が跡部邸から出て暫くが過ぎた…。
は、元の生活に戻っている筈だった。
昼間は工事現場、夜は居酒屋という二束の草鞋で働く生活。
の医療費を稼ぐ為に……。
ところが、どうだろう。
今の生活は元の生活とは全く違うものになっていた。
今、の住まう家は、以前のような半地下の狭いアパートではない。
一人で住むには広すぎる4LDKのマンション。
セキュリティも万全で、若い娘の一人暮らしでも、安心していられる。
家賃は…必要なし。
それどころか、生活費全てを自身が働く必要のない状況。
更に、妹のは以前の病院から別の病院…最先端のがん治療が受けられる病院に転院していた。
もちろん、医療費をが稼ぐ必要はない。
は、お金を工面する苦労から、あっさりと解放されていたのだ。
の替え玉をした時の報酬を、は受け取っていない。
沢木に、実は手渡されたのだが要らないと断り、返してしまったのだ。
跡部を騙して手に入れたお金など必要なかったから……。
また、以前のように朝も晩も働いて頑張ればいいんだと。
ところが、の生活は以前のものに戻る事はなかった。
とある男性の来訪をきっかけに……。
が跡部のもとから去ったその次の日。
跡部に一晩中抱かれた後遺症は、だいぶましになっていた。
動けるようになったは、その日のうちに夜の仕事場であった居酒屋へと向かう。
そして、また働けるようになった事を報告した。
居酒屋の大将も、女将も、が戻ってきた事を喜び、早速 明日からでも頼みたいと言った。
はその言葉に頷き、次の日から夜は再び居酒屋で働く事に。
もう一つ昼の仕事である工事現場の仕事も、次の日の昼間、会社へ出向いて再び派遣先を探してもらおうと考えて、はその日一日を終えたのだった。
そして更に次の日の朝、所属していた派遣会社へと向かおうとがアパートで身支度を整えていた時の事。
玄関のドアをノックする音が聞えた。
の住むアパートには玄関チャイムがない。
なので、用があるときはノックするしかないのだ。
しかし、こんな朝から一体誰だろう?
新聞の勧誘だろうか?
は玄関のドアの前に立つと、そのドアも開けずに「どなたですか?」と問うてみた。
新聞の勧誘なら、どこどこ新聞ですが…と言うのですぐにわかる。
即座に要らないといえば、諦めていなくなるだろう。
けれど、来訪者は新聞の勧誘ではなかった。
「私は弁護士の山岡と申します。さんのお宅で、間違いなかったでしょうか?」
そんな男の声が、ドア越しに聞えてくる。
……弁護士?と、は思わず小首を傾げた。
何故、弁護士がのアパートを訪ねてきたのか、理由がわからないからだ。
とはいえ、こんな時間ならば、犯罪だなんだという事を考えている人間はやってこないとも思える。
朝、しかもまだ隣近所には人がいるし、そとの通りにも人の往来の気配がある。
胡散臭いとは思ったものの、突然襲われるという事はないだろうと、はそっとドアを開けた。
を尋ねてきた人物は、身元のはっきりとしたエリート弁護士だった。
名前は山岡啓二。
年は32歳と若いが、とても腕がいいと有名な弁護士。
はそんな事など全く知らないのだけれど……。
その、山岡と言う人物の来訪が、との生活を180度全く違う生活に変えてしまったのだった。
山岡は、とある人物の代理でをたずねてきたらしい。
とある人物というのは、との父親の兄。
つまり、達姉妹の伯父だという。
その話を聞いて、はたいそう驚いた。
なぜなら、は父方に親戚が…ましてや、父に兄弟がいたと言う事を知らなかったからだ。
は、父は若くしてたった一人の肉親である母…つまり、達姉妹の祖母…を亡くして以来、天涯孤独の身の上だったと、母方の親戚達からきいていた。
そして、それが正しいものだと信じ込んでいたのだ。
しかし、事実はそうでないらしい。
達姉妹の父親は、とある資産家の次男として生まれたそうだ。
けれど、妾腹という身分ゆえに、資産家の親戚達に母親共々遠くへと追いやられてしまったらしい。
父の兄…つまり伯父は、年の離れた弟をたいそう可愛がっていて、の父が追いやられてしまった時もどうにか連れ戻そうとしたのだそうだ。
けれど、親戚達の猛烈な反対故に、連れ戻す事が出来なかったらしい。
更に、遺産相続だのという問題に弟が巻き込まれて苦しい思いをするのではないかと、そう考えるようになり、弟の幸せを思って一切の交流を絶った。
その後 伯父は、弟は幸せに暮らしているものだと、そう信じていた。
けれど、そうではないと知ったのはつい最近の事。
弟が妻と共に交通事故で亡くなっており、その忘れ形見と言える娘が二人…との事…、苦労しているという事を知ったらしいのだ。
そして伯父はその二人の、との援助をすることを決めたのだと言う。
先ず、は今現在の病院から最先端のがん治療を受けられる病院へと転院させるとのこと。
医療費は全て伯父が支払うと言う話だ。
今まで滞納していた医療費は、もう全て伯父が支払済みだと山岡から伝え聞いた。
更にには、臍帯血移植という手術を受けられるように話が進んでいるとの事。
もちろん、それら全て伯父が医療費を支払う事になっている。
そして、次にのこれからについても、山岡はに語った。
伯父は、セキュリティのしっかりした住まいに、を移り住ませたいと言っているらしい。
今、の住むアパートはセキュリティどころか環境も悪いので、あのまま住まわせたくないとの事だ。
本当なら、伯父の住まう屋敷にを招き入れるつもりだったのだが、事情が変わったためそれができなくなったらしい。
なので、伯父の持ち物の一つであるセキュリティの万全なマンションに移り住むようにと言われた。
が生活する為に必要な費用は全て、伯父が仕送りするとの事。
つまりは、突然、何不自由ない生活になってしまったのだ。
もう、が身を粉にして働く必要などどこにもない。
はあっという間に、苦しい生活から抜け出す事ができてしまった。
父方の叔父と言う存在が出てきたことによって……。
結局、伯父がどこの誰であるのかという話は、山岡からは教えてもらえなかった。
まだ、時期ではないからだと、山岡はそう言って、伯父がどこの誰であるのか教えないのだ。
ただ、接点なのは、山岡と彼の携帯電話のメールアドレス。
それが唯一 達姉妹と伯父を繋ぐもの。
携帯電話を持っていなかった達姉妹だったが、必要なものだと言う事で、一人一台づつ携帯電話を買い与えられた。
そして、それで毎日夜には伯父にメールをし、今日一日がどうだったのかを報告するように言われる。
それにちゃんと従って、は伯父にメールを送るようになった。
も同じで、病院から伯父宛にメールを送っているらしい。
しかし、伯父から返信が来る事はない。
まるで、足長おじさんみたいだねと、いつだったかが言った。
も、確かにそうだねと頷いた。
の環境は変わってしまった。
住む家も、なにもかも。
仕送りだと大金がの貯金口座に振り込まれるお陰で、生活費には不自由しない。
仕送りの額を初めて見た時、は桁を読み間違えたのかと思うくらい驚いてしまった。
ありえないほどの大金だったからだ。
は、働かずとも食うに困らない生活に身を置く事になった。
更に伯父は、を学校に通わせたいと考えているらしい。
本来、高校2年生でおかしくないだが、事情が事情だった為に高校進学は出来なかった。
伯父はそんなを高校に…と思ったらしい。
古くからの知り合いが居て融通の効く学校があり、そこの学校に来年春から3年生として1年だけ過ごし、そのまま大学へ進学できるように取り計らってもらっているらしい。
本来なら、1年生から始めなければならないが、学力さえあれば3年生の1年間だけでも十分らしい。
そして、その学力をつける為に、今現在では昼間、家庭教師のもとで勉強中の毎日だった。
けれどは夜の仕事だけを続けたままで日々を過ごしていた。
伯父はにバイトを禁止にさせたかったらしいのだけれど…。
丁度 夜の居酒屋は働くと言う話を通したばかりであった事もあり、はその仕事だけは続ける事にしたのだ。
出来る事なら、伯父を頼らずに生活をしていきたいと言う、の気持ちも少しだけ入り混じっている。
伯父の気持ちはとてもありがたいのだけれど……。
更に最近、は大きな不安を感じていた。
体調的な不安。
もう、随分と月のものが遅れている。
それほど不順な周期ではなかったのそれが、予定から随分と遅れてしまっているのだ。
そしてそうなる理由に、は身に覚えがある。
もしかしたら……。
やっと見慣れてきた広いリビングの壁に掛けられていたカレンダーを見詰めながら、は予感を感じていた。
<あとがき>
ああ、書き直したいです。
もうれつに、書き直したいです。
説明チックにも程があるよね、今回の話……orz
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