It depends on you

空は、まるで泣いているかのような天気だった。
朝は晴れていたのに、午後から急に降り出してきた。
やれやれ、さきほどまでが嘘のようだ…と五番街での用を済ませホテルに帰ろうと歩いていたら。
遠くに見覚えのある人影が見えた。
「……大河?」
遠目でもその艶のある黒髪は紐育では目立つ。間違えようはずも無い。
彼が五番街を歩いているとは珍しい、というか軒下で雨宿りをしているようだ。
肩や腕の露をはらい、せわしなく空を見上げていた。
僕には気付いていないらしい。
さて、と思う。
彼と相合傘をしたままホテルまで戻り彼に傘を貸す、というのがもっとも最善な策だろう。
…だが、せっかく会えたのに彼を帰してしまうのはちょっと淋しい。
彼と僕は一応、恋人同士みたいな感じだったがキス以上の関係はまだない。
そもそも未だに性別を教えていなかった。
彼が何処まで我慢出来るのか試すような気持ちもあったが彼の我慢強さには恐れ入る。
部屋に二人きりになってさりげなく誘ってみても、僕の気まぐれだと思ってか取り合ってくれない。
自分から仕掛けた事なのに、だんだん僕の方が耐えられなくなってきた。
色々とアピールしているのに全くリアクションが帰ってこないというのはそれはそれで虚しい。
僕にだって、そういう気持ちが無いわけじゃないのに。
丁度良い。今日は休日だ。
さりげなくを装って彼に声をかけてそのまま言葉巧みに部屋に誘い込めばいい。
あとはなるようになるはずだ。
そう覚悟を決めて、傘をぎゅっと握りしめると彼に近づく。
「大河、雨宿りかい?」
「あ、昴さん…」
声をかけると、彼が振り向く。
露を含んだ髪が大河の雰囲気をいつもと少し変えていて、何だか少しだけドキッとした。
なるほど、水も滴るなんとか…という言葉があるが、こういうときに使うのかもしれないな、と思いながら。
ほんのり染まる頬を傾げて彼に囁く。
「良かったら、僕の傘に入っていかないか?……君が嫌じゃなければ」
「え、いいんですか?」
ぱあっと彼の顔が輝く。
「嫌なわけないじゃないですか!助かりました、全然止まなくてどうしようかと…」
「じゃあ、どうぞ。狭くて申し訳ないけど」
「い、いえ…ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて…」
おずおずと彼が僕の傘の中に入ってくる。
「……大河。もっと近づいてくれないと、君が濡れるだろう」
「え、ええと。大丈夫ですよ。だって、あんまり近づいたら…ほら、誤解されちゃいますし、周りの人の目もありますから」
少しムッとした。
「君は僕と居る所を見られるのが嫌なのかい?」
「違います!…違いますけど、昴さんはシアターのスターですから。記事にされちゃったら困るじゃないですか」
「……」
確かに言ってることはもっともなのだが。
「それに、ぼくはもう濡れてますし。昴さんが濡れたら、嫌ですから…」
ぽつりと付け足すように言ったそちらの方が本音らしい。
「…君って奴は」
ばっと傘を横に向ける。
僕と大河に雨粒が降り注ぐ。
「わひゃあ!?」
僕の行動に大河が素っ頓狂な声をあげた。
だが、すぐに傘を頭上に戻すと僕は彼を見てにやりと笑う。
相変わらず、彼の反応は面白い。
「す、昴さん!何するんですか」
「僕が濡れるのが嫌なんだろう?ならこれでおあいこだよ。じゃあ、行こうか大河」
彼の腕を取り、絡めると歩き出す。
彼の身体からは、雨の匂いがした。

「さて、着いたよ」
「は、はい。ありがとうございました」
「じゃあ部屋へ行こうか、大河」
「へ?」
間の抜けた声を出す彼にため息をつく。
やっぱり、帰る気だったのか。
「…この後は何か用はあるのかい?」
「いえ、ありませんけど…」
「じゃあ僕の部屋へ来ないか。君も濡れたままだと風邪を引くよ。シャワーでも浴びていくといい」
「…………ありがとうございます。じゃあ…そうします」
何だか一瞬の間を感じたが、そこは気にしない事にした。
彼から離れ、ウォルターに近づくと二つの事を頼む。
「ウォルター。部屋に紅茶を二つ頼むよ。ついでにブティックで彼の服を適当に見繕ってくれ。さ、行こうか大河」
「あ、待ってくださいよ昴さん!」
再び大河の傍に戻ると、部屋へと歩き出した。

「タオルはこれを。着替えは…ウォルターが紅茶と一緒に運んできてくれるからそれを置いておくよ」
「え?」
「……この間、僕の服を買ってくれただろう。そのお礼さ。ゆっくりしていくといい。雨は当分止みそうにないし、ね」
そう微笑んで、彼を脱衣所に押し込める。
「服を脱いだら教えてくれ。乾かしておくから」
彼にそう言ったときに部屋をノックする音が聞こえた。
ウォルターから紅茶と彼の着替えを受け取って脱衣所に戻ると既に大河は浴室でシャワーを浴びていた。
「大河、着替えを置いておく。濡れた服は乾かすのに預かるよ」
「は、はい。お願いします…」
水音に混じって彼の声が聞こえる。
濡れた彼の服を吊るすと、さてどうしたものかと再び思案した。

浴室には大河。
部屋には二人きり。
鈍い大河には少しくらい大胆にならないと僕の気持ちを気付いてもらえないかもしれない。
悩んだ末に、思いついた方法は二つだった。


さりげなく彼の背中を流すとでも言って浴室に行くか。


それとももっと直接的にベッドルームで彼を待つか。



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