日本屈指の資産家である跡部家当主の住まいであるその豪邸は、想像を絶するほどの大きさ。
は到着早々、その屋敷の大きさに圧倒されてしまった。
跡部景吾の屋敷もそう問う大きいのだが、それよりも更に大きいから余計に驚く。

跡部家本家でのパーティーの日。
その日も、天気は悪く、生憎の雨模様。
どんよりとした雲から振り下りるそれは、一体誰の涙なのだろう。
パーティーの時間は夜からなのだが、は昼過ぎには本家へと到着していた。
沢木と、何故か清音も一緒に。
なぜなら、当主の妻である女性から、時間を指定され、呼び出されたから。
今現在、跡部家の当主は跡部景吾の父親。
その妻という事は、跡部の母親である訳だ。
いったい何の用なのか……。
の脳裏には、姑からのあからさまな いびりに堪える自分の姿が浮かぶ。
跡部の母親の顔を知らないので、彼女の顔は跡部と同じ顔になっているのだが……。
跡部の顔は美しく整っているし、母親もきっとそうに違いないというの勝手な思い込みから出来上がった想像だけれど。
まぁ、そんなくだらない事はさておき、頭の中に浮かんだそんな妄想のおかげで、ありえないほど緊張してしまっている
更に、どこぞの国にでもありそうな、大きなお城のような屋敷が、の緊張に輪をかける。
早鐘のような心臓の音をうるさく感じつつ、それでも行かなければならないこの状況。

車は玄関先に付けられていて、その車から降りれば、何時から待機していたのだろうか、この屋敷の使用人らしき人々に出迎えられる。
「ようこそいらっしゃいました、様」
そんな言葉と共に頭を下げられる。
「お…、お邪魔します……」
も反射的にそう言って頭を深々と下げた。
「奥様がリビングでお待ちでいらっしゃいます。どうぞこちらへ…」
使用人達の中でも、一番年長らしい老齢の男性が、を促すように言う。
「あ、はい」とは頷いて彼の後をついてゆく。
その後ろには、一緒に居た沢木や清音もついてくる。

金持ちの家というのは、どうしてこれほどまでにデカイのか。
この家に住まうのは、跡部家当主とその妻だけ。
跡部景吾の両親、二人だけで暮らす家であるらしい。
二人で住まうにしては、無駄に大きすぎるよとは思う。
ちなみに、跡部はとの結婚が決まった頃まではここに住んでいたらしい。
誰の趣味だか、真紅の絨毯の敷かれた廊下を歩く
足音はあまりしない。
そして、は到着する。
リビングルームへと。

屋敷の大きさに驚いて、最初の頃の緊張を忘れていただったが、リビングルームのドアの前までやってくると再びその緊張を思い出した。
再び高鳴りだす、心の臓。
リビングルームのドアが、老齢の使用人の手によって開けられる。
はごくりと唾を飲みこんだ。

ドアの先には、豪奢な…としか言いようのない装飾が施された部屋が広がる。
その中央に、やはり豪奢なソファーが据えつけられていて、その中の一つに腰まで届くブラウンの髪の女性が座っていた。
美しく整った顔。
年齢不詳の女性だったが、間違いなく彼女が跡部景吾の母親だとは思った。
跡部がもう少し女性らしいほっそりとした顔つきであったら、瓜二つだと思ったに違いない。
それ程、彼女と跡部の顔の類似点は多かった。
「いらっしゃい、待ってたのよ」と、彼女はの顔を見るとにこりと笑って言った。
「は…はいっ!あ…と、えと…えと……」
跡部の母にどうにか返事を返そうと口を開いただったのだが、言葉が思い付かずどもるばかり。
ちゃんとした挨拶をしなければと考えるのだけれど、その重いが余計に言葉を考える思考を鈍らせてしまうので悪循環に陥ってしまう。
どうしよう、印象を悪くしてしまう。
混乱し始めて、どうにもこうにも収拾がつかなくなってきている。
「お嬢様、落ち着いてください」と、沢木が。
更に、「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」と、清音も言う。
けれどそんな言葉も、には届いていない。
パニック状態の
そんなの様子に気付いた跡部の母は、そっとソファーから立ち上がる。
そしてゆっくりと、のもとへと近づいてきた。
やばい、とは思った。
きっと、今の自分の行動は跡部の母を怒らせてしまったに違いない。
だから彼女はの元へやってきて叱りつけるんだ。
そう考えてしまったら、パニックも最高潮まで達する。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
どう打開しよう。
しかし、思いつかない。
そうこうしている間に、跡部の母はの目の前に立ちふさがった。
彼女はより頭一つ分以上背が高い。
跡部の母親の右手がゆっくりと上がり、の顔へ近づいてくる。
殴られるのか、抓られるのか。
どちらにせよ、もう、彼女の怒りを買ってしまったに違いないだろう。
姑の嫁いびりの始まりか、とは思い、ぎゅっと目を瞑った。

しかし、が覚悟していた衝撃らしい物は、全く襲っては来なかった。
逆に、頭を優しく撫でられる感触が。
は恐る恐る目を開く。
目の前には、女性の胸元。
綺麗な刺繍の施された、黒いワンピースがよく似合っている。
はゆっくりと、視線を目の前に居る跡部の母親に向けた。
跡部の母は優しく微笑んでいる。
「大丈夫?」
やはり優しくに語りかける跡部の母。
優しい手、優しい笑顔、優しい声。
綺麗なそれらがの心を解きほぐすのに、時間など要する筈もなく。
パニック状態と、緊張状態から一気に解放されて、はへなへなとその場に座り込んだ。
そんなの様子を見て、沢木や清音、老齢の使用人は慌てたが、跡部の母親は「あらあら、腰が抜けちゃったの?」とのんびりと言うだけだった。

その後、どうにか…跡部の母と清音に支えられて…、ソファーに座った
跡部の母は対峙するように、コーヒーテーブルを挟んだ向こう側に居る。
相変わらず、優しげな笑みを浮かべたまま…。
「落ち着いた?」と、優しく問いかけてくる跡部の母。
「はい」とは頷いた。
そして、落ち着いた心で挨拶をしなければと思い立つ。
「お初にお目にかかります、っ…です。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
危うく、自分の本名であるを名乗ろうとしたが、すんでで飲み込み、挨拶の言葉を紡ぎ、頭を下げる。
「あらあら、ご丁寧に。跡部景吾の母、です。こちらこそ、よろしくお願いしますわね」
鈴を転がしたような綺麗な優しい声で、跡部の母は挨拶を返す。
ちゃんと、落ち着けばコレくらいはできるなのだ。
しかし、緊張のあまり出来なくなってしまった。
情けない話である。
「早速なんだけどね、どう?景吾との生活は。うまくやっていけそう?」
突然前触れもなく、跡部の母が、そんな話を切り出してくる。
こういう場合、「はい、もちろんです」と返答するのが一番好ましかった筈だ。
しかし、「え?えぇー…と……」とは思わず素で考え込んでしまう。
そこではっと気付き、しまった!と思っても後の祭りである。
どうも、バカ正直な性格が表に出てきてしまっているらしい。
こんな会話を交わすとは、予想外だったとは思っている。
が予想していたのは、彼女が「貴方なんかに跡部家の妻が勤まると本気で思っていらっしゃるの?」とか、「私の景吾にはふさわしくないわ」とか、とにかく姑が息子の嫁を見下していびるような会話だけ。
一体どれだけ、勘違いしているのだと、彼女の思考を読めた人間は突っ込みを入れたであろう。
今度こそ致命的と、の顔が蒼ざめた時、突然 跡部の母が噴出して笑い出した。
はあっけに取られて、大声で笑い出した跡部の母をみやる。
跡部の母はお腹を抱えて笑う。
しかし、には彼女が笑いこける理由が解らない。
ひとしきり笑い終え、「あー、面白い」と言いながら跡部の母は目尻に溜まった涙を拭いた。
「じゃ、質問変えるわね…ププ……」
今にも笑い出しそうな様子で、跡部の母は言葉を紡ぐ。
は「は…はぁ…」としか、返答が出来ない。
「景吾の長所を3つ以上言って?」
跡部の母の質問に、は「えぇ?!」と、再び素で叫んでしまった。
長所を3つなどと、には思いつきもしないのだ。
まぁ、実は隠れ努力家だとか…その位しか思いつかない。
もちろんそれも、が昨日の早朝、跡部と会話をしていて知った事だけれど。
「えっと…、えーっと……努力家……とか……あと……なんかあったっけ…?」
首をひねりながら考えるけれど、思いつかない。
すると、ブヒーという情けない音でまた噴出す跡部の母親。
「あぁ…ご…めんね。次の質問……くくくっ…、景吾の…短所3つ以上言ってみて?」
必死に笑いをこらえながら言葉を紡ぐ跡部の母。
その問いには、速攻に答えられた。
「自己中、我侭、俺様、スケベ、セクハラ魔、ヘンタイ…あとは……」
思いついた事をつらつらといい並べる
が、はっとなって、更に しまった!と思った。
予想外すぎる跡部の母からの質問に、社交辞令をいう事も出来ずには素で思った事を言ってしまったのだ。
コレは流石に目の前の彼女も笑ってはいられまい。
今度こそ嫌われた!とは思った。

しかし、の予想は裏切られた。
ぶっはぁと跡部の母親は…正直下品であるが…噴出して大笑い。
「あはっは…おかし…ほんと…おもしろっ…ぶくく…」
再び腹を抱えて笑うのだから、は訳がわからないのだ。
「……奥様、笑いすぎではありませんか?」
笑う跡部の母にそう突っ込みを入れたのは老齢の使用人。
「だって…、面白…ププっ……」
相変わらず笑っている跡部の母。
笑いのツボにでもはまってしまったのだろうか?
先ほどよりも長く笑っている。
は何がなにやら、訳がわからない。

「あー、お腹痛い…。笑いすぎたわぁ」
やっとこ笑いを治めた跡部の母は、そう言うと目じりに溜まった涙を指先でぬぐう。
随分と長い間、跡部の母親は笑っていた。
明日は腹筋が筋肉痛になっては居ないだろうか。
そんな心配を、がしてしまったのは別の話。
というか、考える事の次元が違う。
「久しぶりに笑ったわぁ」と跡部の母はそう言うと、を真っ直ぐ見据えてにこりと微笑む。
ちゃん、私 貴方の事すっごく気に入っちゃった!これから、義理の母娘になるのだし、末永く仲良くしましょうね」
そんな事を言う跡部の母。
はというと、一体何が彼女のお気に召したのか解らず、困ったまま「…は…はぁ……」と返事を返すしか出来なかった。
困惑するをよそに、跡部の母親はニコニコと笑っている。
「松本、お茶の用意ってもう出来てるの?」
不意に、跡部の母が老齢の使用人に問う。
「もちろんでございます」
老齢の使用人は頷く。
「じゃ、お茶にしましょ。今日、貴方を呼んだのはその為だったの」
再び、跡部の母はににこやかに笑いかけて言葉を紡ぐ。
「あ…はい…、ありがとうございます」
に返せた言葉は、その一言だけだった。

ガラス屋根の掛けられたテラスで、優雅なティータイム。
こういう時間はにとっては慣れないもので。
「雨に煙るお庭も、綺麗なものでしょう?」
手に持っていたティーカップを受け皿に置いて、跡部の母が言った。
確かに、雨というベールがかかった庭先は、不思議な魅力がある。
「そうですね…」
は正直に頷く。
「私ね、雨の日は特にここでお茶をするの。ここから見えるお庭は、晴れた日だって綺麗だけど、雨の日はもっともっと綺麗になる。この屋敷にすみ始めて随分経つけれど、ここの景色だけは飽きないわねぇ」
穏やかな口調で、言葉を紡ぐ跡部の母。
その声を聞きながら、は雨の降りしきる庭先を眺めやる。
四季の移り変わりで、この庭は沢山の変化をするのだろう。
ならば、飽きる事などないのかもしれない。
はそう思った。
それから、随分とゆっくりとした時間が流れたような気がする。
跡部の母親は、のんびりとした性格の人なのかもしれない。
優しい気遣いをする人でもあるのだろう。
他愛の無い言葉を交わしながら、お茶をしていてが知った事だ。
こんな性格のいい母親が居ながら、何故跡部景吾はあれほど大人げのない人なのか……。
それはふと、が密かに感じた疑問であった。

ティータイムを終える頃、跡部の母が「貴方に見せたい物があるの」と言い出した。
こんな広い屋敷だ、雨の日でも見物させる事が出来る場所が沢山あるのかもしれない。
「どんな物なんですか?」と、が問うと、跡部の母はにっこり笑ったまま「内緒」と言った。

は、小首を傾げながら、跡部の母についてゆくことになった。








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<あとがき>
跡部ママ登場。
毎回毎回、跡部の母親の性格には頭を悩ませます。
ま、大体が理想の姑になるんですがね……。
本当はこの先も一つに纏めようと思ったんですが、あまりに長かったので一旦切りです。
跡部の母親って美人で年齢不詳っぽいイメージがありますね。
なんでだろ?

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