ある日の夕方の事。
仕事帰りに偶然立ち寄ったドラッグストアで、宍戸亮は見知った顔の少女を見つけた。
宍戸が好んで立ち寄る居酒屋に働いている少女、だ。
まだ、16歳でありながら、入院中の妹の為に働いている健気な少女だと宍戸は記憶している。
そういえば、今日は居酒屋が定休日の日だ。
買い物にでも来たのだろうか?
宍戸はそんな事を思いながら、少し声を掛けようかと考えた。
しかし、彼女の様子のおかしさに、躊躇する。
ドラッグストアの中を、商品を見るでもなくうろうろしているだけ。
しかも、時々あたりを伺うような様子もある。
真面目そうなの事だ、万引きなんてする筈はないだろう。
そうは思いはしたものの、あまりの挙動不審さに、宍戸は彼女の様子に疑問を感じた。
もしも、彼女が犯罪に手を染めるような事になるならば、その前に引き留めてやろう。
そう考えながら、宍戸はの様子を遠巻きに観察する事にした。
宍戸の見ている前で、はとある商品のそろった棚の前で足を止めた。
遠巻きに見てもすぐ解る、女性専用の商品がそろった場所だ。
はその一角に並べられている商品に手を伸ばす。
けれど、途中で戸惑った様に手を止めてしまった。
はどうやら、その商品を手に取るか取るまいか迷っている様子で。
宍戸はこっそりと、の近くへ移動し、彼女が迷っているその商品が何なのかを見ることに。
そして、その商品の名前を見た時、ぎょっと目を見開いた。
は結局、その商品を手にする事もせず、その場から離れていく。
彼女のその足は、そのままドラッグストアの外へ。
何も買わずに出て行くようだ。
宍戸は彼女を捨て置く事が出来ず、自分の買い物もせずに彼女の後を追う。
どうしても気になったのだ。
まだ、16歳の子供であるというのに。
彼女はあるものを買おうとしていたのだから………。
そうかもしれない。
でも、違うかもしれない。
だから、それを使って違う事を証明したかったのだ。
その日は、夜の居酒屋のバイト先が休みの日。
おかしな噂が立たないように、知らない町のドラッグストアに足を運び、それを買おうと考えだったけれど、結局買うことはできなかった。
それがある場所に行くのに、ドラッグストアの中をうろうろとして。
勇気を出して、それがある場所へと向かい、それに手を伸ばして……。
けれど結局、恐ろしくて手が止まった。
これを使って出た結果が、そうであったなら、自分はどうすればよいのか解らないからだ。
相談相手など、どこにも居ない。
親しい知り合いは居れど、だからこそ余計に言いづらいのだ。
大体、どう説明すればいいのか解らない。
お金を手に入れようとして男を騙し、その果てに妊娠してしまったなどと……。
妹のには、自分がどんな事をしていたのかを伝えてある。
話す約束をしていたし、何時までも黙っていていはいけないことだと思ったからだ。
は自分の為にやった事なのだからと、を責める事はしなかった。
けれど、だからといってに相談が出来る筈がない。
だって、体に病を抱えて自分の事でも大変なのだから。
かといって、顔も見知らぬ伯父に打ち明ける事も、時々顔をあわせる事のある弁護士の山岡にも話せる筈もない。
どうしたらいいのか、解らない。
そして、これからどうなるか解らない。
湧き上がってくる不安の中での心はいっぱいいっぱいだった。
「」と、不意に背後から聞き覚えのある声で呼ばれた。
ははっとなって足を止める。
そして後ろを振り返った。
そこには見覚えのある男性が一人。
「……し…、宍戸さん……」
が彼の名を呼ぶと宍戸は「よぉ、こんばんは」と軽く手を上げた。
「き…奇遇ですね。お仕事帰りですか?」
は心の中を悟られないように笑顔を作ってそんな問いを宍戸に掛ける。
「ああ、まあな。 そう言うお前は? 家が近所にあんのか?」
宍戸は軽く頷き、更にに問いを返してきた。
その問いに、は内心でギクリとなる。
ここはの滅多に近づかない知らない町。
ただ、あれを買う為にやって来た場所。
結局、買うことはできずに逃げてきたのだけれど……。
「まぁ…そんな所です」と、は曖昧にそう言葉を濁した。
宍戸は「そうか」と一言言うと、一瞬だけ考え込んだ素振りをする。
けれどすぐさま意を決した顔になって言った。
「お前さ……妊娠検査薬買おうとしてたろ?」
宍戸の言葉に、は驚きに目を見開く。
「どうして…それを……」
思わずそう言葉を漏らしてしまい、ははっと口をふさいだ。
違いますと、言えばよいものをバカ正直な答えを返したからだ。
「妊娠…してるかもしれねぇのか?」
宍戸の言葉に、の顔はどんどん蒼ざめてゆく。
そしてこみ上げてくるのは涙。
突然、ぽろぽろと涙を零し始めたを見て、宍戸は狼狽した。
宍戸は、慌てて自分のズボンのポケットに入れてあったハンカチを取り出して、彼女の目元を押さえた。
「と…とりあえず、どっか落ち着ける所に……、な?」
こんな往来で女の子を泣かせてしまっては、周囲の人間にどんな目で見られるか解らない。
事実もう、彼女が泣いている事に気付いた通りすがりの人々は、宍戸に責めるような視線を向けていた。
悪者にされてはたまらないと、だから宍戸は場所を移す事を提案したのだ。
も、コクリと頷いて宍戸の言葉に従った。
宍戸に連れられたがやってきたのは、人気のあまりない公園だった。
ここでを落ち着かせようと、宍戸はそう考えたのだ。
公園の中、レンガ造りの小道の脇にある、街灯の真下にあるベンチにを座らせて、宍戸もその隣に座る。
夕暮れ時の公園は人の影もなく、物悲しい雰囲気を醸し出していた。
「……落ち着いたか…?」
頃合を見計らって問い掛ける宍戸に、は「はい……」と頷く。
「ごめんなさい…泣いてしまって……」
更には宍戸に謝罪の言葉を重ねる。
「いや…別に謝らなくてもいい…」
宍戸は頭を振ったが「けどよ…」と、ものを言いたげな含みのある言葉を紡ぐ。
宍戸と言わんとしている事は、にも察しが付いた。
偶然だろうが、先ほどドラッグストアで妊娠検査薬を買おうとしていた所を宍戸は見ていたのだろうと、は思った。
「……妊娠…してるかもしれねぇのか?」
宍戸が、遠慮がちにもう一度 問いかけてくる。
は黙って頷くだけ。
まだ16なのに妊娠の可能性があるなんて、不安にならないはずもない。
だからはドラッグストアで挙動不審だったのだ。
そして、妊娠検査薬を買わずに店を出たのは、妊娠していたらどうしたらいいのだろうかと恐ろしくなったからではないだろうか……。
宍戸は直感でそう思った。
「……その、相手は…お前が妊娠してるかもしれないって事……知ってるのか?」
宍戸は更にに問う。
一人で妊娠する筈がない。
男がいない限り、女が孕む筈がないのだから。
するとは、頭を横に振る。
「…言えない……。言える筈…ない……」
そう言っては、俯いて自分の膝の上で両の拳を握り締めた。
「なんで…言えないんだ?」
宍戸のそんな問いに、が答えられる筈もない。
深い仲でもない宍戸に、言えるわけがない。
大金を手に入れる為に人を騙そうとして、その結果こんな事になってしまったなどと……。
口を噤み、黙り込んでしまったをみて、どうもなにやら事情がありそうだと宍戸は考えた。
けれど、客と店員というだけの関係で、彼女の事情に踏み込む事が出来るかといえば……不可能と思える。
とはいえ、まだ子供であるのこの状況を捨て置けるほど、宍戸は薄情にもなれない。
見捨てられる筈がなかったのだ。
「……とにかく、妊娠してるのかしてないのか、ハッキリさせたほうがいいな」
宍戸は言った。
妊娠しているのか否か、先ずはここからだとそう思ったからだ。
その言葉に、が弾かれたように顔を上げ、宍戸に顔を向ける。
彼女の両の目は、また涙で潤んでいた。
「怖がって曖昧なままにしてたってしょうがねぇだろ? 妊娠してたら、これからどうするか考えなきゃなんねぇ。してなかったら…『してなかった』で終わりになる。 違うか?」
の涙を指先で拭ってやりながら、宍戸はそう言葉を紡ぐ。
確かに、宍戸の言うとおりで。
怖いからと曖昧にしていられるような事ではないのだから……。
「……そう…ですね……。このまま曖昧なままには…出来ないですもんね……」
はそう言って頷いた。
恐れていても、迷っていても、前には進めない。
どんな事になっても、それは自分の行いから来た事。
そうそこまで思って、ははたと気が付いた。
全ては自分の責任なのだと。
が跡部を騙そうとさえしなければ、こんな事にはならなかったのだから。
そう考えれば、これは罰の延長なのだと、にはそう思えた。
どんな結果が待っていても、受け入れて進まなければいけないのだと……。
そこまで考えたの心は、決意で固まっていた。
その後、は宍戸と共にファミリーレストランへ移動した。
その途中で宍戸はドラッグストアで妊娠検査薬を購入する事に。
宍戸がドラッグストアにいる間、は店の外に待機して。
子供のが購入するのと、男でも大人の宍戸が購入する方が、偏見で見られる度合いは少ないだろうから…という宍戸の考えだった。
女性専用用品の棚に男の宍戸が立つのはかなりの羞恥を伴ったが、の恐怖に比べたらなんでもないことだと思える。
結果如何での人生は変わってしまうのだから……。
妊娠検査薬を購入した後にファミリーレストランへ。
そして、そこのトイレを利用して、結果を調べる事になった。
人の出入りが多いファミリーレストランは、客が各々何をしていようと気にしない者たちばかりで。
がトイレに入ったとしても何も気にしない。
案内された席で、トイレに向かったの帰りを待つ宍戸。
妊娠していたら、彼女はどうするつもりなのだろうか……。
そんな事を考えながら……。
そして、程なくして戻ってきた。
その顔は酷く蒼ざめていて……。
「……陽性反応…か?」
宍戸の問いに、は黙って頷いた。
まだ、16の子供なのに妊娠だなどと……。
本当に、彼女はどうするつもりなのだろう?
自分の向かいの席に座り、俯いてしまっているが宍戸は酷く哀れでならなかった。
<あとがき>
妊娠発覚です。
ヒロインさん、苦労しまくり。
宍戸、男前だな!
今後の展開としてはベタベタでいきますw
多分こうだろうな!ってパターンがそのままですw
ですが、一筋縄でいく気は毛頭ないですけどwwww
うーん……加筆修正の時に入れられればいいなwwww(加筆修正する気満々)
ちなみに…。
16歳を子供と称したのは、世間では16歳も子供といわれてしまうからです。
私は16歳を、大人と同等…と考えているんですがね……。
大昔は16歳って大人だったのにね…。
|