時間は流れ、宴も酣という頃。
パーティーホールに流れていた音楽の曲調が変わった。
それを聞いた、パーティーに招待されている男女達が、カップルとなり部屋の中央でダンスを始める。
「さぁ、ダンスタイムが始まったぜ。ここ一週間の成果、見せてもらおうか?」
その様子を眺めていた跡部が不意に隣に居たに意地悪な視線を向けて言う。
「先生にはお墨付きを貰ったんだから、びっくりしても知らないからね」
は負けじとそう言い返して跡部を睨む。
「驚かせてもらおうじゃねぇの」
跡部はそう言うと、の手にあったグラスを取り上げ、近くにあったテーブルに自分の持っていたグラス共々置いた。
そしてに向き直り手を差し伸べる。
は迷う事無くその手に自分の手を重ね、そのまま跡部に手を引かれて部屋の中央へと向かうのだった。

「あそこで踊ってらっしゃるのは、景吾様と…そのご婚約者のさんね……。素敵ねぇ…」
跡部と共に、踊る社交ダンス。
その様子を見ていた人々が口々に何かを言っているようだが、は殆ど聞えていない。
跡部のリードにあわせて、更に表情も硬くせず踊るには随分と集中力が居るのだ。
と跡部は暫くの間踊り続け、フロアに居たものたちの視線を釘付けにした。

そして踊りを終えて、跡部はと共々フロアの中央から隅に移動した。
「……まぁ、65点ってとこか?」
の様子を見やり、跡部が言う。
「む…、頑張ったのに……」
跡部の言いようが気に入らず、はむくれたように言葉を返す。
「それで息が上がってなきゃ、70点だったんだがな」
くすりと笑いながらそんな事を言う跡部を恨めしそうにが睨む。
実際、の息は上がっていて、微かに肩で息をしているのが見て取れた。
「あんたのリードのペースが速いからでしょ。付いていけたんだから、100点にしといてよ」
は跡部をにらんだままそう言葉を紡ぐ。
「俺のリードの付いてきたんだから、65点にしてやったんだよ」
しかし、跡部は相変わらず態度を変えず、そういって意地悪な笑みを浮かべるだけだった。
「…大人気なさすぎ」
はそう言うとほほを膨らませて跡部からそっぽを向く。
そんな彼女の仕種は可愛らしいもので、跡部は思わず意地悪ではない笑みを浮かべてを見やる。
そこへ、飲み物を盆に沢山載せた使用人が「お飲み物はいかがですか?」とやってきた。
跡部はその使用人から飲み物を二つ受け取り、一つをに差し出す。
「飲めよ、喉渇いてんだろ?」と、そう跡部に言われ、事実せっかくジュースで補給した水分が、ダンスで失われていて喉は再び渇いている。
いや、カラカラだ。
は跡部からグラスを受け取るその中の液体を一気にあおった。

炭酸の入ったものであったせいか咽てしまいそうだったが、背に腹は変えられなかったのでそのまま根性で飲み込んだ。
その根性が、思わぬ事態に発展するとも気付かず……。
自分が渡した飲み物を全て一気に飲み干してしまったの姿を見て、跡部は焦る。
何せ、彼女に渡したのはアルコールの入っているシャンパン。
使用人からグラスを受け取った時、一応ノンアルコールのジュースも手に取ってはいたのだが、自分用に手に取ったシャンパンを悪戯心に駆られてに手渡したのだ。
炭酸が入ってもいたし、アルコールが入っている違和感を感じて飲むことを途中でやめると思ったのだが……。
はそのまま、シャンパンを飲み干してしまった。
しかも一気に。
コレはマズイ。
流石に、酒の一気飲みは酔いのまわりが普通に飲むのと違う。
更に、酒を嗜んでもいなさそうな彼女の事だ、飲めるのか下戸なのか解らない。
下手をすれば急性アルコール中毒になりかねないのだし。
流石に今回は、悪戯心に刈られた自分の行動を後悔せずにいられない跡部だった。

一方のはというと。
飲み物を飲み干した途端、喉から体に熱が広がってゆく事を感じていた。
なにこれ?と、一瞬は疑問に思ったが、まさかと思って、慌てて跡部の見た。
顔を見れば、彼は焦ったような顔をしていて。
すぐに確信に変わった。
彼が、わざとにアルコールの入った飲み物を渡したことに。
文句を言ってやろうと口を開いたが、言葉が出てこず、更に世界が一回転したような感覚に陥って、は思わず頭を抱えた。
「…だ…大丈夫か?」と、の手にあるグラスを取り上げながら、跡部が心配そうに言ってくるのだが、こんな状況を引き起こしたのは当の自分だろうがと突っ込みたい。
しかし、どんどん気分も悪くなってくるし、何も言えなくなっていて。
すると何時の間にかグラスを片付けた跡部がの腰に手を回し、促すように歩き始めた。
きっと場所を変えようとしているのだ。
はそれに従うしか出来ず、黙ってそのまま歩き始める。
しかし、ある程度歩いた頃。
もう、意識が朦朧としていたので、何処に居るのか自分の所在も解らない状況で。
眠気まで襲ってきて、それに対抗する事などできず、はそのまま意識を手放した。

を支える腕が一気に重くなったことを感じた跡部は、彼女が意識を失ってしまった事に気付いた。
それが、パーティーホールではなく、廊下であったおかげで、騒ぎにならずにすみそうだ。
彼女の様子を注意深く見ていると、意識をなくしたというよりは、眠ってしまったという方が正しいようで。
最悪の事態にならなかったことに、ほっとしながらも、跡部は眠っているを抱き上げると、そのまま廊下を突き進み屋敷の奥へと向かうのだった。

屋敷の奥には、跡部の私室がある。
パーティーが始まる前に居た部屋だ。
私室の前に、清音と沢木が立っていた。
「どうか、なさったんですか?」と、跡部に抱きかかえられているの姿を見た沢木が慌てて近づいてくる。
「眠ってるだけだ、問題はない」
跡部の言葉と、寝息をたてているの様子を見て、沢木も大丈夫だと判断できたらしく、ほっとして胸をなでおろした。
「坊ちゃま、とりあえずお部屋へ」
清音が跡部の私室のドアを開き促す。
跡部は頷くとそのままを抱きかかえたまま、部屋へと入って行くのだった。

とりあえず、私室の中に据付けられているソファーに、を横たわらせる。
その様子を見ていた清音が小さくため息をついて一言。
「…悪戯も時と場合を考えて程々になさってください、景吾坊ちゃま」
見透かされたそんな清音の一言に、跡部はぐうの音も出ない。
しかし、すぐに気を取り直して「着替えさせて俺の寝室に寝かしとけ。それと、俺を坊ちゃまと呼ぶんじゃねぇ」と、しゃあしゃあと清音に言うと、私室から出て行ってしまった。
「全く、困った坊ちゃまですこと」
清音はそう言うと小さくため息をつき、沢木に視線を向けて「ねぇ」と相槌を求める。
沢木は、「…はぁ…」と、あいまいに返事をするだけしかできなかった。

そして暫くの後、パーティーは終わり客人たちは皆 家路についた。
そうすれば、この屋敷に残るのはこの屋敷の使用人か、主の家族だけである。
本当なら、酔って眠ってしまった婚約者の様子を見に行きたかったのだけれど、母に話があるとリビングルームに呼び出されたので、それに従ってリビングルームへ向かった。

「今日はお疲れ様、景吾」
リビングルームのソファーに対峙するように母と向き合って座っている跡部。
にこりと笑みを浮かべて、年齢不詳の母が労いの言葉をかける。
「一番疲れてんのはお袋のほうだろ」
跡部は母にそう言葉を返す。
「私は慣れているから平気よ……」
母はそう言って相変わらずニコニコと笑っている。
しかし、すぐに何かに気付いたような顔に。
「そういえばちゃん、途中で居なくなっちゃったけど、どうしたの?」
居なくなったの心配をしているようだ。
「酔って寝ちまったんだよ」
原因を作ったのが自分だっただけに、少しだけばつが悪そうな顔になって跡部が言葉を返す。
その表情を見て、どうやら跡部の母にはピンと来たらしい。
ちゃんにわざとお酒飲ませたのね」
清音同様、勘が鋭い跡部の母の言葉に、はやり何の反論も出来ない跡部。
「大騒ぎになったらどうするつもりだったの?」と、たしなめるような口調で言う跡部の母。
跡部は「反省はしてるっての」と、どうにかそれだけ言い返して、そっぽを向いてしまった。
「大事にしてあげなきゃ、ダメじゃないの」
更に、そんな風に叱るような事まで言う母。
「……解ってる。跡部の家に多大な恩恵を与えてくれる家の娘だからな」
石油王家の一人娘。
うまく立ち回れば、彼等がその石油で手にした財の大半を跡部家に吸収することもできる。
そのために決められた、政略結婚。
最近はすっかり失念してしまっていたが、今、改めて思い出した。
自分と婚約者の立場を。

「別に、そんな意味で言ったんじゃないのよ、景吾」
そんな跡部の暗くなった思考を引き戻したのは母の言葉だった。
跡部は驚いたような表情で母を見やる。
跡部の母はにこりと優しく微笑を浮かべて、自分の息子を見つめていた。
「貴方は、気付いているんじゃないかしら?」
答えの見えない母の言葉に、跡部は思わず「何を?」と問い返してしまう。
けれど、跡部の母は嫌な顔もせずに更に言葉を紡ぐ。
「あの子が…ちゃんが、今まで貴方の周りに、いたどの女性とも違うって事」
そう言われて、「ああ」と跡部は納得。
「あの子が、貴方を跡部家の御曹司としてではなく、景吾という名の一人の男として見ているという事に、ちゃんと気付いているわね?」
更に丁寧に跡部の母が言う。
跡部はただ黙って頷いた。
「あの子は、飾りに惑わされる事なく、貴方という存在をちゃんと見ている」
そう言うと、跡部の母は一旦言葉を切り、何故かクスリと笑う。
母の様子の意味が解らず、跡部は怪訝そうな顔をしている。
「今日の昼間、あの子に聞いたの。景吾の長所を3つ言ってみて?って。そしたら、あの子なんて答えたと思う?」
母からのそんな問いかけに、跡部は「さぁ?」と肩を竦めた。
すると跡部の母はふふふと笑ってこう答えた。
「努力家って……あの子、貴方の長所を努力家って答えたのよ。いっぱいいっぱい考えて…。そのほか2つは答えられなかったけれど…」
今まで、同じ問いを他の女性にしてきて、そんな答えが返ってきたのは皆無だった。
大抵、跡部の外面だけを見て述べる長所ばかりだったのだ。
「あともう一つ、貴方の昔の写真を見せたときも……」
更に母が言葉を重ねる。
「……見せたのかよ……」
思わず跡部は眉をしかめた。
「あの子、貴方の嘘の笑顔見破ったわ。あそこの部屋に飾ってある写真より、アルバムに入ってる貴方がテニスをしている時の笑顔の方が本物に見えるって、あの子はそう言ったの」
跡部の母の言葉に、跡部は驚かずにはいられない。

幼い頃から、物心のつく前から、跡部は跡部家の御曹司として存在しなければならなかった。
どんな時も、御曹司としての立場を考えて立ち居振る舞いをしなければならなかった。
それが、物心着く前から帝王学を叩き込まれ、物心ついた頃には出来上がっていた自分だったのだ。
そんな自分を、たった一人の人間に戻してくれるのが、テニスだった。
ライバルの目の前にいる自分は、たった一人の人間だった。
跡部家の御曹司ではなく、跡部景吾で居られたのがテニスをしていた時だったのだ。

そんな跡部を彼女は、見破った。
写真に写る自分の姿を見比べただけで…。
跡部家の御曹司であった跡部と、たった一人の人間であった跡部とを……。
それを嬉しいと思わないはずがない。
そんな跡部の様子を見て、跡部の母も嬉しそうで。
「さて、お話も終わりにして、もう寝ましょうか」
そう言ってソファーから立ち上がった。
「そうだな」と、跡部も賛同してソファーから立ち上がる。
すると、「景吾」と母に呼ばれたので、無言で母に視線を向けた。
「意地悪ばかりしないで、大切にしてあげてね。せっかく、貴方を一人の人間として見てくれる女の子なんだから……」
跡部の母はそう言うと、リビングルームから出て行く。
跡部はそんな母を見送り、自分もリビングルームから出てゆくのだった。

そして跡部は、シャワーを軽く浴び、そのバスローブ姿のままで寝室へと向かった。
実家の寝室で眠るのは久しぶりの事である。
この家を出るときから変わらない家具配置の部屋。
一つだけ変わっているのは、ベッドに先客が居る事だけ。
キングサイズのベッドの上で、すやすやと寝息をたてる婚約者。
どうやら、清音がドレスからバスローブに着替えさせているようだ。
清音の事だ、彼女に施されたメイクも綺麗に落としているに違いないだろう。
夏仕様のレースの天蓋の裾を捲り上げ、彼女と共々ベッドの中に潜り込む。
ベッドランプの薄暗い明かりを頼りに、彼女の顔を見る。
穏やかに眠る彼女の顔の愛らしさに、たちまち頬が緩む。
いつもこっそり、彼女の寝室を訪れては盗み見ていた寝顔だったけれど。
今日はいつもより近くにあって、それがとても嬉しかった。
跡部はそっと彼女の唇に自分の唇を重ねる。
初めて交わしたキスは、掠め取るような物だったが、今回は違う。
長く、濃密に。
深いわけではないけれど……。
口付けを終えて、跡部は再び彼女の寝顔を眺めやった。

俺を俺として見てくれる存在。

それが目の前の彼女で、そんな彼女が妻になる。
自分はなんと幸運な男だろうか。
跡部はそう思って一人幸せをかみ締める。

彼女と初めて対面した時。
自分の中で何かが壊れたような気がした。
あの時壊れたのは、跡部家の跡取りという名のペルソナだったのかもしれない。

そして、跡部は完全に自覚する。
彼女への思いを……。

愛を……。








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<あとがき>
やーっとこさ、べーが恋愛モードに入りましたよ。
完全恋愛モードというべきか……。
にしても、ウチのサイトの跡部は、片思い率が高いですなぁ。
可愛いあの娘シリーズもそうだしENISHIシリーズもそうだし……。
読み切りのもそうだしw
なんか、片思いして振り向かせるのが好きみたい。
多分きっとね、私がそう言う恋愛を好むからだと思うんですよね。
好きな人を振り向かせる事に猛烈に燃えるのが私。
あー、最近恋愛してないな……。
恋したい……。
いい男はみんな女付きだしさ!!!
しくしくしく…オタクでもいいから付き合ってくれるパンピーな彼氏が欲しい……。
あ、でも男できたら、男に夢中になるから夢かけないや……。
連載全部終わるまで恋愛禁止にしとこ……。(マジカー)


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