手術は無事に終わり、は病室へと移された。
白い病室の白いベッドの上、白いシーツに包まれては眠っている。
左の腕には点滴の管。
跡部に、そんな彼女の姿はとても痛々しく見える。

眠る彼女の姿をずっと見詰めてどれほど時間が経ったのだろうか。
気が付けば、白いカーテンの向こうがうっすらと明るい。
その間、跡部は自責の念にかられていた。
こんな事になってしまったのも、全て自分のせいだ…。
後悔先に立たず…この言葉の意味を、今この場で強く体感していた。

ふと、跡部は眠るの頬をそっと触れてみた。
少し冷たい頬。
そんな彼女の頬を、跡部はそっと撫でる。
やさしく、何度も何度も。

その時、の瞼がピクリと動いた。

 

の意識が暗闇から浮上する。
頬に温かな指先の感触を感じながら………。
瞼を開けば見知らぬ白い天井。
すぐさま、今の自分の居場所には気付いた。
ここが、病院の一室である事に…。

呆然と天井を見上げるの視界に、一人の男が入ってきた。
跡部だ。
「気分は…どうだ? 痛い所とか…ないか?」
跡部はを上から見下ろしながらそう問いかけてくる。
痛みと言われれば、腹部に鈍痛がある。
けれど、それ以上に痛い所がある。
えぐられた様に痛むのは胸。
赤ん坊を死なせてしまったが故の心の痛み………。
「赤ちゃん…」
産んでやる事ができなかった。
その事が悲しくて悲しくて、の両目から涙がこぼれる落ちる。
重力に従い、目尻を伝って耳もとへと……。
そんなの涙を、跡部はそっと指先で拭う。
そして彼女の頭を優しく抱きしめた。
「ごめんな…」
耳元で跡部はそう謝罪の言葉を紡ぐ。
「こんな事になったのも、全部俺のせいだな……」
跡部の震えた声。
まるで泣いているようだった。
けれど、彼が悪い事など、どこにもない筈だ。
すべては、の行いからきた事で。
だから、こんな結末になってしまった事に、彼が気に病む必要などない。
「貴方は、悪くない。悪いのは、私……。貴方を騙そうとした、私が悪いの……。 全部、私の罪なの…」
どんな理由があっても、他者を騙していい筈がない。
「私が悪いの…」
そんなの言葉に、跡部は顔を上げて彼女を見下ろし「違う」と頭を振った。
「それはお前の罪じゃない。俺の罪なんだ。お前が悪い事なんて一つもない…」
そう言いながら、跡部はの頬に掌を添える。
「全部俺の身勝手のせいなんだ…」
跡部の両目が揺らいでいる。
そんな跡部に向かって、は頭を振った。
「身勝手なのは私だよ…。お金が欲しくて、貴方を騙そうとした私が一番身勝手なの。だから」
貴方が悲しむことはないの…。
そう言おうとしたの言葉は跡部の言葉によって遮られた。
「でも、それはの為だ…。この世でたった一人の妹の為だ。そんな理由がなければ、お前はの話に頷かなかっただろ?」
跡部のその言葉を聞いて、は息を呑む。
何故、彼がそんな事をしっているのだろうか?
酷く驚いた。
「最初から気付いてた。お前が真実を話した時から、の為にそうするしかなかったって事にも…、お前が家から出てゆこうと考えてた事にも……。 俺はお前の考えていた事全てに気付いていた……。 そんなお前の気持ちを…罪悪感を逆手にとってあんな事をして……」
全ては、への想い故の事……。
驚いているの前で、跡部は言葉を紡ぎ続ける。
「お前を手放したくなかった、失いたくなかった……。そう思ってお前を無理やり抱いて……、子供が出来ればお前は完全に俺のものになる…そんなことまで考えて……」
跡部の告白は、にとってかなりの衝撃で。
驚きのあまり、その涙が止まってしまう程だった。

「卑怯な事だってわかってた。でも、お前を失いたくなくて……。結果…お前をただ傷つけて苦しめて……」
跡部はそう言い終ると、を再び抱きしめる。
「もう二度と、こんな思いなんて……こんな風に哀しませたりしない。一生、お前を…を大切にする………。 だから…、だから一度でいい。やり直すチャンスをくれないか?」
を抱き締めたまま、跡部は言葉を紡いだ。
「お前の側に居させて欲しいんだ。お前を苦しめてしまった罪を、俺は一生をかけて償うから……」
跡部の、を抱きしめる手も言葉を紡ぐ声も酷く震えていた。
「俺はこの先どんな事があっても、お前を絶対に幸せにする。もう、苦しませない。だから、側に居させて欲しい。そして、やり直させて欲しい……」
そして跡部は顔をあげての瞳を見つめる。
跡部の頬には流れ落ちる滴。
その一粒が、の頬にポタリと落ちた。
「俺と、結婚して欲しい」
両目から溢れるものを拭いもせず、跡部は言葉を紡いだ。
それは、あまりにも身勝手な言葉。
けれど、言わずにはいられなかった。
への想いは、もう止まらない所まで行き着いてしまっている。
彼女の居ない未来など考えられない程に。
「愛してる…。俺はずっと、お前を愛してるんだ……。 という名前は知らなかったけど……、でも、俺が愛してるのはお前だけ…。泣き虫なくせに、気が強くて、真面目で真っ直ぐな、お前を……。 もう、お前以外考えられない位に愛してる………」
想いの言葉を全て吐ききると、跡部はの顔に自分のそれを近づける。
そして、その唇にそっと口付けた。
唇だけではなく、頬に、額に、涙に潤む目尻に…顔中に。
愛してるという言葉とと共に口付けの雨を、に降らせて跡部は自分の想いの全てを彼女に伝えようとしたのだ。
どうか、受け止めて欲しい…。
そんな思いを込めて。

跡部からの口付けの雨の中、の思考はゆっくりと動き始めていた。
彼の想いは、彼が放った言葉から、そして口付けから伝わってくる。
の頬には、彼の涙の雫が伝い落ちて。
こうなってしまった事に、一番心を痛めて…後悔して苦しんでいるのは跡部だと、はそう思った。

そんな彼を、拒絶なんてできない…。
あの日の出来事も、彼の愛故だと、そう真実を知れば余計に…。
それに、彼はを許してくれていた。
どんな理由であれ、彼を騙していた自分の事を…。
それなのに…、彼が自分を許してくれたというのに、自分は許せないなど…。
そんな事、考えられる筈もなかった。
それに何より、とて跡部と同じ気持ちで。
跡部の事を愛しく思っている。
そんな彼の言葉に、首を振るなんて、考えられなかった。
自分からお願いしたいくらいだと、は思った。
「私…なんにももってない…。景吾みたいに、地位もお金も何にもない……」
そんなの言葉を聞いて、跡部の動きが止まる。
跡部は顔を上げて首を横に振った。
「何もいらない…。お前が…が居ればそれでいいんだ」
はそう言う跡部の、濡れた頬に手を伸ばす。
「本当に、私が傍に居るだけで良いのなら…、私、ずっと傍に居る……。景吾がいらないって言うまで、傍にいる…」
跡部の頬の雫を拭いながら、は言葉を紡ぐ。
「景吾を幸せに出来れば一番いいんだけど…出来るかわかんない。 でも、私も償いたい…。どんな理由であれ、アナタを騙した事は罪だもの。 ちゃんと、償いたいの……」
は跡部の涙に濡れた瞳を見詰めて言った。
すると、跡部がその頬に触れていたの手を握り締める。
「いらないなんて、言う筈がないだろ…。 が傍に居てくれるだけで、俺は幸せなんだ。 お前が、ずっと俺の傍に居てくれるなら、俺はずっと幸せでいられる……」
言葉だけでなく、瞳でも跡部は想いを訴えていた。
それがにも痛いほど伝わってきて……。

「傍に…居させて……」

は小さな声で言った。
すると、跡部の顔が再びの顔に近づいてくる。
そして、の唇に口付けを落とす。
先ほどの軽いものとは違う。
長く濃厚な口付け。
少し、息が苦しくなってしまったけれど…。
そしての唇を解放し、跡部は言う。

「ずっと一緒にいよう……」

その言葉にはコクリと頷いた。
 

互いの思いを確かめ合う事が出来た、今のこの瞬間は、にとっても跡部にとっても忘れられない出来事となった。
生涯、忘れる事の出来ない出来事に……。
 

 

 

 

語り合いが終わった後、跡部ははたと気づく。
は手術をしたばかり。
まだまだ安静にしなければならないのに、ずいぶんと話し込んで疲れさせてしまったのではないかと。
「ずいぶん話したな…、疲れてないか?」
そんな跡部の気遣う言葉に、は小さく頭を横に振った。
「平気…」
そう言って、右の手を自分の腹部に…かけられていたシーツの上から…乗せた。
昨日まで、そこには二人の子供がいた。
けれど今は、もういない。
二人の想いは重なったけれど、両手を上げて喜ぶ事が、にはできなかった。
赤ちゃんが無事で居てくれたなら、もっともっと嬉しかっただろう……。
なのに死なせてしまって……。
申し訳ない気持ちだった。
死なせてしまった赤ん坊にも、跡部にも……。

そんなの心情に気付いた跡部は、まだ彼女の腹部にある、彼女の右手の上に自分の右手を重ねた。
そして、その手を優しく握ってから、言葉を紡ぎはじめた。
「これは、俺の勝手な考え方なんだけどな……、死んだ赤ん坊は、もしかしたら俺達を再会させる為に、お前の腹に宿ったんじゃないかと思うんだ。 そんな役目をおって………って、ホント、勝手な考え方だな……」
自分で言っておきながら、自分の言葉の勝手さに跡部は思わず自嘲。
「でも、そう思えちまうんだ……。お前の妊娠があったから、俺はお前を探し出す事ができたんだ……。だから…」
すると、は怪訝そうに跡部を見上げた。
「景吾はどうやって私の携帯番号とか住所とかを知ったの?」
話ぶりから、跡部がを探していた事は汲み取れたが、どんな経緯なのかは見当がつかない。
だから問うた事だった。
「宍戸亮……。 お前、知ってるだろ?」
跡部にその名を聞かされて、ははっと気が付いた。
そういえば、跡部と宍戸とは幼い頃からの仲だったのだと。
すっかり忘れていた。
「宍戸さんと、小学生の頃からの友達だったんだっけ…」
おもわず漏れたの言葉に、「知っていたのか?」と跡部はを見やる。
以前、跡部のアルバムをみた時に知ったとが告げれば、跡部は納得したようで。
「宍戸が、お前の事を俺に知らせてくれたんだ……」
そして跡部は、事の経緯をに語った。
宍戸が、の漏らした言葉から跡部との関係に行き着き、跡部に知らせたという経緯を………。

全てを聞いて、は跡部がなぜ自分達を再会させるのが赤ん坊の役目だったと思ったのかが解った。
が赤ん坊を身篭った事が、二人の再会のきっかけだったから……。
そもそも、が妊娠していなければ、自分は宍戸に替え玉をして人を騙そうとした事を話してはいなかっただろう……。
そう考えたら確かに、赤ん坊が二人の再会の大きなきっかけで…。
「確かに、役目だったのかも…だね……」
は跡部に小さく微笑んで言った。
「赤ちゃんのお陰で、私達は一緒にいられるようになったんだね…。 産んであげられなかったけど……、だからこそ、私達は幸せにならなきゃ……いけないね。赤ちゃんの為にも………」
のその言葉に、跡部は「そうだな……」と頷く。
「幸せになろうな」
その言葉とともに、跡部はまたに口付けた。
誓いのキスの様に………。









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<あとがき>
難産でした……;
申し訳ないほど、難産でした;;
ようやく出来上がりましたが…;;
こういう結果を用意したのには、色々と理由があるのですが……。
それは、連載終了後に書く予定でいます。
もし、経験のある方がこの話を読んで気分を害されたようでしたなら、心から謝罪いたします。
申し訳ございませんでした。
けれど、私は安易な気持ちでこのエピソードを書いたのではありません。
それだけは、解っていただけましたら幸いです。

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