海で濡れてしまったをつれて、跡部がやってきたのは、二人が居た場所から少し離れた場所にあるリゾートホテルだった。
シーズンはずれの今の時期ではあるが、眺めの良さと温泉というセールスポイントのおかげか、寂れた様子の全く無いホテルだ。
そのホテルは跡部財閥グループ傘下の企業が経営するホテル。
跡部が一本電話をかけるだけで、簡単にVIPルームを用意してくれるのだ。
腰から下をずぶ濡れにしてしまった
は、海辺でスカートを絞ったり、幸いにも車のトランクの中に入っていたタオルを使ったりして、ある程度の水分は取り除い
てはいるが、それでも濡れている現状は変わらない。
もう一つの幸い、同じく車のトランクの中に大きなブランケットで、体を包む事によって、車も汚す事は無かった。
ホテルに到着すると、顔パスで部屋まで案内される。
スムーズに部屋まで案内された事もあった、大きなブランケットで体を包んでいた事もあった。
そのおかげで、はそれ程 恥をかく事もなかった。
オーシャンビューの豪奢なVIPルーム。
ホテルだというのに、リビングルームとベッドルームと分かれている。
まるで、マンションのようだとは思った。
「おら、風呂に行って来い」
案内された部屋の中をきょろきょろと見回しているに、跡部がそう言葉をかける。
更に、跡部は顎をしゃくってバスルームの方を示す。
しかし、は困ってしまった。
着替えがないからだ。
そんな彼女の思考に気付いたのだろう。
跡部がさらに言葉を重ねる。
「今、ホテルの奴に着替えを買いに走らせてる。それまでは、バスローブ着てろ。脱衣所のところに、バスタオルと一緒においてある筈だ」
は、そんな跡部の言葉を信じて頷くと、バスルームへと向かうのだった。
シャワーだけを浴びて…と、バスルームに入る前のはそう思っていた。
けれど、その考えはバスルームに入った途端、吹き飛んだ。
濡れたワンピースや下着を脱ぎ捨て、脱衣籠の隅に全てたたんで入れ、小さなハンドタオル一つを持ってはバスルームへと続くドアを開けた。
ドアを開けた先には、オーシャンビューのバスルーム。
窓から海が一望できるバスルームに、は心を奪われた。
高層のホテルであるおかげで、覗きの心配など全く必要ないバスルーム。
それゆえ、バスルームにしては大きい窓から、海を望む事が出来る。
乳白色の湯がたっぷりとはられた石造りの浴槽…おそらくは、大理石であろう…から、海を眺められるのだ。
浴槽の湯も温泉の湯である事を、は事前に跡部に教えられている。
海を眺めながらの温泉。
しかも一人の貸切風呂。
こんなシチュエーションで、シャワーだけ…とはあまりに勿体無さ過ぎる。
は、手に持ったハンドタオルをドアにかけると、先ずは部屋の隅にあるシャワーへと向かう。
シャワーを浴びた後、はドアにかけておいたハンドタオルで濡れた髪の毛を纏め上げて包み、浴槽へ。
程よい温度の温泉に、ゆったりと浸かり、ほっと思わずため息が出てしまう。
気持ちのよい肌触りのお湯を堪能しつつ、更にその浴槽から海を眺める。
なんと贅沢な事か。
何時か必ず、自分の力でこんな場所に、と共に来よう。
そう思いながら、眼下に広がる海を眺めていた。
そんな時だ。
「湯加減はどうだ?」と、背後からドアが開く音の後に男の声がした。
「凄くいいよ」
は反射的に振り返って答えて、はっとする。
開かれた浴室のドアの前に立っていたのは跡部。
しかも、何故か裸で腰にバスタオルを巻いただけの状態。
「えぇぇっ!」
驚いて声をあげる。
「なんで、入ってくるの?!」
悲鳴に近いの声がバスルームに響く。
「俺もひとっ風呂と思ってな」
跡部はしれっとそう言い返すと、腰にあったバスタオルを取り去った。
そうすれば、跡部の全裸がの眼前に晒される事になる。
は「ぎゃぁ」と悲鳴を上げて跡部から背を向けた。
けれど、はっきりと彼女は見てしまった。
跡部の全裸を……。
つまり、普段は服の奥に隠されている男の象徴までも……。
どうしよう、見ちゃったよぉ…と、は心の中で独り言ちた。
そこで、傍と気付く。
跡部も全裸であるが、自分も全裸であるという事に。
唯一自分の身を隠せるのは、頭に巻いたハンドタオルではあるが、体を全て隠すには小さすぎる。
慌てているをよそに、跡部はシャワーを浴び始めた。
どうにか、彼がシャワーを浴びている間に抜け出す事は出来ないか……。
はそんな跡部の様子をちらりと横目で盗み見る。
もちろん、上半身だけに注意を向けて…。
しかし、立ち位置の悪さから、どうしても目を向けたくない場所にまで視界に捕らえてしまう。
慌てては視線を逸らし、再び跡部に背中を向けた。
どうにか…、どうにか逃れられないのか……。
がそうこう考えているうちに、跡部が浴びていたシャワーの音が止まる。
彼がシャワーを終えたようだ。
ぱしゃぱしゃと、跡部の足音が近づいてくる。
浴槽に入ってくるつもりなのだ。
「ちょ…ちょっと…、入ってこないでよぉ!」
振り向いて睨み付けたい所だが、そんな事をしたら彼の一物に視線を向けてしまう事になりそうで。
背を向けたままの言葉のおかげで、迫力が全く無い。
まぁ、迫力があったとしても、それを意に介するような男ではないのが跡部景吾なのだが……。
跡部はの様子を楽しそうに眺めやりながら、浴槽へと体を沈めてゆくのだった。
そもそも、何故跡部がこんな事をしたのか。
それは、が浴室へと向かった後まで時間をさかのぼる事になる。
部屋に取り残された跡部は、随分と退屈してしまった。
暇つぶしに使えそうなものは、テレビくらい。
時間帯からみて、跡部の興味のある番組はありそうにない。
ならば、彼女の入浴中どう時間をつぶして居れば良いか……。
出来る事といえば、窓から望める海を眺めるくらい。
それも、悪くは無いとは思うが、どうせなら隣に愛しい彼の娘が居てくれたほうが良い。
と、そんな事を考えている跡部の耳に、シャワーの音が届く。
彼女がシャワーを浴びているのだろう。
シャワーだけで、戻ってくるだろうか?
いや、景色が良い上に、温泉まで付いているバスルームだ、少しの間でも湯船に浸かって堪能するのではないだろうか。
ならば…と、また悪戯心が動き出す。
困った性分だと、自分でも思う。
けれど、こんな退屈な時間は長く過ごしたくは無い。
なにより、勿体無いではないか。
せっかくの彼女との時間を、無駄にしてしまうのは。
そう思うや否や、跡部の足はバスルームへと向かっていた。
その頃には、シャワー音が止まり、しかし変わりにおそらく湯船に彼女が使っているのであろう水音が聞えている。
跡部はクスリと笑い、脱衣所でその身に着けていた全ての服を脱ぎ捨て、腰にバスタオルを巻いてバスルームへと入ってゆくのだった。
バスルームに跡部が入ってきた時の彼女の反応は先ほどの通り。
わざと、彼女の視線がある前で腰に巻いたバスタオルを脱いでやれば、彼女は慌てて跡部の背を向けた。
確実に、跡部の男の象徴を眼に入れてしまったに違いない。
慌てている彼女の様子が背中越しでも見て取れた。
跡部はさっさとシャワーを浴びて、入ってこないでと牽制する彼女の言葉を無視して湯船に浸かった。
背後の近くに、跡部の気配を感じては慌てに慌てていた。
乳白色ににごった湯船のおかげで、体全てが見られる事がなかったのが幸い。
とはいえ、恥ずかしい状況であるのには変わりはなく……。
どうやってやり過ごそうかと考えているの肩に、跡部の手が乗せられた。
ゆっくりと、湯からはみ出している肩の部分を跡部の掌がすべる。
「ちょ…」と、は驚いて振り返り、跡部との距離を出来るだけ離した。
広い浴室が幸いして、逃げればそれなりに距離は広げられた。
とはいえ、そんな物は些細な抵抗に過ぎないのだけれど……。
結局、彼から完全に逃れるには、湯船から出て行かなければならない。
けれど、湯船から出てしまったら、彼にヌードを披露する羽目になる。
そんな事をが考えていると、跡部が口を開いた。
「左肩の傷が……犬にかまれた時のものか?」
そんな問いをかけて来る跡部。
そのおかげで、彼が何故の肩に触れたのか知る事が出来た。
の左肩には大きな傷跡が残っている。
鎖骨の辺りから背中に近い肩にわたって出来上がった傷が、彼女が経験した事故の大きさを物語っていた。
「…うん…」とは頷く。
「随分酷い噛まれ方したんだな…」
跡部は辛そうに顔をゆがませて言う。
そりゃ、犬嫌いにもなる訳だ……と、更に言葉を重ねる。
「……すっごく…怖かったの、覚えてる」
跡部の言葉に応えるように、は何故だか幼い頃の話を口にしていた。
「家族で大きな公園に出かけたの……。私、何でか忘れちゃったけど家族とはぐれちゃったんだ。その時に……」
犬にかまれた事、痛み、恐怖は鮮明に覚えているのだが、何故そうなったかはいまいち覚えていない。
それも仕方のない事だろう。
4つの頃といえば、完全に物心が付く前だったのだから……。
「たまたま通りかかった中学生が何人かいて、その人たちが助けてくれなかったら噛み殺されてたかもって……言われた」
顔は覚えていないが、救われたという事は覚えている。
中でも、泣きじゃくるを抱きしめて傷を手当てしてくれた人の事は印象深い。
顔は全く思い出せないのだけれど……。
の言葉を聞きいた跡部は、そうなのか…と鼻を鳴らす。
しかし、なにやら考えているような様子を感じ取れて、は思わず小首を傾げた。
「どうかした?」と問うに「いや…」と跡部は頭を振る。
跡部の考えている事がさっぱり読めず、は困惑してしまう。
「その中学生達が居なかったら、俺はお前に会う事も無かったんだな」
困惑するをよそに、跡部がそんな言葉を紡ぐ。
「そうだね。命の恩人のお兄さん達…。名前とか全然聞いてなかったから、まともにお礼もできなかったんだってパパが言ってた。会えるものなら会ってお礼が言いたいとは思うんだけど…」
顔も何もおぼえてないから、探しようが無いけどと、は小さく肩を竦めた。
と、そこでは我に返る。
話をふられたからとはいえ、今この状態で会話を交わすのはどうなのかと…。
それに、そろそろ風呂から上がりたい。
あまり長湯をするとのぼせてしまいそうでもあるし……。
「ねぇ、話しは変わるけど…」
はそう言って話を切り出す。
「なんだ?」と、跡部はの言葉の先を促した。
「私、お風呂からあがりたいんだけど……」
「あがればいいんじゃねぇの?」
そんな風に、の言葉はあっという間に切り捨てられてしまったが…。
「じゃあ、向こう向いててくれない?」と、は言い返す。
しかし、「そんな必要何処にもねぇだろ」と、返されてしまう。
「必要あるよ!恥ずかしいんだから!」
いう事を聞いてくれない跡部に、腹を立てては噛み付くように言う。
「別に、恥ずかしがるような仲じゃねぇだろ?いずれ、俺に全部見られちまうんだし?」
毛を逆立てた仔猫のような様子のをからかう様な視線で見やりながら、やはりからかうような口調で跡部は言葉を紡ぐ。
そうすれば、の顔が一気に朱くなってゆく。
「なっ…何言ってんの?!」と、怒鳴ったようだが、声が上ずっていて迫力などまるで無い。
そんな彼女の様子がおかしくて、思わず噴出して笑い出す跡部。
「何が可笑しいの?!」
いきなり笑われて更に不機嫌になっただが、そんな事を気にする事もなく跡部は笑い続ける。
そして、ひとしきり笑い終えると、何か悪戯を思いついたといわんばかりの表情で言う。
「あがりたいなら、勝手に上がれよ。俺は長風呂だからまだまだ浸かってるつもりだがな」
その言葉を聞いた瞬間、は思った。
いじめっ子だ…と。
つまり彼は、恥ずかしくて湯船から出られないの様子を見て楽しんでいるのだ。
その証拠に、彼の視線はに向けられたまま。
湯船から出なければ、のぼせてしまう。
けれど、彼が居る限り恥ずかしくて湯船からは出られない。
なんて大人気ない男だと、は心の中で毒づいた。
しかし、どんなに毒づいたとしても、今の現状が変わる訳でもなく。
考えた挙句、は彼に背を向けて体育座りの状態で、湯船に浸かったまま。
「じゃ、景吾があがった後にあがる」
はそう言うと、だんまりを決め込むことに。
オーシャンビューのバスルームは、奇妙な我慢大会会場と化したのだった。
それから随分と時間が経った。
もう、かれこれ2時間は湯に浸かったままだ。
そろそろ、やばいよな…と、男の方…跡部景吾は思う。
跡部に背を向けている女、…跡部にとってはだが…の体が、朱ではなく赤くなっているからだ。
のぼせる寸前なのではないだろうか……。
「おい、。もうあがっちまえよ。きついんだろ?」
跡部はの背中に向けて言葉を放つ。
けれど、は言葉を返さない。
この、奇妙な我慢大会が始まってから、は跡部のどんな言葉にも反応を返さずだんまりのままだったのだ。
跡部は、再三にわたって、風呂から上がる事を促したが、は言葉も返さずじっとその場に体育座りの状態で湯に浸かっている。
最初は面白おかしく眺めていたのだが、コレほどまで長い時間湯船に浸かったままというのは、危険すぎだ。
なにより、は跡部より先に湯船に入っている。
つまり、跡部よりも長く湯に浸かっているという訳だ。
いい加減に風呂からあがらせなければいけない頃合でもある。
しかし、何を意固地になっているのか、彼女は風呂からあがる様子を一度たりとも見せはしなかった。
さしもの跡部も、そんな彼女の様子には白旗をあげざるおえない。
跡部は大きな大きなため息を一つ吐くと、再び口を開いた。
「…俺はあがるからな。お前もさっさとあがってこいよ」
そう言って、跡部は湯船から…浴槽からさっさと出てゆく。
足早に、バスルームのドアへと向かい、ドアにかけておいたバスタオルを腰に巻いて、ドアを開け、あっという間にバスルームから出てゆくのだった。
バスルームから脱衣所でへ出た跡部は、大雑把に体の水分をふき取ると、とりあえずとばかりに、そこにあったバルローブの一つを羽織り、ハンドタオルを一枚とりだして肩に掛けて入浴前に脱ぎ捨てた自分の衣服を全て持ってリビングルームへと向かう。
所要時間はほんの2、3分といったところか。
彼女が完全にのぼせてしまうのも時間の問題だと思っていたので、そうやって脱衣所に長居をしないようにと配慮しての事だった。
リビングルームに据え付けられているソファーの上に、手にしていた自分の衣服を投げ捨て、大雑把にしか拭いていなかった頭を肩に掛けていたハンドタオルで丁寧に拭き始める。
きっと、そうしている間に彼女も風呂からあがってくるだろう。
そう思って。
一方、バスルームに一人取り残されたは……。
跡部が完全にバスルームから居なくなった事を確認して、浴槽から出ようと立ち上がったのだが……。
その途端、めまいに襲われてしまい、ふらふらと倒れこみ、浴槽の縁で体を支える形で気を失ってしまったのだった。
<あとがき>
きゃほー……。
話が長い。
何が書きたいのかわからんくなってきた。
更に言えば、先が読めますね、この展開……orz
ああ、やっぱしね…みたいな展開ですよ。
そうだと思ったよ。的な展開ですよ。
………最下流モノカキの書く恋愛小説なんて、こんなもんですよ。
ええ、こんなもんなんですよ。
面白い恋愛小説が書きたい……。
ま、和系ファンタジー書きの私が、現代恋愛小説なんて書いてるのが不思議なくらいだったりするんですがねwwww
それにしても…海沿いの温泉リゾートだなんて、どんな世界観になってるんだ、この世界はw
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