の術後の経過は良好で、手術の日から二日後に退院する事を許された。
幸いは、流産がの今後に殆ど影響はないだろうという担当の女医の診断。
妊娠し出産する事も可能だろうと、女医は言った。
流産した挙句、子供の産めない体に…と、そうならなかった事は、本当に幸いな事だった。

が入院していた二日間、跡部は仕事を休み、ずっとに付き添った。
休んでしまったぶん、仕事が滞ってしまうが、巻き返す事など跡部には容易な事。
例えそうでなかったとしても、優先するのはだっただろう。
甲斐甲斐しくの身の回りの世話をする跡部。
その世話やきぶりは、話を跡部から聞き付けて、 の身の回りの世話をしようとやって来た清音が、やる事がないと落胆する程。
結局、病院でのの世話は、殆ど跡部の役目であった。
の身に起こった事は、宍戸にも伝えてある。
宍戸はの体調を気遣って、入院中の見舞いは控えるとそう言った。
彼の見舞いは退院してから。
そんな話になっている。

 

そして、は許可を得て、退院する事になったのだった。

「また、ここに戻ってくるなんて…、思わなかったな……」
そうが漏らしたのは跡部に連れられて、彼の屋敷の門をくぐった時の事。
病院から屋敷までは、跡部の運転する車での移動。
離れてから、一月(ひとつき)程度しか経ってはいなかった跡部邸だったが、はとても懐かしい気持ちになった。
「当面の仮住いだけどな」
の言葉に、そんな言葉を返す跡部。
彼の言葉の意図が見えず、は小首を傾げて「どうして?」と問う。
可愛らしいの仕草に、跡部は思わず彼女を抱き締めたい衝動にかられた。
しかし、運転中であるので我慢。
とはいえ、これからは夫婦として共に暮らしてゆくのだから、焦る必要など何処にもない。
家に帰り着いてから、ゆっくりと甘い時間を過ごせばいいのだから。

「ねぇ…景吾?」
そんな、怪訝そうなの声に、跡部ははっとなる。
どうやら、これからの甘い生活に、意識がとらわれていたようだ。
「あぁ、悪い。詳しくは、落ち着いたら話す」
跡部はそう言うと、車を停めた。
屋敷の玄関前に到着したのだ。
の事情は、屋敷の皆に伝わっている。
替え玉の話も全て。
けれど、屋敷の者達からの反発は全くなかった。
同情もあったが、何より、彼女の人柄に使用人達が好感をもっていた事が、彼等に反発させなかった一番の理由だろう。

跡部邸の使用人達は、玄関に勢揃いでを出迎えた。
勿論、清音もだ。
「お帰りなさいませ。退院おめでとうございます、様」
玄関先で、は皆からそう言葉をかけられ、出迎えられたのだった。
彼等を騙していた事を、は頭を深々と下げて詫びた。
けれど誰もが気にしていないと微笑んでくれる。
そんな、皆の優しい心遣いに、は感激のあまりポロポロと涙を零して泣いてしまった。
「泣くなよ」と、跡部がを抱きしめたけれど、嬉しさゆえの涙は簡単に納まりそうにない。
「ありがとう…ございます」
は涙を零しながら、許してくれた皆にそう礼の言葉を紡ぐ。

罪悪感を抱え、沢木と共にこの屋敷を出たあの朝、こんな日が来るとは、思っていなかった事で。
とても、幸せだと、は思った。
流産の悲しみが癒えていた訳では、もちろんなかったが、自分の事を許し迎えてくれる人々の為にも、前向きになろうと、は心に誓うのだった。
 

そしては、玄関を後にして部屋へと向かう事に。
跡部に引き連れられて、やって来たのは跡部の部屋。
夫婦なのだから同室なのが当たり前だろうという跡部に従う形でそうなったのだ。

跡部の部屋に着いたそうそう、 はベッドルームで休む事にする。
退院は許されたが、まだまだ安静にしなければならないと、女医に言われていたからだ。
は、清音がベッドの上に前もって用意していてくれた寝間着に着替えてベッドへと入った。
因みに、今、跡部は隣のプライベートルームに居る。
流石に、跡部の目の前で着替えなど恥ずかしくてには出来ない。
それは、入院中もそうだった。
跡部は、別に構わないと言うが、まだまだ思春期のに出来ることではない。
跡部は、の意思を尊重して、彼女が着替えている間は別室に居る事にしたのだった。

が広すぎるベッドに潜りこんだ時、ベッドルームのドアがノックされた。
「入ってもいいか?」と、ドアの向こうから跡部の声がする。
「平気だよ」と、が返事を返せば、すぐさまドアが開いて跡部が部屋に入ってきた。
その跡部の後ろからは清音も。
「ちゃんと、ベッドに入ってるな」
跡部は、ベッドに居るの姿を見て、にこりと微笑みながら言い、ベッドへと近づいてくる。
そして、ベッドサイドに腰をかけ、偉い子だとばかりにの頭を撫でる。
子供扱いされる事に、不満を感じて少しだけはむくれてしまった。
けれど、そんなの様子すら、跡部には可愛らしく思えてしまう。
「そんな顔しても、可愛いだけだぞ?」
跡部はそう言うと、少しだけふくれたの頬に軽く音をたててキス。
途端に、耳まで朱くなってしまう
入院している間、キスをしたり抱き締めあったり、そんなスキンシップが幾度とあったのだが、はまだまだ抗体が出来ないらしく、恥ずかしそうに頬や耳を朱に染めるのだ。
そんな初なに、跡部は何度でも惚れなおしてしまう。
「ホントに可愛いな、は」
跡部はそう言うと、まだ顔を朱くしているを抱き締める。
は、そんな跡部の抱擁を恥ずかしそうにしながらも受け入れるのだった。

甘い雰囲気に浸りはじめた二人だったが、コホンという咳ばらいに、はっと気付く。
この部屋には、清音も居たのだと。
せっかくの、二人の雰囲気を壊したくはなかった清音だったが、どうしても伝えなければならない事があり、仕方なくした咳ばらいだった。
その事を謝罪してから、清音は本題を口にする。
「今日の夕刻、様の伯父様がお屋敷にいらっしゃる事になっております」
清音がそんな事を伝えられたのには理由がある。
入院中、はドタバタで自分のマンションの戸締まりをしていなかった事に気付いた。
状況が状況だ。
跡部もその事に関して、全く気付いていなかった。
セキュリティに関しては、最上級のマンションではあるが、それでも戸締まりをしていなければ安心していられる筈もない。
結局、清音がのマンションに出向いて、戸締まりと、持ち出し忘れた貴重品や着替えを取りにゆく事に。
管理者に事情を説明し、そして、管理者立ち会いで、清音はのマンションに入り、役目を終えることができた。

その時、回収して持ち出したものの中に、の携帯電話があった。
妊娠の話を、 はまだ伯父に伝えてはいない。
更に、今回の流産の話も伯父に伝えなければならないと思っただったが、病院では携帯電話は使えない。
仕方がないので、清音がの代わりに仲介人である弁護士の山岡に連絡をとった……。
そんな経緯があった為、清音のその言葉があった、という訳だ。
 

跡部としては、病み上がりのをあまり疲れさせたくはなかった事もあり、今回は跡部だけでの伯父と話すつもりでいた。
けれど、自分も一緒に…というに折れて、彼女も一緒に彼女の伯父と対面する事になったのだ。
玄関先で彼女の伯父を出迎えるのだけはにはさせないという条件で。
出来るだけ、には負担のないようにという跡部の配慮からの事だった。

存在は知れど、会った事のない伯父に、初めて会うことになった
その事に酷く不安を感じていた。
自分のやった事は全て、正直に話すつもりでいる。
伯父はきっと怒るだろう。
別に、一人が伯父に見捨てられるのならば、いいのだが、とばっちりでまで見捨てられてしまったら………。
だから、は不安なのだ。
そんなの不安に、気が付かない跡部ではない。
「心配するな。 何があっても、俺が守るから……。お前だけじゃない。の事も…だ…」
の頭を優しく撫でながら、跡部は安心させるように言葉を紡ぐ。
そんな跡部の心遣いが嬉しくて、は「ありがとう」と微笑んだ。

それから間もなく、は睡魔に誘われて眠りの園へと旅立った。

 


そして時は進み、が目を覚ませば、もう約束の夕刻。
伯父との対面の為、は一旦 寝間着から清音の用意した服に着替え、跡部と共に応接室へと向かう。

応接室についてすぐ、清音からの伯父の到着が近い事を知らされた。
は、応接間で伯父が現れるのを待つ。
跡部は、の伯父を出迎える為に玄関へ。
応接間を出る前、不安げなに跡部は優しく口付けをし、なんの心配もいらないと微笑みかける。
そんな彼の言葉に、は無言で頷き、にこりと微笑みを返すのだった。
 









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〈あとがき〉
あい、ラブモードに突入です。
なんかね、今までがせつなかったんで、これ書いてる時は、ウハウハ楽しかったです!
でも次は…、波乱………かなぁ?

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