚きのあまり、硬直。
その場に居た跡部だけではなく、使用人達すらも、固まってしまっている。
それは、男が怒りの形相をしているからだけではない。
その男が、意外な人物だったからだ。
外で玄関を開けた使用人達は、この驚きのなかよく動けたものだと感心できた程、の伯父と思わしき彼は、ここにいた誰もの予想を裏切る人物だったのだ。
驚きのあまり固まってしまい、回復できていない跡部に向かって、男性は怒りの形相をそのままに、大股で近付いてくる。
そして、跡部の目の前に立つと、右の拳を振り上げ、驚きから回復していない跡部めがけて振り下ろした。
跡部の左頬に、強く鈍い衝撃。
さらに、身構えていなかった事が災いし、その衝撃で床に派手に倒れてまった。
それでも、跡部の混乱は収まりそうもない。
あまりに意外すぎる人物の出現が、跡部の思考を完全に止めてしまっているからだ。
そんな跡部を後目に、男性は「ちゃんは?」と、問う。
「応接間でございます」と、清音が冷静に答えた。
案内をしろと男に促され、清音は頷いて応接間へと向かい歩き始める。
その後ろを、男は黙ってついてゆくのだった。
が、不意に背後から「景吾」と聞き覚えのある声で名を呼ばれてはっと我に返った。
一方、応接間では、がそわそわとした様子で、伯父の到着を待っていた。
すると突然、ノックする音もなく、乱暴に応接間のドアが開く。
それに驚いたはビクリと身を震わせ、ドアの方に視線を向けた。
そこに居た男性は、何処かで見たことのある顔で。
懐かしい顔立ち。
今は亡き父の面影があったのだ。間違いなく、その男性が伯父だと、は確信する。
そしては、慌ててソファーから立ち上がり、彼に向かって頭を下げた。
伯父は怒り形相で、応接間に入ってくる。
その様子に、伯父はとても怒っているのだと、は思った。
「あの…、伯父さんですか?」
は勇気を出して彼に問うてみた。
彼は頷いて「そうだよ」と答えると、の元へと、大股で近付いてくる。
そして、に向かって手を伸ばしたかと思うと、彼女の腕をがしりと掴んだ。
その手の温もりに、懐かしさを感じる。
伯父のての温もりは、父の手の温もりにそっくりだった。
の体が、強い力で伯父の元へと引き寄せられる。
「おいで…。伯父さんと行こう」
伯父はそんな事を言うと、の腕を引いて、応接間の外へと連れ出そうする。
「行くって、何処へですか!?」
は慌てて、伯父に問うた。
「伯父さんの家だよ。 こんな所に、ちゃんを居させる訳には、いかないからね」
の言葉に伯父は即答。
伯父のその言葉に、は慌てた。
跡部と引き離されてしまうと、そう思ったのだ。
「待って下さい。私はここに…、景吾の側に居たいんですっ!」
は、そう言って伯父に抵抗をした。
しかし、伯父は一喝。
「駄目だ!!」
強い口調で言われて、はビクリと身をすくませた。
と、その時だ。
再び、応接間のドアが開いた。
ドアの向こうから姿を現したのは、跡部。
彼の左頬が赤く腫れあがっているのを見たはぎょっと目を見開いた。
「景吾、その頬っ!」
伯父によるものであると、すぐに解った。
は、跡部に駆け寄ろうとしたが、伯父に腕を捕まれたままであった為、許されなかった。
「たいした事はない。心配するな、」
心配そうな視線を自分に向けているに自分の視線を絡めて、跡部が優しく言葉をかけてくる。
そして跡部は、視線をの伯父に移動させて言った。
「頼むから、話を聞いてくれ…親父……」
跡部のその言葉を聞いた時、は驚きのあまり目を見開いた。
跡部が、自分の伯父を親父と…父と呼んだ。
そう、の伯父は、跡部の父親であったのだ。
その事実に、驚いているの前に、跡部の背後から見覚えのある女性が姿を現す。
跡部とよく似た瞳と髪の色、顔容をした長身の女性。
跡部の母親だった。
「貴方、少しは落ち着きになって下さい。 ちゃんは手術をしたばかりで、安静にしていなきゃいけないんですのよ?」
跡部の母は、の腕を掴んだままの跡部の父に向かって言葉を紡ぐ。
すると跡部の父はっと気が付いた様な顔になった。
その跡部の父の表情の変化を見てから、跡部の母は跡部の横を通り過ぎ、と伯父との元へと近付いてくる。
「それに、ちゃんにも景吾にも、話をしてあげないと……」
跡部の母は、そう言いながら、の腕を掴む跡部の父の手をやんわりと引き離す。
そして、の肩をそっと抱いてソファーに座るよう促した。
「そして、少し位は二人の話を聞いて差し上げて下さい………」
をソファーに座らせた後、跡部の母は跡部の父に言う。
すると跡部の父は小さくため息を吐き、「解った……」と頷いた。
そして、四人はソファーに座って一旦落ち着く事になった。
応接間には、四人の他にも、清音や弁護士の山岡の姿もある。
山岡も、跡部の父母と共に、やって来ていたのだ。
ソファーには、を挟んで、跡部の父母……にとっては、伯父と伯母……が座っており、それに対面する形で、跡部がコーヒーテーブルを挟んだ向こう側に座っていた。
清音と山岡は、達の座るソファーの後ろに並んで立っている。
その配置に跡部としては不満だったが、今はそんな事を言ってる場合ではない。
跡部の、そしての知らない真実を、父母から聞きださなければならない。
そして、父にとの仲を認めて貰わねば。
まず、跡部は自分の父母の話に耳を傾けた。
語られたのは、が弁護士の山岡に聞いたものと同じ話。
の父が跡部の父の妾腹の弟だった…というもの。
その事を跡部の父が知ったのは、がの替え玉をしていた事がきっかけだった。
ある日の事、跡部の父は、妻から奇妙な話を聞いた。
今、と名乗って息子と共に暮らす少女が、実は偽者であるという話を……。
それは、跡部の母が調べあげた事実だった。
跡部の母は、あの写真の飾られた部屋での振りをしていたに、微かな違和感を感じた。
その違和感の正体を知ろうと、跡部の母は、の身辺を探り始める。
その時、が都心から遠く離れた場所で、恋人と思われる男と暮らしているという話を聞く。
しかし、おかしな話である。
は、今、自分の息子と共に暮らしているのだから。
そして更に調べあげてみれば、息子と共に暮らす娘はではなく、赤の他人。
替え玉だったのだという事実に行き当たった。
けれど、跡部の母はに対して怒りを感じる事はなかった。
の事情を詳しく調べれば、そうするしかなかったと、納得出来たし、何より、跡部の母はを気に入っていたし、息子の妻にふさわしいとも思っていたからだ。
そして跡部の母は、二人の偽りの関係を一旦終わらせようと考えた。
替え玉の話を夫、つまりは跡部の父に話せば、すぐさま二人の関係に一旦の終止符が打たれ、更に、との縁談も白紙になるだろう。
しかしこの事で、と息子の仲が失われる事はないだろうと跡部の母は考えた。
それはいわゆる、女の勘というもので。
二人の仲は、夫に反対されるかもしれないが、例え、反対されても乗り越えられる力が息子にあるだろうと信じて、夫に全てを語った。
妻に、調べあげられた事の全てを聞いた跡部の父は憤慨した。
夫妻に対しても、に対しても。
自分を始め、沢山の人々を騙していたのだから。
しかし、はともかく、は悪くない。
彼女は苦しい家庭環境故にに操られていただけだと、妻にについて調べあげた資料を見せられた時、その中に見覚えのある名を見つけてしまった。
の亡くなった父の名が、ずっと昔に離れ離れになってしまった、可愛い弟のそれと同じだったのだ。
まさか、同姓同名だろう。
弟は何処かで幸せに生きている。
跡部の父は、そう信じていたかった。
けれど不安にかられてしまい、の父親の出生を調べる事に。
その結果、の父親は自分の弟であるという真実に、行き着いてしまう。
弟が幼い娘二人を残し、その妻と共に交通事故で他界してしまっていた事に……。
弟の忘れ形見である、二人の娘が、母方の叔母夫婦に虐げられ、それから逃げ出した先で困窮している。
替え玉などという、犯罪まがいな事に手を染めてしまう程……。
そんな事を知れば、どうにか娘達を救ってやりたい。
幸せにしてやりたいと、考えるのは当たり前の事で。
我が家に引き取り、学校に通わせてやり、いずれは自分がふさわしいと、幸せに出来るだろうと、考えた男と結婚させてやろう。
そんな事まで考えていた。
そして、その事について、息子である跡部に語ろうと思った矢先…。
を妻にしたいと跡部が言い出した事で全ての計画は狂いだす。
跡部の父には、どう考えても跡部がの夫として、ふさわしいとは思えなかったのだ。
跡部には、女性関係が派手であった時代があったからだ。
それは随分と過去なのだが……。
今はなりを潜めているが、再びそうならないとは限らない。
そんな跡部と結婚させて、その結果、を不幸にしてしまったら……。
そう考えて、を跡部と結婚させる事に頷けなかったのだ。
跡部が、と結婚すると言った時、父が激昂し反対した理由はそこにあったのだ。
そして、を探し出せぬよう、情報操作をしたり、跡部の雇った探偵たちに圧力をかけた……。
跡部が、を探し続けても、情報を全く得られなかった理由には、そんな跡部の父の思惑が絡んでいたのだった。
全てを聞き終えた跡部は、なるほど…と小さく息を吐く。
父母から聞かされた話に、跡部は全てに納得した。
どんな事をしてでも、幸せにしてやりたいという、父のへ対する想いも…。
しかし跡部とて、気持ちは同じ。
を幸せにしてやりたい。
いや、父以上に、跡部はを幸せにしたいと思っている。
どんな事があっても、自分自身の力で、彼女を幸せにしてやりたい。
跡部は、その気持ちを父に伝えなければならないと思った。
もう、自分は過去の自分とは違う。
だけを愛し、だけを見詰め続けて生きてゆく。
そう心に決めているのだ。
そして跡部は、一度 に視線を向けた。
しかしすぐにその視線を父に移す。
父を真っ直ぐに見据え、跡部は口を開いた。
自分の、想いを伝える為に……。
<あとがき>
やっとここまできました!
やっとですよ、やっと!!!
長かったよぉ……。
跡部の父親=ヒロインの伯父。
伏線を引き捲っていたので、解った人は多かったと思いますけどw
実際、跡部とヒロインは従兄妹では?と仰った方もいらっしゃいました。
もうちょっと、榊を怪しくすべきだったかなぁ〜とも思ってたんですけど、それやると話が長くなりそうだったので……。
すみません、手抜きモノカキで…orz彡<スライディング土下座
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