命の重さ 6
カカシと別れた後、イルカは染め付けの作業場で雑用をこなしていた。
日が傾く頃、その日の仕事が終わる。
イルカはそれとなく、人の輪から離れた。
母屋の東の丘。
そこは、小さな森を抜けた所にあった。
丘の向こうには、小さな平屋が見える。
ターゲットとなる少年は、そこで暮らしているのだろう。
イルカは、ゆったりとした足取りで丘を登った。
オレンジ色の光の中、のどかで切なさを覚える風景が不意にイルカの胸を苦しめた。
独りぼっちになったあの家と、どこか似ていると思ったのだ。
家族で暮らした、あの家と…。
イルカの頬に、一筋の涙が伝い落ちた。
その感触に、イルカは正気を取り戻した。
任務中なのに、自分は何をやっているんだ!!
気をひきしめると、人の気配が近づいてくるのがわかる。
忍ではない。
顔は正面に向いたまま、相手が近づくのを待った。
足音がだんだんと近くなる。
体重のかかり具合などから、身長150センチくらいだろうと推測できる。
「どうかしたんですか?」
初めて聞く少年の声は落ち着いていて、しかも知性をにじませるものだった。
イルカは、ゆっくりと振り向いた。
「ああ、散歩してたら此処に来てしまって…」
イルカは少年に微笑みかけた。
「…そうですか。でも、その…何故、泣いてたんですか?」
少年が幾分言いにくそうに、それでも真っ直ぐイルカの目を見て訊ねた。
この子が生徒なら、きっと優等生だったろうな。
イルカは自然と、優しい眼差しで見つめ返していた。
「生まれ育った家が、ちょうどあんな感じだったから…かな」
イルカは小さな家を指して、少年に視線を合わせる様しゃがみ込んだ。
「…そうですか。奉公に来てる方ですよね?
僕はあの家に住んでいるので、よかったらお茶でもいかがですか?」
少年はイルカを先導するように、少し先を歩きだした。
「じゃあ、少しだけ」
イルカは少年の後に続いた。
少年は真っ直ぐ丘を下らず、少し迂回して家を目指した。
家の縁側にたどりつき、振り返ると…。
なんと、丘の反対側は小さな崖になっていたのだ。
おたまでえぐった様な、そんな状態だった。
断面に見える土の感じは、そう古くない。
カカシの言っていた、スプーンでえぐられた痕とはこんな感じなのではないだろうか・・・。
イルカは少年の気配に、縁側に腰を下ろした。
「僕もここに独りで暮らしているので、たいしたおもてなしはできませんが」
少年はお茶と、干し柿をふるまった。
「十分です。いただきます」
イルカは干し柿に手を伸ばした。
左手の薬指に弱くチャクラを流し、感覚を鋭くしてから触れた。
古来から左手の薬指は、心臓にもっとも近い血液が流れるとされる。
そのため、身の危険を確認するのに適した指なのだ。
干し柿に毒は無いようだ。
お茶にもない。
忍びの気配も無いようだから、やはりこの少年本人に何かあるのだろうか?
「その干し柿、僕の手作りなんです。
亡くなった祖父と二人で住んでた頃、色々教わりました」
少年は穏やかに話しはじめた。
少し寂しそうな、だが穏やかな表情。
「おじさんがとても好きだったんだね」
「はい。父は店で忙しく、母は弟の世話で手一杯で
僕は祖父母に育てられたんです」
少年は庭を眺めながら、穏やかに話す。
イルカは生徒に接するように話に耳をかたむけた。
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