海辺に程近いホテルでの一件の後の事。
跡部の甘い告白から暫くの後、部屋に昼食が届けられた。
がついつい希望してしまったハンバーグとローストビーフ。
ハンバーグはの、ローストビーフは跡部の腹に収まる事となる。
食事を運んできたついでとばかりに、の着替えも届けられた為、昼食の後、服を着替えて帰宅することに。
ここへきたときと同じように、車に揺られて、海を後にする。

家に帰り着けば、時間は夕刻にはまだ早いが昼とも言えない時間帯。
昼食が遅かったので夕食は少し遅めにという話になった。

二人を包む雰囲気が変わってしまった事に、出迎えた使用人達皆が気が付いた。
もちろん、清音や沢木もだ。
清音を含む跡部家の使用人たちにとって、そんな二人の雰囲気の変化は喜ばしい事だと思った。
けれど、沢木はそうではない。
一人だけ苦い表情を作った。
だれにも、ばれないようにと……。

家に戻った、跡部はを伴って自室へと篭った。
跡部の自室、プライベートルームに。
こんな事は、この屋敷にやってきて初めての事。
二人きりの時間を跡部のプライベートルームで過ごした。

ソファーに座り、読書を始めてしまった跡部。
隣には座って所在なさげにしていたけれど、彼がどんな本を読んでいるのかが気になって何を読んでいるのかを問うてみた。
「ゲーテの詩集」と、そんな言葉が返ってくる。
「中学ん頃に気に入ってた本だったんだが、久しぶりに読みたくなったんだよ」
更に跡部はそう言った。
そして、その本をに見せてくる。
見せられた本には、アルファベッドが沢山。
けれど、英語のようには見えない。
多少の英語ならば、も理解できないわけではないのだが、それはさっぱりちんぷんかんぷんで。
小首をひねってその文字を何度も見返すけれど、意味はさっぱり解らない。
「これって…何処の言葉?」
は思わず跡部に問う。
「ドイツ語だ」
跡部の言葉に「へぇ」と頷く
そして、どおりで解らない訳だ、と納得。
「お前って、もしかしてゲーテを知らないのか?」
の様子を見ていた跡部が、そんな問いをかけてくる。
実は、ゲーテを知らない。
「……知らない……」
もしかして、知ってなきゃいけない事なのかな?と脳裏によぎり、しゅんとしつつも、正直には答えた。
がしゅんとしてしまったので、「まぁ、知らないヤツは知らないし、気にしなくて良いぞ」とフォローのように言葉を紡ぐ。
そして更に、ゲーテについて説明を始めた。
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテってのがフルネームでな、ドイツの代表的詩人だ。その他にも、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家と、沢山の顔を持っていた男なんだ……」
そんな話を、彼女が興味しんしんといった様子でで聞くものだから、跡部も気をよくして饒舌になる。
二人きりの部屋で、会話に花が咲いてしまえば、時間が過ぎるのはあっという間だった。

あっという間に夕食の時間になり、夕食をとった。
その後は入浴の時間…なのだが、昼間の温泉の事もあったので入浴の時間は無くなった。
再び、二人は跡部の私室で過ごす事に。
夕食前に中断してしまった話の続きを、始める事にした。
「今度は『魔王』の話、聞かせて?」
相変わらず、話はゲーテに関係するもの。
ゲーテの説明から始まった跡部の話は、ゲーテの詩やゲーテの書いた物語の朗読にまで及んでいた。
わくわくとした表情の彼女を見て、跡部は嬉しそうに眼を細めて頷く。
そして、夕食前 コーヒーテーブルに放置していた本を手に取り、二人してその近くのソファーに並んで腰掛けて詩を読み始める。
もちろん、に解るように和訳にして…だ。
そんなこんなで、時間は過ぎ、夜は更けて行く。

しかし、二人きりの時間は来訪者によって終わりとなる。
沢木が、「お嬢様、お休みのお時間ですよ」と、就寝を促しにやってきたのだ。
「もう、そんな時間なんだ」と、素直に沢木に従おうとする
けれども跡部は、せっかくの二人きりの時間を邪魔されて、少し不機嫌になる。
「まだ、日付は変わってねぇし、もう少しいいだろ」
跡部はそう言ってを留まらせようとした。
けれどもは「駄目だよ」と、留まる事を却下。

今日は海まで出掛けて疲れただろうから…。
明日からは仕事があるのだし、ゆっくりと休んで欲しいの。

そんな、跡部を気遣うような理由を添えて。
彼女にそこまで言われてしまえば、その気遣いを無下にすることなど跡部にはできない。
出来る事なら同じベッドで寝たいけれど、それを言ってしまったら、せっかく一日を使って近づけた距離を台無しにしてしまいそうなので、我慢もする。
「そうだな」と、聞き分けのいい返事を返し、部屋から出て行く彼女を見送った。
彼女の居なくなった部屋はなんだか物寂しい雰囲気に感じれる。
いつでも彼女がこの部屋にいる、そんな日を夢見て、今日は休む事にしよう。
跡部はそう思って寝間着を用意させようと、清音を呼びつけるのだった。

 

 

 

沢木につれられて、自室へと戻ってきた
「今日のデートはどのようなものでしたか?景吾様のお部屋ではどのようなお話をされましたか?」
プライベートルームへ入った途端に、沢木に言われた。
「どのような…って……」
なんだか怒っているような沢木の様子に少しだけ蒼ざめながら、更に彼の言う言葉の意味も解らないので、口ごもる
「どんな事を景吾様とお話をなさいましたか?辻褄合わせが必要な事があるかもしれませんので、全てご報告いただけますね?」
もう一度、沢木に問われて、全てを理解した。
そして、自分が失念していたことを思い出す。

今、自分の立場は甘いものではないのだ…と……。

自分と立場を、は全て思い出した。
それは、今朝方まで…いや、海に行くまではちゃんと覚えていた事だ。
なのに、ホテルでの一件から、すっかり忘れていた。
今、ここに居るのはではない。
なのだと。
そして、跡部景吾と言う男性が愛を囁いたのも、だという事を。
なんて愚かなのだろうか。
は自分の勘違いを恥じた。
愛を囁かれても、舞い上がってはいけなかったのに。
自分はの替え玉だったのだ。
現に、彼は自分をと呼んでいたではないか。
なのに何故、失念してしまっていたのか。
心が一気に冷え切ってきたのが解る。
なんて、私は馬鹿なのだ。
自分を貶める言葉が頭をよぎった。

そして、は跡部とのデートの内容、会話についてを伝えられるだけ伝えたのだった。

「……犬嫌い…だったんですね………」
今朝方の騒ぎについても、は沢木に教えた。
そしてそれが、その事についての、沢木の返答だった。
今朝方、沢木は昨日のパーティーの片付けに少しの間駆り出されて、寝室での一件には関与していない。
その事を思い出してが伝えたのだ。
お嬢様はたいそうな犬好きだったのですが……」
沢木に、そんな事実を知らされて、はどうしようと言う表情になる。
けれど、沢木はそんなに言う。
「旦那様と奥様には連絡を入れて、辻褄を合わせておきますので、ご安心を。4歳の頃、公園で…という事でいいですね?」
沢木の言葉には頷く。
の事とかも……、幼馴染って事で辻褄合わせてもらっててもいいですか…?」
少し遠慮がちには沢木に言う。
「当然でしょう。ですが、できるだけさんの話題は避けてください。お見舞いに…なんて事を景吾様に言われても困りますしね」
沢木は頷き、更にキツイ言葉口調で言葉を紡ぐ。
「……はい……」と、は肩を竦めてしゅんとする。
「これから先、私の居ない場所での景吾様とのやり取りは、全てご報告願います。よろしいですか?」
沢木の言葉には「はい」と頷き更に身を縮こませた。
更に、沢木は追い討ちのように言う。
「貴方は、あくまでお嬢様の替え玉。3ヶ月の間、景吾様のご機嫌伺いをするのが仕事。やり終えれば、報酬が待っていますよ」
彼のその言葉を聞いて、は深く深く頷く。
そして、心の中で、自分自身で反芻する。

私は、さんの替え玉。
三ヶ月の間、彼のご機嫌伺いをするのが『仕事』。
成功すれば、500万円と腕のいいお医者様が待ってる。
妹の為にも…の為にも、報酬が必要なのだ。
と共に幸せに暮らすために、彼を騙し通さねば。
コレは、『仕事』だ。
自分がやっている事は『仕事』だ。
『仕事』なんだ!

そう、何度も何度も心の中で反芻した。
反芻して、しっかりと決めた。
この時、もう二度と自分の立場を失念などしないと心に硬く誓った。









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<あとあき>
ビターテイストでお届けいたします。
前半はまだまだ甘め。
後半は苦め。
ヒロインちゃん、お話好き。
語り部 跡部。
跡部って、気分が乗ると自分の知識を色々と人に説明したりしそう。
しっかし、中学生でゲーテ読む跡部ってすげぇと思うですよ。

それにしても、跡部のっつーか、諏訪部氏のヴォイスで『野ばら』を聞かされた日にゃ、妄想がえらいことになりそうです。
『野ばら』を知ってる人なら、解るんじゃないかな?
ゲーテは女好きだった…とか聞きますし、『野ばら』読んだら、あー、なるーって思いますもん。
 

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