そして、場所を移す事になった
跡部の母に連れられて。
沢木、清音、そして老齢の使用人を引き連れて。
跡部の母が見せたい物があるといった場所は、屋敷の随分奥まった場所。
屋敷の置くにある部屋の一つ。
はそこに案内された。
使用人の三人は部屋の外で待機している事に。

その部屋に入った途端、は絶句。
―――………。
なにこれ、ありえないんだけど…。
は思った。
その部屋には、写真がいっぱい。
ショーケースのような家具に写真立てに飾られて並べられていたり、壁に大きな豪奢な額縁をかけて飾られていたり。
それが、景色だの、動物だのの写真なら、もそこまでは驚きはしなかったと思う。
しかし、そうではない。
その写真全て、跡部景吾のものであるのだ。
部屋の隅に、幾らか本棚があり、その中に色々と本が詰まっている。
アルバムらしいものもあれば、雑誌のような物も入った本棚だった。
おそらくここにあるものは全て、跡部景吾に関連する物ばかりなのだろう。
随分と広々とした部屋の筈なのに…普通の家のリビングよりも広くはないか…それをたった一人の男の写真の為だけに使ってしまうとは……、恐るべし金持ち、である。
「ここにあるのは、ぜーんぶ景吾の写真よ。あの子の生い立ちが垣間見れる場所なの」
の驚きをよそに、跡部の母がにこにこと言う。
「そうなんですか…」と、もうなんと言っていいのか解らないので、そんな短い返答だけを返して、は部屋にある跡部の写真を見回す。
どれもこれも、ばっちりカメラ目線でモデルのように決まったポーズをとっている跡部の写真ばかり。
………でも、なんだか作り物っぽい。
は心の中で思った。
「みてみて、ちゃん。これ、景吾が生まれたばかりの頃の写真なの」
マイペースに、写真の一つをに持ってきて見せる跡部の母。
そこには、顔が全く変わっていない目の前に居る女性に抱かれた赤ん坊が写っていた。
「この頃は、女の子と間違えられてたのよ〜」と、跡部の母は言う。
ぱっと見て、女の子?と思ってしまうほど可愛い顔つきの赤子。
確かに、これだけ可愛らしければ、女の子と間違えられても仕方がないだろう。
「でね、これが…」と、跡部の母が言いかけたとき、部屋のドアがノックされた。
「失礼いたします」と言う言葉と共に、中年の女性が部屋に入ってくる。
「どうしたの?」と跡部の母がその女性に問う。
すると女性は、「旦那様より奥様へお電話が入っております」と丁寧に答えた。
跡部の母は「あらあら、何かしら?」と小首を傾げたが、すぐに「解ったわ」と言って、部屋から出てゆく。
「ここの写真、色々見てて待っててね」と、そうに言葉を残して……。

部屋に取り残されてしまった
辺りを見回すと、ポーズを決めた跡部の写真が沢山。
は大きなため息をつく。
そして、飾られている写真に近づいて一つ一つを眺めやる。
それは、跡部景吾と言う男が成長してきた道のり。
赤ん坊の頃は、女の子のような顔だったが、ある程度成長して小学生くらいになると、中性的な顔つきに変わり、更に中高生くらいになると、美しいが男らしい顔つきに。
しかし、はやり、その写真にある跡部の顔、表情に作り物のような違和感を感じてしまうのは何故なのか。
赤ん坊の頃は、屈託のない笑顔で飾られている写真。
だが、小学生くらいからか、その笑顔が作り物のようだと言う印象を受けてしまうのだ。
は、今度は部屋の隅にあった本棚に向かった。
不思議に思うのは、何故アルバムのなかに雑誌のような物まで混ざっているのか。
その疑問を解決する為に、は先ず雑誌のような物に手を伸ばす事にした。
それは、テニス雑誌のようだ。
『月刊プロテニス』と書いてある。
跡部景吾が読んでいた雑誌なのだろうか?
そう思ってその雑誌をぱらぱらとめくってみた。
すると、栞が挟んであったらしく、とあるページで動きが止まる。
そのページには『未来のトッププレーヤー』と題されていて、テニスをする男性達の写真が載っていた。
その中に、跡部の姿も。
は、更に他の雑誌にも手を伸ばしてみる。
どれも、同じ『月刊プロテニス』ではあるが、発行されている時期は違うもののようだ。
その雑誌を見てゆけば、彼がその当時 テニスプレーヤーとして、未来を有望視されていた存在であった事がわかる。
そして何より、そこに写っているのは、特にテニスをプレーしている時の彼の写真には、作り物ではない本物の表情。
この部屋の表に飾られているどの写真とも違う表情をした跡部が居る。
は、雑誌を本棚にしまいこむと、アルバムに手を伸ばしてみた。
アルバムの中には、やはりテニスをしている時の跡部の写真が飾られている。
とても、楽しそうだとは思った。
どの写真も、生き生きとした表情の跡部景吾の顔で。
彼が、どれほどテニスが好きであったかが、解るほどだった。
そこで、ふと思った疑問。
アルバムやアルバムと雑誌の入った本棚と、幾つもの写真の飾られた家具や部屋の壁を見回して感じた疑問。

と、その時だった。
再び部屋のドアが開く。
跡部の母が、戻ってきたようだった。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
そう言いながら、跡部の母はの元へと近づいてくる。
「主人ったら、今日のパーティー来れそうにないから、私に頼むって。もう、せっかくちゃんが来てるのに、しようがない旦那様なんだから…」
更にそんな事まで言いながら、跡部の母はの隣に立った。
そして、の手元にあったアルバムに視線を向ける。
「それね、景吾が中学三年の頃のアルバムなのよ。あの子、学生時代はずーっとテニス部に所属していたのよ」
の手元にあるアルバムの説明をする跡部の母。
「そう…なんですか…?」
はそう言いながら、再びアルバムに視線を向ける。
中学三年と言えば、妹と同学年なのだけれど、跡部の方は少々老けて見えたので、もっと上の年齢だと思っていた。
「随分と老けて見えてたのよねぇ。ちゃんも思ったでしょ?」
跡部の母に言われて、「はい…」とは正直に答えた。
今更、社交辞令もへったくれもない状況なので、ならば正直に自分の気持ちを伝えてしまえばいい。
そう開き直っての事だった。
「でもねぇ、髪形が変わると、相応に見えるようになったのよ」
跡部の母はそう言うと、の手の中にあるアルバムのページを捲りはじめる。
幾らか捲ったところで、跡部の母の手が止まり、「見て、これよ」と促された。
その写真を見て、あの髪型が彼を老けて見せていた原因であったのだと頷く事が出来た。
「坊主頭だと、相応に見えますね。なんていうか、やんちゃ坊主って感じに見えます」
はそのまま思った事を口にした。
すると跡部の母は「そうね」と笑う。
そして、は先ほどの疑問を思い出し、問うてみる事にした。
会話の流れを変えてしまうので、「話は変わりますが、良いですか?」と跡部の母に問う。
跡部の母が、「良いわよ、何?」と頷いたのでその問いを口にする。

「どうして、テニスをしている時の写真を表に飾ってないんですか?」
それが、の感じた疑問だった。
本棚には沢山のテニスをしている跡部の写真。
しかし、部屋に飾られている写真には、一つもテニスをしている彼の写真がない。
「じゃあ、ちゃんは、どうしてテニスをしている時の写真が表にないことが気になるの?」
の問いは、そんな跡部の母の問いで返されてしまう。
しかし、は迷う事無く思ったことを口に出す。
「テニスをしている時の…景吾さんの方が、表情が生き生きしてるから……。飾られてる景吾さんの写真は、赤ちゃんの頃のもの以外、全部 偽物の表情に見えるんです。テニスをしている時の彼の笑顔が本当の笑顔に見えるんです」
それを聞いた跡部の母はにこりと笑う。
「偽物に、貴方も見えるのね」
跡部の母は言った。
その言葉の真意が解らず、は小首を傾げてしまったけれど。
「昔は、この部屋に飾ってある写真の大半は、そこにあるテニスをしている景吾のものだったわ。テニスを楽しんでいる景吾の写真がいっぱい並んでた」
跡部の母はそう言いながら、本棚にあったアルバムを手に取る。
どこかしら、寂しそうな表情で。
「でも、あの子がテニスをやめた時……いいえ、やめさせられた時、私の主人が……つまり、景吾の父があのことテニスを繋ぐ物一切を捨てるように指示したの」
言葉を紡ぎながら、跡部の母はアルバムを撫でる。
「でも…捨てられて、ないですよね…?」
の言葉に跡部の母は頷いた。
「必死にお願いしたの。捨てる事だけはやめてと。主人は、あの子がテニスに未練をもたれると困るから、そう指示したんだろうけれど、でも、テニスはあの子がそれまで生きてきた証だった。あの子にとって、大切な思い出だった。だから、そんな物を捨ててしまうなんて、それだけは嫌だったの」
跡部の母が、手に持っていたアルバムをぎゅっと抱きしめる。
「テニスラケットもボールも何もかも捨てられちゃったわ…。屋敷の敷地内にあったテニスコートも潰して温室にされてしまって…。でもどうにかここにある写真と、雑誌だけは残してもらえた。以前のように、この部屋に飾る事は許されなかったけれど……。でも、少しでもあの子にとって一番の思い出が残ってくれただけでもいいと思ったの。あの子の一番は、テニスをしていたあの日々だったから……」
悲しそうに言葉を紡ぐ跡部の母。
は何も言えず、ただ黙っている事しかできなかった。
そして、家の都合で大好きだったテニスをやめた跡部の気持ちを想像してみた。
けれど、うまく想像する事など出来なくて。
そんなの姿を見た跡部の母が小さく呟く。
「やっぱり貴方は、ちゃんと『景吾』を見てくれるのね」と……。
その声は小さすぎてに耳には届かなかった。
「え?」と、は思わず問うが、跡部の母は「なんでもないわ」と首を横に振って誤魔化す。
はそれ以上追求する事もせず、口を噤んだ。
「さ、暗い話は終わりにしましょ」
跡部の母が、声のトーンを明るくして言葉を紡ぐ。
ちゃんが持ってるアルバムは景吾の写真だけを集めた物なの。で、私が持ってるこっちは、景吾とそのお友達と一緒に写ってる物を集めたアルバムよ。コレは中学二年生から三年生の夏にかけてのものかな」
そう言いながら、跡部の母は自分の持っているアルバムをぱらぱらと開いた。
「ここに写ってるお友達の大半は、まだ交流があるんじゃないかしら。古いお友達になると、幼稚舎の頃からの子も居るのよ」
アルバムを開いてに見せる跡部の母。
「幼稚舎?幼稚園ですか?」と、疑問に思いは問う。
アルバムに視線を落としながら。
「いいえ、小学校の事よ。氷帝学園…ていう学校に景吾は通っていたんだけれど、その学校では小学校の事を初等部とかそんな呼び方をしないで幼稚舎と呼んでいるの」
随分珍しいものだと思い、「そうなんですか…」とは頷く。
「皆、テニス仲間なの。仲間であり、ライバルであり…そんなお友達ばかりなのよ」
跡部の母の言葉を聞きながら、は写真を一つ一つ眺めやる。
本当に仲がよさそうで、それは周りに居る友人らしい少年達や跡部の表情からも解る物だった。
そして、そんな写真の一つに、は視線を止める。
跡部以外に、見覚えのある顔がそこに映っていたからだ。
髪は長い。
しかし、顔は間違いなく、彼のものだ。
「そこに居る長髪の子は、宍戸亮君。景吾とは幼稚舎からの付き合いの子よ」
の視線が、一つの写真に留まっている事に気付いた跡部の母が、説明するように言った。
名を聞いて、やはりとは思ってしまった。
の知る、宍戸亮と言う男性と、この写真に写っている長髪の少年は同一人物に間違いなさそうだ。
「…宍戸君の事、知ってるの?」
そんな問いを、跡部の母から掛けられて、は慌てて「いいえ」と答える。
更に、「中学生で長髪なんて凄いなと思って……」といって誤魔化す。
「そうねぇ」
跡部の母はのごまかしに騙されてくれたのか、そんな事を言ってにこりと笑う。
もつられて笑い、再び視線を写真に戻す。
けれど、心中は複雑で。
もし、宍戸と何らかの形で対面することになったら、ばれてしまうのではないか。
不安がよぎった。

そんなの様子を、何かに感づいた視線で跡部の母が見詰めている事も気付かずに……。








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<あとがき>
長さがばらばらですねぇ…。
本当は、前の1話にコレまで纏めるつもりだったんですが……出来ませんでしたorz
跡部の母や宍戸がどんな風に話に絡んでくるのでしょうか……。
ここまで布石しといて、使えなかったらどうしよう……。

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