その日、跡部が帰りついたのは、随分と遅い時間。
どうしても、今日中に終わらせなければならない仕事があったからだ。
大学時代の友人達に飲みに誘われていたのだが、その事を理由に断った。
……仕事がなくても、行く気分にはなれなかったし、断っていただろうけれど……。
相変わらず、愛しい少女の行方はつかめないまま。
成果のない探偵たちの報告に苛立つ日々が、跡部の気分を最下層まで沈めてしまう。
こんな気持ちで楽しい酒が飲めるはずもないのだし、仕事が入ってよかったと跡部はそんな事を思っていた。

家に帰りつき、私室へと清音を伴って戻ってきた直後の事。
突然なり響く、携帯電話の音。
着信音から、プライベート用の携帯電話が鳴っているようだ。
こんな夜の遅い時間に一体誰なのだろうか?
跡部はそんな事を思いながら、プライベート用の携帯電話を清音に持たせていた自分の鞄から取り出した。
ディスプレイを見れば『宍戸亮』の名が表示されている。
宍戸といえば、今日、飲みに出かけたメンバーの一人ではなかったか……。
まだ、友人達は飲んでいるのだろうか?
だから跡部を誘おうとしているのだろうか?
電話の理由を図りかねたが、電話に出ない訳にもゆかず、通話ボタンを押して携帯電話を耳に押し当てた。
飲みへの誘いなら、適当な理由をつけて断ろう…そう思いながら……。

『…跡部か?』
何故だか、遠慮がちな宍戸の声が、跡部の耳に届く。
「…どうした、宍戸?」
宍戸のその奇妙な様子に、跡部は訝しく思いそんな問いを返す。
『久しぶり……。 夜中に悪い。 ……今…家か? 話す時間…あるか?』
宍戸の様子は相変わらずのまま、そんな言葉が返ってくる。
「久しぶり…。俺は今、帰りついた所だ……。別に今、少し話すくらいならかまわねぇ。 一体どうしたんだよ、宍戸?」
答えらしい答えが返ってこない事が、どうも気持ち悪い。
跡部は答えを促すように少し語調を強めて言葉を紡いだ。
『お前の別れた婚約者…実は別人で、替え玉が摩り替わってたって…ホントの話なのか?』
そんな宍戸の言葉に、跡部は思わずぎょっとした。
何故、そんな情報が宍戸に伝わっているのか。
婚約破棄になった話は、簡単に伝わる情報ではあった。
けれど、が赤の他人とが入れ替わっていたという話は、トップシークレット中のトップシークレットの筈なのだ。
「お前…なんで、そんな話を知ってる?」
『滝が…どこから拾った情報なのかはしらねぇけど…』
跡部の問いに、宍戸はすぐさま言葉を返す。
「萩之介が…?」と、跡部は名のあがった人物を思い出す。
そういえば、彼の働いている場所はいろいろな情報に近い場所だったと記憶している。
そこで拾ってきたものだと仮定すれば、滝が…という宍戸の言葉には納得がいく訳で。
とはいえ、滝が面白おかしく他人に言いふらすとは思えない。
古くからの仲間内であったから漏らした事であるのだろう。
『事実…なんだな?』
宍戸が確信を持ったように問う。
跡部は「ああ」と隠す事無く頷いた。
宍戸に嘘をつく理由など、何処にもないのだから。
『お前さ…その、替え玉だって子と……あ…いや……』
一度宍戸は何かを問いかけたが、何を思ったのか言葉を止める。
『悪いんだけどよ、今からお前ん家に行っても良いか? どうしても話さなきゃならねぇ事があんだ…。 けど、電話口じゃどうも……』
再び宍戸は言葉を紡ぎ始めたけれど、言いたい事は飲み込んだ。
電話口で話せず、今すぐに話したい事が何かあるのか?
跡部は思わず小首を傾げた。
一体、宍戸は跡部に何を話したいというのだろう。
話の筋をなぞってゆくなら、替え玉の話題から来るもの…である筈だが……。
と、跡部はそこまで考えて、まさか…と思った。
宍戸が、何か彼女について知っているのではないか?
そうでなければ、こんな電話をしてくる筈がない。
「かまわねぇ…」と跡部は宍戸の言葉に頷いた。
そして、跡部は宍戸に今現在 住まう屋敷の場所を教えてやったあと、通話を終わらせた。

「どうされたんですの?」
電話を終わらせた後の跡部の様子が変わった事を訝しげに思った清音がそんな問いを掛けてくる。
「もう暫くしたら宍戸が家に来る。 リビングに来客用の用意をしとけ」
跡部は清音にそんな指示を出すと、「こんな時間に?」という清音の言葉は無視して、今だ仕事帰りのスーツ姿から私服に着替えるべく部屋の奥へと消えてゆく。
取り残された清音は、暫くの間しきりに小首を傾げていたが、指示通り動くことにして、跡部の私室から出てゆくのだった。

約30分ほどで、跡部邸へと到着した宍戸。
そんな宍戸を跡部はリビングで待ち構えた。
そして、コーヒーテーブルを挟んで対のソファーに対面する形で座る二人。
清音が紅茶を運んでリビングにやってきたが、二人の様子を感じ取ってすぐさま部屋から出て行ってしまった。

今、跡部の胸にあるのは、仄かな期待。
宍戸が彼女について何かを知っているかもしれないという…そんな期待だった。
一方の宍戸は、跡部の心中も知らず、神妙な面持ちで。
自分の言う言葉に跡部がどんな反応をするのだろうか…と……。
しかし、宍戸はのためにも話しをしなければならないと心に決めていた。
そして、跡部がどんな反応をしようともしっかり話をして、彼女の為になるようにしてやらなければ……。
乗りかかった船だ。
最後まで面倒を見るのは当然の事なのだから。
意を決して、宍戸が言葉を紡ごうとしたその時だった。
「お前…アイツの事を知ってんのか?」
先に跡部からそんな言葉を掛けられた。
「アイツ…って……?」
宍戸は思わず小首を傾げる。
アイツと言われても誰を指す言葉なのか思いつかなかったのだ。
の…婚約者になる筈だった女の替え玉……」
跡部のその言葉で、アイツと示された人物が誰なのか、宍戸にも理解が出来た。
「……多分…だ」と宍戸は言ったが、殆ど確信めいたものを感じる。
「俺の知ってる子がさ…とある御曹司の婚約者に成りすましてたって…そんな話したんだ……。 そうしたら、金もらえるから…ってさ……」
宍戸が紡ぐ言葉は、跡部も聞いた事のある話で。
「…らしいな……」
跡部はただ、そうとだけ言葉を返した。
「妹がさ…病気で入院してて……、白血病らしいんだけどよ……。 両親…小さい頃に亡くしてさ…、親戚とも色々あって援助はして貰えなかったらしくて…妹の医療費をアイツ一人で稼がなきゃならなくてよ…。 だから……仕方なくやった事だったんだ…」
宍戸は、そうやって自分の知りうる限り、の身の上を語る。
跡部がの事を勘違いしていては困ると、そう思ったからだ。
すると跡部がこんな事を問うてきた。
「……妹の名は?」
宍戸はその問いに躊躇なく答える。
だ」と。
その言葉を聞いて、跡部の表情が変わった。
嬉しそうな表情を浮かべたのだ。
「大当たりだ…宍戸……。お前の知り合いが、の替え玉だった」
跡部の表情に少し困惑を覚えつつも、彼の台詞から自分の考えた事が全てその通りだったことに宍戸は安堵する。
の名前は…知ってたのか?」
宍戸が問えば跡部は「以前にポツリと漏らした事がある」と頷いた。
「だから俺は、アイツが全てを俺に語った時、その理由がの為だってのは解ってた…。 アイツは、アイツなりに必死だったって事も……」
更にそんな言葉を、跡部は紡ぐ。
「……アイツの事…許してたのか?」
そう宍戸に問われれば、跡部は躊躇なく頷く。
「当たり前だろ。 遊ぶ金ほしさに…楽して金を稼ごうなんて考えるような女に惚れるほど、俺の目は節穴じゃねぇ。 つーか、俺の眼力<インサイト>を舐めんじゃねぇぞ、宍戸。 アイツの本質なんて、とっくに見抜いてんだよ」
そう言い放つ跡部に、宍戸は心底ほっとした。
「アイツに惚れてんだ?」
宍戸がそう言うと跡部は隠す事無く言い放つ。
「ああ、愛してる」と……。
それは力強い言葉で、にこれから先来るであろう幸せを宍戸に予感させてくれた。
「……なら…良かった……」
肩の荷が一気に下りたような感覚に見舞われて、宍戸は脱力してソファーに身を預ける。
「なんだ? どうした…?」
宍戸のその様子を見て跡部が小首を傾げた。
「何の心配もいらなかったんだって、安心したんだよ……。 ったく…」
そうため息混じりに言葉を返す宍戸。
「それは…悪かったな」と跡部は苦笑を浮かべた。
しかしすぐ、真顔に戻って語り始める。
「アイツが屋敷からいなくなってから、俺はずっとアイツの事を探してたんだ……。けど、アイツについての情報が少なくてな……。名前も知らねぇし…写真らしい写真もねぇ…。 の事だけが、が急性リンパ性白血病だってその情報だけが、一番あいつに近づける情報だったんだが……、それでもアイツに行き着けなかった……」
「名前…知らなかったのか……」
跡部が彼女の名を知らなかったことに、宍戸は少しだけ驚いた。
宍戸の言葉に、跡部は頷き更に言葉を重ねる。
「アイツの名前…なんてんだ?」
ずっとずっと知りたかった彼女の名を…宍戸に問う。
…。だ」
宍戸が言うと跡部は嬉しそうに頬をほころばせた。
…か……」
笑みの顔を崩さないまま、彼女の名を口にしてみる。
その名のほうが、彼女には一番似合うと…跡部ははそう思った。
そんな跡部の様子を見ていた宍戸だったが、言わなければならない肝心な事を思い出す。
宍戸がここに来た、一番の理由でもある事だ。
そして宍戸はソファーに預けていた体を少しだけ起こして居住いを正す。
そんな事を突然するものだから、跡部は「まだ何かあるのか?」と宍戸に問う。
宍戸は黙って頷いた。
そして、言う。
さ…、妊娠してる。 父親は…お前…だよな、跡部?」
宍戸の言い放った言葉に、跡部は強い衝撃を受けた。
それは、喜びゆえの衝撃で。
「ああ、間違いなく、俺の子だ」
例え、過ちだと思える夜であったとはいえ、その夜に芽生えた命があるという事は、跡部にとっては喜びで。
あの時、その事も視野に入れていたから余計に。
「アイツさ、一人で子供産んで育てるってそう言ってる。 お前に…すげぇ罪悪感も感じてるみたいだったから、子供が出来たなんて話は…出来ないってさ……。どんな事があっても、それは罪に対する罰だって、そう言い放ってさ……。償う為にも、自分ひとりでなんとかしなきゃいけねぇんだってよ……。 けど…気持ちがすれ違ってただけみてぇだな……」
力強く頷いた跡部を見て、宍戸はほっと息を漏らしながら言葉を紡ぐ。
「償わなきゃなんねぇのは…俺も同じなんだけどな……」
宍戸の言葉を聞いて、跡部は自嘲気味に言葉を吐いた。
すると宍戸が不思議そうに小首を傾げる。
けれど、こっちの話だ…とはぐらかして詳しく話すことはしなかったけれど。
流石に話せるような事でもないし……。
宍戸も深く追求はしない事にして、一番言いたい言葉を跡部に向ける。
を幸せにしてやってくれよ」
そんな宍戸の言葉に、跡部が再び力強く頷いた。
「俺の一生を掛けて、これ以上ないほど幸せにするさ……。 子供も一緒にな」
あの夜の償いと言う意味もあるけれど、それ以上に跡部自身がを幸せにしてやりたいとそう願っている。
だから、跡部は誓うのだ。
彼女を子供と共々一生を掛けて、幸せにしてやるのだと……。
跡部の誓いは何も言わずとも宍戸に伝わったようで。
「頼むぜ」と宍戸はそう言って笑った。

そして、全ての話が終わり、宍戸は明日も仕事だからと帰宅すると言い出した。
もちろん、の住所や携帯電話の番号、メールアドレスは跡部に伝えてある。
明日にでも、を迎えに行くと跡部が語ったことで、宍戸の肩の荷は完全に下りたと言えた。

宍戸が帰宅した後、跡部は自室へと戻った。
跡部は、宍戸から得たの情報が書かれたメモをソファーに座って眺めながら彼女の事を想う。
望めば、今すぐにでも会いにいける。
流石に、こんな時間には会いに行くことはできないけれど…。
そんな事を考えていた跡部は、ふと、彼女の携帯電話の番号に目が留まった。
こんな時間に電話だって迷惑じゃないかと頭では思うのに、体は自分の携帯電話を取り出して彼女へ繋がる番号を押し始めている。
たった一晩すらも待てない自分の堪え性のなさに、苦笑してしまうが……。
それでも、彼女の声を今すぐ聞きたくて。
そして跡部は、通話ボタンを押して携帯電話を耳に押し当てた。

数コールの後、通話が繋がる。
跡部はごくりと息をのみ彼女の声が聞えてくるのを待つ。
けれど、跡部の耳に届いたのは苦しそうな息遣い。
……?」
彼女の様子を怪訝に思い、跡部は彼女の名を呼ぶ。
そんな跡部の声に、携帯電話の向こうの彼女は戸惑ったようで。
けれど、すぐに言葉を紡ぎ始めた。
『助けて…』と……。
酷く苦しそうな小さな声で。
『景吾……助けて……』
その言葉を聞いて、跡部の体中の体温が一気に下がったような気がした。









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<あとがき>
電話番号間違ってたら、どうしたんでしょうね、跡部さん(爆
あい、波乱万丈モード突入です。
どこまでグダグダさせるんだお前…って位グダグダさせて申し訳ないですが……。
やっとここまでキタ――――(゜∀゜)――――!!!って感じです。
40話以内に…収まりそうです。
良かったww

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