白い毛皮に包まれて、面長な顔をしていて口先からは舌を出して「ハッハッハッハッ」と荒い息を吐く『それ』。
大きさから考えると、超大型の『それ』。
は、それを見た途端、顔面を蒼白にさせて叫んだ。
「ひぃぃぃぃっ!」
そう叫ぶだけでは飽き足らず、は慌てて跡部の後ろに隠れてしまう。
そんなの様子を見て、眼を丸くする跡部と清音。
「わんっ」と、『それ』が吼えると、はビクリを身を竦ませ跡部の背中のバスローブ部分をきゅっと掴み、体を縮こませる。
バスローブを掴むの手が震えているのが跡部には感じ取られた。
『それ』は、相変わらず荒い息のまま、ベッドへと近づいてくる。
それを見た跡部は、「清音、マルガレーテを部屋に戻せ」と清音にそう促す。
ちなみに、この屋敷にはマルガレーテ専用の部屋がある。
「かしこまりました」と、清音はそういうと「マルガレーテ、いらっしゃい」と『それ』の首に巻かれた首輪を捕まえる。
『それ』は跡部の方を見て小首を傾げた。
しかし、跡部に「いけ」と顎をしゃくってそう言われたので、『それ』は清音に従って部屋から出てゆく。
ドアがぱたりと閉まり、『それ』の存在が部屋からなくなると、はほっとして大きなため息を吐いた。
そんなの様子を体を捩じらせて振り返り、肩越しに見やりながら跡部は言う。
「お前、犬嫌いか?」と……。
そう、先ほど清音と共にこの寝室へ入ってきたのは、この屋敷で飼われている愛犬。
超大型犬、グレート・ピレニーズのマルガレーテだったのだ。
「嫌いっていうか…苦手なの……」
跡部の言葉に、そう返事をする
心なしか涙声だ。
いや、よくよく見れば、の目尻には涙が浮かんでいる。
「……泣くほど苦手なのかよ……」
呆れたような跡部の声には「だって…」と言い訳のような言葉を返す。
「4歳くらいの頃、犬に噛まれて大怪我したの…。それ以来、犬はダメ…怖くて……」
ぐすんと鼻をすすって更に言葉を重ねる
その言葉を聞いて、跡部は成る程と納得。
幼い頃にそんな事があっては、苦手になるのも無理はない。
「そうか…、そりゃ、苦手にもなるな……」
いつの間にか、のほうに向き直った跡部が、慰めるように彼女の頭を優しく撫でる。
「あ…、でもね、可愛いとは思うんだよ。遠くに居たりするなら平気なの。あと、写真とか……。でも、さっきみたいに近いと怖くて……」
とて、動物を可愛く思わないわけではない。
犬だって可愛いとは思えるのだ。
しかし、近づかれると恐怖心が勝ってその思いを吹き飛ばす。
それ程恐ろしい体験を、彼女はしていた。
故に彼女は未だに犬が苦手で仕方がないのだ。
「ま、苦手なもんはしょうがねぇ。無理に好きになれとは言わねぇから、安心しろ」
跡部はそう言うと、再びの頭を撫でた。
「さて、シャワーでも浴びるか?清音が戻ってきたら、用意させるぜ?」
更に跡部はそう言って、話題を変える。
そういえば、昨晩は酔って眠ってしまったせいで入浴をしていない。
は頷き、シャワーを浴びる事にした。
その後、マルガレーテをマルガレーテ専用の部屋に連れて行っていた清音が寝室に戻ってくる。
跡部は、清音ににシャワーを浴びさせるように指示。
その指示に従って、清音はをシャワールームへと案内するのだった。

清音に案内されて、は寝室の隣にある部屋へと入った。
それは、昨晩来た覚えのある部屋。
跡部のこの実家での私室だ。
その部屋にすえつけられたバスルームのシャワールームを利用するよう清音に促され、は遠慮なくシャワーを浴びる事に。

暫くの後、シャワーを浴び終えて、シャワールームから脱衣所へ移動すると、清音がしてくれたのだろう、着替えが用意されていた。
バスタオルで体や髪の水気を拭き取り、更にまだ水気の残る髪の毛をバスタオルで頭ごとまとめてくるんだ後、はその着替えに袖を通す。
そして、着替えを終えると、髪の毛を纏めてくるんでいたバスタオルを解き、更に念入りに髪の毛の水気を拭く。
そんな事をしながら、バスルームから出ると、誰も居ない跡部の私室。
不思議に思ってが立ち尽くしていると、バスルームとも寝室とも繋がらない、もう一つのドアが開いた。
そのドアから部屋へ入ってきたのは、もちろん跡部だ。
身支度が整っていたのを見ると、どこかで着替えてきたのだろう。
跡部は、部屋に入るなりの姿を見て眉をしかめる。
はといえば、彼に何故そんな顔をされたのか解らず、思わず小首を傾げた。
「お前、まだ髪 乾かしてねぇのかよ」
跡部にそう言われて、はああと納得。
「さっき、シャワーからあがったばかりだったから……。ドライヤー、借りてもいい?」
がそう言うと「そこのドレッサーの引き出しの中にある」と跡部は部屋の片隅にあるドレッサーに視線を向ける。
跡部の視線の先にあったドレッサーに気付き、はドレッサーへと向かう。
すると、跡部は何かに気付いたように、の後を追った。
ドレッサーの前に立ったの後ろに跡部が立つ。
それに気付いたが振り返り、不思議そうに跡部を見上げる。
跡部はフッと笑みを浮かべて言う。
「俺が髪を乾かしてやるよ」と。
「いいっ!自分でやるからっ!」
は慌てて首を振るが、「遠慮するなよ」と跡部はそう言うとドレッサーの引き出しのひとつからドライヤーを取り出す。
更に、を無理やりドレッサーの椅子に座らせて、髪を乾かす準備をしてしまう。
ドライヤーの音が聞えてくると、はもう為すがままになるしかないと諦めるしかなく。
黙って彼に髪の毛を触らせる事になった。

「カラスの濡れ羽色…。綺麗なもんだな」
ドライヤーでの髪を乾かし終えて、更にその髪を櫛で梳りながら跡部が言う。
の髪は、漆黒。
脱色だの、染髪だの、そんなものを一つもしていない、自然な髪色。
「よく…言われる。真っ黒で綺麗だねって」
跡部の言葉に、照れたように言葉を返す
そんな彼女の様子を見て、跡部は口元を緩めた。
「お前さ、髪結ったりしねぇの?」
跡部はに、そんな問いをかける。
そういえば、彼女が髪を結っていたのを見たのは昨日のパーティーの時くらいだ。
そう気付いての質問だった。
「邪魔だと思ったときは括ってるけど?」
跡部の問いに、はそう返事を返す。
しかし、跡部にとっては見当違いの答えだ。
「……言い方変えるぜ。昨日のパーティーん時みたいに髪 飾ったりしねぇのか、って聞いてんだよ」
そう跡部に言いなおされて、は彼の言葉の意図に気付く。
そして、そういえば…と考えてみた。
昨日は髪を結い上げて、コサージュで飾った。
そんな事、幼い頃の学芸会でやったくらいで、殆ど経験がない。
とはいえ、が髪を伸ばしているのは、切る余裕がなかったと言う理由。
結って飾る為の物ではないので、にはそれ程頓着がない。
更に、も同じくらい髪が長かったと話を聞いていたので、これ幸いと全く髪を弄ってはいない…という訳なのだ。
「あんまり、やらない…かな……。さっきも言ったけど、邪魔に感じた時に括るくらい」
少しの間考えて、はそう答えた。
その答えを聞いた時、無頓着…という言葉が、跡部の脳裏に浮かんだのは当然の事だろう。
「お洒落とかに、興味…ねぇのか、お前」
跡部は思わず、鏡越しで呆れたような目線をに送りながら言う。
「別に…ない訳じゃないよ。アクセサリーだって服だって、見たら可愛い欲しいって思うものくらいある。けど……」
跡部の視線にムッとしながら、は言葉を紡ぐ。
だって女の子だ。
お洒落に興味がないわけではない。
けれども、妹の医療費の為には、そのような個人的感情は抜きにして生活をしなければならなかった。
更に言えば、昼夜ともに働きづめの生活だった事もあり、そのような事をしている余裕がなかったのだ。
「……けど、なんだよ?」
が、随分と意味深な所で言葉を止めた為、跡部は気になって言葉の先を促す。
だが、それはが口に出来ない事である。
「なんでもない」
そう言っては誤魔化す。
更に、「もう、髪の毛いいよね?」と、話題を逸らすようにの髪のブラッシングをやめてしまった跡部に問う。
言葉を誤魔化された事に、引っかかりは感じたが、言いたくないものを無理に言わせるのは、横暴すぎるような気がして、跡部は「ああ」と答えて、櫛や出しっぱなしになっていたドライヤーを片付け始める。
追求されなかった事に、ほっとしながらは言わなければならない一言を口にする。
「髪の毛、乾かしてくれてありがとう」
微笑を添えて、その言葉を紡ぐ
「別に…礼を言われるほどのもんじゃない」
思いがけず、見ることの出来たの笑顔に、少しだけ跡部は照れてしまい、そんなぶっきら棒な言葉しか返せなかった。
そういえば、彼女にこんな笑みを向けてもらえるのはコレが初めてではないだろうか?
そんな事を考えながら、脳裏に彼女の微笑を焼き付けた。

暫くの後、朝食の準備が整ったと、清音に呼び出され、跡部とは朝食を取る為にダイニングルームへと向かう事に。

ダイニングルームには、数人の使用人と跡部の母がすでに居た。
使用人の中に、沢木も居る。
跡部の母は、ダイニングルーム中央にある大きなテーブルと共に据え付けられている椅子に座っていた。
「おはよう、ちゃん、気分は大丈夫?」
ダイニングルームにが入ってきたのを見ると、跡部の母はにっこりと笑って言う。
昨日、酔って眠ってしまった事を知っているので、最後の問いが付いた訳だ。
「おはようございます。全然平気です。ご心配おかけしてすみません」
は頭を深々と下げて、答える。
「なら良かった。さぁ、朝ごはんにしましょ」
相変わらず、笑みを浮かべたまま、跡部の母は自分の向かい側にある席を促すように手を向けて言う。
ここで、確認しておこう。
今、ダイニングルームに居るのは、沢木、清音も含めた使用人達と、跡部の母、、そして跡部だ。
「……一人息子には挨拶一つ無しかよ」
跡部が、ふてくされたような言葉を放つ。
そう、跡部の母は、自分の息子を真っ先にスルーして…というよりは、存在を無視してに言葉をかけていたのだ。
「ああ、おはよう景吾」
すっかり忘れてたわといわんばかりにそう言葉を返す跡部の母。
「おはようのキス…する?」
更にそんな事まで言う。
悪戯っぽい表情を浮かべて。
「する訳ねぇだろっ!」
不愉快さを顕にして、跡部は自分の母親に突っ込む。
「小学校の頃まではやってたのに〜」と、跡部の母はクスクス笑う。
朝っぱらから冗談が過ぎるぜとそうブツブツ言いながら、跡部は席に腰掛ける。
そんな母と息子のやり取りは、にはとても微笑ましいものに感じられて。
思わずクスリと笑ってしまった。
「おら 、笑ってねぇで、座れっ!」
相変わらず立ったままだったに、跡部がそう言葉をかける。
跡部を見ると、心なしか頬が朱らんでいた。
どうやら、恥ずかしいらしい。
そんな彼の様子に、噴出しそうになったのだけれど、それを堪えて、は跡部の隣の席に座ることにした。

「今日、景吾はお仕事お休みなのよね?」
食事が始まり、その途中で、跡部の母がそんな問いをかけた。
「……ああ。だが、この後は予定がある」
跡部はさらりとそう言葉を返す。
すると跡部の母は「えぇ〜」と不満そうに声を上げる。
はというと、彼に予定があるのなら、もしかしたら、もう少しこの屋敷で彼の母親に付き合わねばならないのだろうかと、そんな事を考えていた。
「予定って一体なんなの?」
跡部の母は息子に問う。
「はっ、んなもん決まってんだろ」
自分の母親だというのに、跡部は小ばかにしたように鼻先で笑う。
しかし、跡部の母は全く気分を害した様子はないのだけれど。
跡部は、その手をの肩にぽんと乗せる。
突然、そんな事をされたものだから、は思わず小首を傾げてしまう。
とデートすんだよ」
跡部の言葉に、「あら、そうなの」と彼の母親はそれはいい事だと言わんばかりに言うけれど、は寝耳に水で「は?」と眼を丸くするしかない。
「なんで…デートっ?」
驚いたは、慌てて跡部に問う。
「俺様がしたいからに決まってんだろ」と、跡部はそれ以外何の答えがある?と言わんばかりの視線をに投げて言葉を返す。
あまりの俺様言動に、は呆気にとられてしまった。
そんな二人の様子を見て、跡部の母がクスクスと笑っている。
「おら、ぼさっとしてねぇで、さっさと食っちまえよ」
食事の手が止まってしまったの動きを促すように跡部が言う。
はといえば、跡部に促されたので食事の手は動かし始めたが内心どきどきとしている。
は、生まれてこのかた、デートというものに経験が全くなかった。
恋だなんだと経験はあるものの、片恋で終わってばかり。
おかげで、デートなどという事にこじつける事など一度足りと手なかったと言うわけだ。
生まれて初めてのデートに、胸が高鳴ってしまうのは、多感な年頃の少女であるでは仕方がない事。
食事をしながら、自分の立場を忘れて、どんなデートになるのだろうかと、そんな事を考えていた。

そんなの姿を、渋い顔で沢木が見ていた事を気付いていたのは、清音くらいなものだった。









BACK CLOSE NEXT



<あとがき>
ひっぱったね。
ひっぱったよ、ワンコネタで。
犬嫌いヒロインでござります。
そう、私の友人にも犬がダメな子が居るのです。
ええ、街角で犬を連れてる人を見たとたんに隠れます、逃げ出します。
とことん怖いらしいですよ。
でも、怖いだけであって可愛いとは思うそうです。
写真とかは可愛いって思うけれど、本物は…ってらしいですね。
さらに、ワンコネタで引っ張ろうとしたけれど、話が長くなるのでカットです。
マルガレーテって…アニメかなんかで出てきた、跡部んちの犬の名前でしたよね?
記憶に無いけど、同人小説の大抵にマルガレーテという犬が出てきてるんで、使ってみました(照)(何故照れる)
アニメで出てきた犬も結構大きくて白かったんで、グレート・ピレニーズをチョイスしました。
長い歴史を持つ犬種で、高貴な姿をしているので、跡部が好みそうだなと、思ったんですよ。
超大型犬で、運動量も多いし、毛の量も多いので、飼うのは大変らしいです。
跡部の家では使用人さんとかがいろいろ世話をやっててそうだけど。
さて、話は変わって。
男の部屋にドレッサーって……。
でも、跡部んちなら絶対あると思う。
香水とかそういうのがいろいろ引き出しにいっぱいありそう…。
ヒロインちゃんの髪の毛を触る跡部。
女の子の髪の毛を触りたがる男の人って多いのか解りませんけれど……。
自分の知り合いは、自分の彼女の髪の毛を結ったりしたがる人でした。
お洒落に無頓着なヒロイン。
というよりは、する余裕がなくてしてない。
可愛い物には惹かれるけれど……、だめだめ妹の為に我慢しなきゃ!ってなる訳ですわ。
さ〜、次からは跡部とのデートですよ〜。
どんなデートなんでしょうかねぇ〜。
盛り込みたいエピソードをどれだけ詰め込めるかが勝負の鍵なようです。


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル