「おい、大佐和」
HRも終わったところで帰り支度をさっさと済ませ、帰宅の途に着こうと立ち上がる悠里。
とその時、クラスメートの山河が声を掛けてきた。
「街まで行かねえか? 今日はお前の誕生日だろ? 俺たちが誕生日祝いにおごってやるからさ」。
山河は、原田と本西のメンバー二人を伴いいつものように誘ってきたのだった。
山河と悠里は小学校からの幼馴染で、何故かいつも同じクラスになってしまう腐れ縁だ。
ちなみに原田と本西とは高校に入って知り合ったが、彼らと山河は昔からの知り合いらしい。
悪いと思いながらも毎回断っているのだが、相も変わらず今日も誘い続けてくる。
自分としては折角だから誘いに乗って街に繰り出したいのだが、悠里には何よりそれに優先する事項があった。
「えっと、いつも誘ってくれるのは嬉しいんだけど、今日は早く帰らないといけないから・・・・・・」
「お前今日はって、いっつもHR終わったらすぐ帰ってるじゃんか。誕生日くらいいいんじゃないのか?」
「でも、誕生日にこそ早く帰らないといけなくて・・・・・・。じゃないと母さんがうるさくて」
悠里本人としてはみんなと行きたい気持ちもあるのだが、母親のことがあるためどうしても及び腰になってしまう。
その母親を話しに出したとたん、メンバーにそれなら仕方ないかという雰囲気が漂う。
「まあそうだよなぁ、エレナさんみたいな若くて超絶美貌の母親だったら寄り道なんてしないよなぁ」
なにやらニヤニヤしながらお互い頷き合う山河たち。
分かってるくせにいつもそんなことばかり言ってくる三人に苦々しい表情を向ける。
この三人が声を掛けてくるいちばんの理由、それは悠里の母エレナにあった。
知る人ぞ知るハーフ美女の彼女には、この学校にも恐ろしいほどにファンがいる。
その彼女と如何にして知り合いになるか、それが特に熱烈なファンにとっては一大関心事なのだ。
そのため、悠里にはさまざまな輩が寄って来ていた。
それを蹴散らし不穏な輩を排除してきたのが山河たちだった。
その三人もエレナのファンである。
だが、その想いは彼女のことが好きというよりも、幸せを願うという気持ちの表れとしてのファンだった。
その気持ちと行動はとても嬉しいし、何よりもありがたい。
それは悠里にとっても助かることに間違いないのだが、一つだけやめて欲しいこともあった。
実はその三人、彼が母であるエレナを異性として慕っていることを知っており、その上でからかってくるのだ。
もとはといえば、口を割らされた自分がいけないのだが、いつかみんなにバレやしないかと思うと戦々恐々している。
とその時、不意に真面目な顔をした山河が悠里の肩にポンと手を置き、通常は発しないことを異もなさげに言ってのけた。
「まっ、いくらエレナさんが綺麗でスタイルがイイからって、間違っても母親を襲ったりはするなよ?」
「なっ!? 何言ってんだよ!! そんなことするわけないだろ、母親なんだから!!」
とんでもないことを唐突に言い出され思わず声を荒らげてしまう悠里。
思っていた以上に声が出てしまい周りの視線が集まる。
そんな中、三人は相変わらずニヤニヤしたままだ。
悠里はとりあえず心を落ち着けようとコホンと一つ咳払いをして話を続ける。
「と、とりあえずそれだけはないからね・・・・・・絶ッ対に。これだけは言い切れる」
そう言い切っては見せたもののいっこうに奴らの表情は変わらない。
それどころか「それはどうだか」と言いたげな顔をしている。
またしてもお決まりのやりとりになってしまっていた。
このままでは状況に流されてぼろが出ないとも限らない。
ここは早めの戦略的撤退をするがいちばんだ。
「はッ!? もうこんな時間だ!! 急がなきゃ!!」
教室の時計に目を向けわざとらしく声を上げると、荷物を掴み一気に駆け出し脱兎のごとく飛び出していった。
「また逃げやがったな」などと言っている声が聞こえたが無視して駆ける。
放課後になったばかりの廊下は生徒であふれているため、通り抜けていくのは容易ではない。
それでも彼は走るそのスピードを緩めることはしない。
一人の男子生徒の走る姿に気付いた生徒たちが慌てて身を捩って次々と避けていく。
悠里は空いたスペースを、網の目を縫うようにして駆け抜けていく。
そのまま人の波間を走り抜けると、くつ箱に到達してようやくその人ごみから脱出できた。
自分のクラスのくつ箱の前で弾む息を整えるように何度も深呼吸する。
落ち着いたところでくつを取り出すと床に落とし無造作に足に引っ掛ける。
つい今しがた走っていたのとは対照的に、今度はゆっくりと家へと歩を進めていった。
家へと向かう道すがら今朝方見た夢のことを考えていた。
実は今日一日その夢のことが頭から離れず全てがうわの空だったのだ。
なぜなら母親が夢に出てきたからである。
その夢というのがただの夢などではなく母親と性行為をしている夢だった。
しかもあまりにも生々しいものだったため不覚にも夢精してしまった。
ただ具体的には思い出せないのだが、母親に膣内射精をしたことだけはハッキリと覚えている。
現実ではないことだったけれどもとてつもない気持ち良さだった。
そんな淫夢を見てしまってはそれ頭から拭い去ることなんて到底できない。
だからこそ余計に罪悪感がのしかかっているのだ。
十六歳の子供がいる母親といえば普通は四十歳前後かそれ以上になる。
確かに、悠里の母親は三十二歳とそれよりも遥かに若い。
しかし、年齢的なものを考慮したとしても通常母親に欲情することはありえない。
そう。彼を思い悩ませているのはその若さだけではなかった。
いちばん悩ましいのは問題は、彼女が若いこと加えて「美しすぎる」ということである。
悠里の母親エレナは超が幾つも付くほどの、世に稀に見る絶世の美女であった。
顔立ちスタイルなどの見た目全てにおいて完璧なその姿は、彼の好みのまさにど真ん中だったのだ。
「母さんを襲ったりするなよ・・・・・・か」
山河にしてみればただの冗談だったに違いない。
いくらエレナがとてつもない美女だったとしても、悠里が母を異性として好きだと知っていたとしても、大体クラスメイトにそんなことを本気で言うわけがない。
だからこそ彼も「それは絶対にない」と言い切った。
言い切ったのだが、実のところは全く以って自信がない。
『母親を汚したくはない』という気持ちから、彼女をオカズにすることも彼女の淫らな姿を想像することすらも押し込めてきた。
だが押し込めて我慢すればするほどその意思に反するかのように、卑猥な夢を見る頻度が増してきている。
夢の中での出来事とはいえエレナを何度汚してしまったことか。
その上、今朝はセックスしているという今までにないものだった。
肌の柔らかさや身体の温もりまでが感じられ、今もその生々しい感触がはっきりと残っている。
「って、何をやってるんだ僕は」
気が付くとズボンの前面が盛り上がり自己主張していた。
慌てて両手で押さえ込み隠すと前かがみになる。
思い出しただけでこんなになってしまっていては、これからどう母親と接したらいいのか非常に悩ましい。
そうこうしているうちに早くも家が目の前に帰り着いてしまった。
玄関前に立つものの、なかなかドアを開ける勇気が湧いてこず困った彼は頭を掻く。
とはいえ家に帰らないわけにもいかないので、立ち上がった逸物が静まるまで待ってカギを開ける。
そのままドアノブに手を掛けると意を決して思い切ってドアを開いた。
自分の理性が持ちますようにと真剣に願いながら・・・・・・。
「これでよし・・・・・・と」
何やらフラスコや試験管がさまざまに繋がれた中、無色透明の液体が入ったフラスコを手にし軽く振りながら妖しく微笑むエレナ。
その部屋には数多くの薬品や器具が並び、どこぞの研究所にしかないような高額な機器がどこかしこにおいてある。
ここは自宅の地下にある彼女が実験を行う専用の研究室である。
しかしその雰囲気はまともな研究室とはとても思えないものだった。
どちらかといえば錬金術か黒魔術の類の研究といったようにしか見えない。
薄暗く不気味な雰囲気と薬品臭が立ち込める中、「ふふっ・・・・・・ふふふふっ・・・・・・」と彼女は笑いを漏らす。
白衣に身を包んだその姿も相まっていかにも怪しい。
「これを使えばもし僅かでもあいつにその気があれば・・・・・・もしかしたら襲ってくるはず・・・・・・いや、わたしの調査によれば確実に効果が出ることはまず間違いない」
悠里に飲ませて彼の十六歳の誕生日を二人の記念とするため密かに日々研究してきた媚薬。
それが今日ついに完成したのだった。
殊の外手間取り焦ったものの、無事に完成し一人喜びにうち震えるエレナ。
これさえあれば彼女の唯一にして絶対の願望が叶うのだ。
何気なく時計を見やるともう半刻もしない内に悠里が帰ってくる時間になっていた。
「おっと、さっさと片付けなければ。『策士、策におぼれる』というからな、気を抜かぬようにせねば」
手際良く器具を外し次々と洗浄及び処理をしていく。
使用した薬品もしっかりフタを閉めて元の位置に納める。
あっという間に全ての後始末を終え白衣を脱ぐと、ハンガーに通して無造作にロッカーに掛ける。
そして媚薬を入れたビンを大事そうに手にとり研究室を後にした。
階段を上り一階のリビングへ戻るとソファーにドカッと座り込み、身を預けるようにもたれ掛かる。
手にしたビンを掲げ外から差す光で透かし見れば、僅かに虹色に美しく煌めく。
その様を見つめながら頭の中では早くも媚薬を使ったときの妄想が始まっていた。
「あぁっ・・・・・・悠里ぃ、そんな乱暴に・・・・・・ッ」
思わず出てしまった声にハッと我に返る。
激しくなりあらぬ方向へ行きそうな妄想を慌てて振り払うと、何か落ち着けるような思い出を思い浮かべ始める。
そんなエレナの脳裏には幼い頃の記憶がふと蘇ってきた。
エレナは幼い時から卓越した頭脳を発揮してきた。
天才的な能力を示す彼女に両親は大いに期待し、彼女自身も両親が喜色満面で褒めてくれるのが嬉しくて、いつも驚くほどの成績を残し続けていた。
教えることの全てに興味を示し、あらゆることをあっという間に吸収していく娘は彼らの誇りだった。
ただ、次々と難しい内容を吸収し賢くなる一方で、それ以外のことに関しては興味を持つことがなく見向きもしなかった。
また、気難しく気まぐれな性格をしているため人付き合いは苦手としていた。
加えて、常に冷徹なほどに無表情で感情を表さず、話しをしても口調が非常に堅く、なおかつ人を寄せ付けがたい雰囲気のために、学校生活を送り始めても友人ができなかった。
常に一人でいたものの、人付き合いがとても不得手で、どう接していいのか分からないだけだった彼女にとってそれは寂しいことであった。
その気持ちを紛らわせるように勉学へ情熱傾けた彼女の頭脳は、成長するにつれてその本領を発揮し始め、小学校四年の時点ですでに難関高入試レベルの問題を解き、六年生ともなると日本の最高学府の入試問題で満点を取るほどになっていた。
そして、日本にいては可能性が広がらないということで、十二歳の時にアメリカの大学にかなりの飛び級で入学したのである。
慣れない土地で一人生活しながらの勉強はとてもつらいものがあった。
そんな中でも、師事した教授の息子アツシと親しくしなり頼れる人を見つけたことで、大変ながらも持ち前の能力を発揮していった。
暇さえあれば各種分野の論文を読み耽り、実験も数多く行い、いっそう勉学に励んだ。
その後わずか三年で大学院の博士課程さえも終えた彼女に対し、誰もが賞賛を惜しまなかった。
しかし、十五歳の若さで全ての科目でトップの成績を残して卒業したエレナは、突然燃え尽きたようになってしまった。
そんな時でも、身近で支えてくれたのがアツシだった。
エレナは日本とロシアのハーフであったけれども、二人は年齢も近く同じ日本出身ということもあり、お互いを気に掛けている仲だった。
そんな彼らが惹かれていくのはごく自然のことであった。
二人は恋仲となり、それはいつしか男女の営みへとなっていた。
そして、エレナは悠里を妊娠したのである。
それは誰もが吃驚してしまうとんでもないことだった。
出産について、二人の両親はもちろん反対だったが、特に強く反対したのはアツシの親族だった。
二人の強い意志に彼らの両親は折れたが、アツシの親族は激しく反対し続けていた。
彼の一族は日本の政界や経済界に多大な影響力を持っていたため、スキャンダルの火種になるようなことは避けたかったのだ。
結局二人は引き離されてしまった。
そのため、エレナはもう子どもを諦め中絶するだろう、そう誰もが思っていた。
愛する人を失った上、一人で子どもを持つことは、若干十五歳のエレナには無理だろうと皆考えたのである。
しかし、当の本人は失意に打ちひしがれるどころか、自分が一人で育てると主張し、それがダメなら死ぬとまで言い張って、頑として意志を曲げなかった。
そして、十六歳で悠里を産み母となったのである。
「だが、我が子というものがこれほど愛おしいものだとは思わなかったな・・・・・・」
愛した人との子だからこそ産み育てたいと思った彼女だったが、時を経るにつれ悠里の存在はどんどんと大きなものなっていった。
再び独りになってしまった彼女が唯一心を許せ、ありのままの自分をさらけ出せる相手であり、無条件で自分を愛し全てを認めてくれるたった一人の存在。
気付けば彼女が愛した人を遥かに凌ぐ存在になっていた。
そんな彼と一緒に居られること、それだけで幸せを存分に感じられていた。
彼が幼い頃はそれだけで満足できていたはずだった。
しかし、成長期を向かえ男として大きくなるにつれて、その感情は急激に変わってしまった。
そして一緒に風呂に入りたくないと言われたことで、息子も男として成長していると実感し、愛情とは違う感情に気付かされることとなったのだ。
その時以来彼を異性として強く意識するようになり現在に至っている。
その悠里をかけがえのない異性として意識するようになるのは、当然といえば当然のことだった。
今や彼のことになると人が変わってしまうくらいに心の底から愛してしまっているのだから。
「とはいえ・・・・・・まさか実の息子に恋をするとは、笑い話にもならないな・・・・・・」
「・・・・・・ただいま・・・・・・」
ゆっくりとドアを開けると囁き声ながら帰宅の挨拶をする。
こそこそと帰ってきたにもかかわらず、律儀にも挨拶を済ませるところが悠里らしい。
そのまま中に入ると音を立てないようそーっと閉じてカギを掛けた。
気付かれないように抜き足差し足の要領で廊下を歩いて自室へと向かう。
と、そこへ何やら影が背後から近づいて来る。
何者かの気配を悠里が感じたその刹那、いきなり後ろから抱きつかれてしまった。
「悠里、おかえり」
気付かれないよう細心の注意を払ったつもりだったが、いつものようにあっさりと見つかってしまった。
エレナは母子のスキンシップだからと言い、ことあるごとに抱きついてくる。
しかも、彼女はそれを当たり前のことだと信じているところが悠里には困ることだった。
ただでさえ意識しているのに、思いっきり抱き締められるといろんな意味でヤバくなってしまう。
しかも何を考えているのか、いつも家では下着姿で過ごしているのである。
そんな無防備な格好でくっつかれてはたまったものではない。
「・・・・・・母さん?」
「ん? どうかしたか?」
「だ〜か〜ら、そうやって抱きつかないでっていつも言ってるでしょ!?」
毎回抱きつかれる度に止めるように言って抵抗しているのだが、母は全く聴く耳がない。
「何を言う、これは母と子の触れ合いではないか。それを止めろというのは無理な注文というものだぞ?」
そう言うと息子の主張にあてつけるかのように抱き締める力を強め、身体を押し付けるようにピッタリと密着させてきた。
そうなると悠里にとっては非常に困ったことになってしまう。
以前はただ抱きすくめているだけだったのに、最近はこうやってあからさまに胸を押し当ててくるのだ。
彼女のバストはそれほど大きくはないのだが、意識が集中した背中にその柔らかさは凶器でしかない。
まざまざと感じられる感触に顔が熱くなり、どうにか鎮めていた股間に急速に血液が集まってしまう。
「とと、とにかく離れてよ!! 僕はやることがあるんだからっ!!!」
このままではかなりヤバイ。
どうにか距離を取るべく、エレナの腕を振り解くとある程度の間合いを取る。
背後を取られないように向かい合、視線で牽制しながら後退る。
そのまま後ろ手に自室のドアノブを回し、隙を見せる間も与えぬほど素早く開くと部屋に滑り込んだ。
「ふむ、やはり逃げられたか・・・・・・」
毎度のことながらまたしても逃れられてしまった。
しかし、エレナは落ち着き払った声で呟いた。
置いていかれてしまったため、悠里の部屋の前で突っ立ったまま「うーん」と唸っていたが、頭を何度か掻いたところでならば仕方ないとばかりにため息を付く。
「やはりあれを使うしかないないな、これは」
そう言うと微かに口元をほころばせつつその場を後にした。
帰宅後机に向かって早くも一時間半。
最初の三十分ははっきり言って宿題に身が入らなかった。
とりあえず机の上を整理したことで、一応は集中して宿題は済ますことはできた。
だが、どうもそわそわして落ち着いていられない。
ふと気付けば時計の針はすでに六時十五分を指していた。
時間的にはもう間もなく夕食になる時間帯だ。
そろそろ部屋を出て準備を手伝いに行った方がいいだろう。
だが、今の気持ちのままでは顔を合わせられない。
思い切った行動をとってしまえばいいのかもしれないけど、エレナは本当に親子のスキンシップだとしか思っていなくて、自分のことは息子としか見ていなかったら大変なことになってしまう。
とはいっても、それだけであれほど意識させるようなことをしてくるのだろうか?
彼女のことだからからかっているということはあまり考えられない。
確かにものすごく頭はいいし、頭を使うことに関してはとても手際が良い。
でも、どこか抜けていて天然なところがある。
だから・・・・・・・・・だから・・・・・・・・・。
「悠里、夕食だぞ。はやく来い」
突然にドアが開かれ不意に声が掛けられる。
振り返ると入り口にエプロン姿のエレナが立っていた。
「あっ、うん・・・・・・今行くよ」
つい今しがた考えていたことを頭から振り払うと、スタンドの明かりを消し立ち上がりドアへと向かう。
ドアを閉めるまで見届けてから戻っていくエレナ。
後を追うように悠里は少し離れてついていく。
何気なく前に視線を向けると母の下着丸出しの後姿が目の前にさらされていた。
「うおわっ!?」
「ん? どうかしたのか?」
「えっ!? あっ、いや学校に教科書を忘れてね・・・・・・思い出しただけだから・・・・・・・・・なんでもない、なんでもないよ・・・・・・うん」
「そうか? ならいいが」
不用意にも素っ頓狂な声が出てしまった。
慌てて適当な理由を付けてはみたものの、上手く誤魔化しきれたかどうか微妙な気もする。
まあ、特に疑問をもたれなかったので大丈夫だろう・・・・・・と思う。
振り向いた母に悟られまいと視線を反らしたけれども、彼女が前に向き直るとすぐにその後姿に釘付けになってしまう。
(よしよし、見ているな。ふふっ、私の身体に興味はあるようだな。これならば使えるぞ)
しかし母にはお見通しだった。
といっても彼女自らが見せ付けているのだから、その反応を見逃すはずもないわけで。
普段から意識しないように見ないようにしていたけど、今のエレナの格好は反則だった。
シースルーのキャミソールに透けて見える黒のブラジャー、そして黒のTバックがあまりにもエロティック過ぎる。
身に着けているものはいつもと同じはずなのに、いつにも増してエロティックで過激な下着がとても淫靡で心が乱れてしまう。
はやくも悠里のペニスはガチガチに勃起してしまっていた。
ダイニングへと向かうと美味しそうな香りが漂っていた。
ダイニングテーブルにはエレナが用意した夕食が並んでおり、嗅覚と視覚の両方から食欲を刺激する。
「どうだ、良い香りだろう? 今日はお前の十六の誕生日だからな、いつにもまして腕によりを掛けたのだぞ?」
そう言いながら速く座れとばかりに椅子を後ろに引いて待つエレナ。
急かされるように席に着かされる。
食卓には悠里の大好物であるロールキャベツとポテトサラダをはじめ、オニオンスープにリゾットとハーブチキン、さらには食後のスイーツとしてアップルパイが並んでいた。
食欲を刺激されたことでかなりの空腹だったことに気付かされる。
はやくも意識は好物ばかりが揃えてある食卓に完全に移ってしまっていた。
さっきまでの邪念はどこへやらといった様子で「いただきます」と言うや否や、悠里はすぐさまロールキャベツを頬張った。
何も言わず次から次へととにかく食べ続ける。
その様子を向かい側からエレナが優しく見つめている。
母の視線に見向きもすることなく、相変わらずものすごいハイペースでもくもくと食べ続ける悠里。
黙ってただひたすら食べるのはおいしいことを示す表れなのだが、今日のペースは明らかにオーバーペースに見える。
「誰も横取りしたりはしないのだから、もっと落ち着いて味わって食べなさい」
「いや・・・・・・だってさ、めちゃくちゃおいしいから・・・・・・はやく次の一口が食べたくて・・・・・・もぐもぐ」
「ふふっ、そんなにおいしいのか?」
「うん、やっぱり母さんの料理は最高だね」
「そうか、それなら作った甲斐があるというものだ・・・・・・っておい、大丈夫か?」
次々と口に入れては押し込むように食べていた悠里だったが、詰め込みすぎたのか急に目を白黒させはじめた。
「・・・うぐっ・・・・・・むぐ、んん――ッ」
「だから言っただろう。ほら、これでも飲んで落ち着け」
差し出されたアップルティーを飲み落ち着かせ、ようやく一息つく。
この時エレナの口元に妖しい笑みが一瞬に浮かんだのだが、今の彼には気付く余地はなかった。
「ふうーっ、びっくりした・・・・・・ちょっと急ぎすぎたかな」
「急ぎすぎだ。せっかくの料理なんだから、もう少しゆっくりと食べられないのか?」
「はい、ゆっくり食べます・・・・・・・・・でも、もう残り少ないけどね」
「いやぁ、大変おいしゅうございました。ごちそうさまでした」
「ん、何を言っているのだ? これからがメインだぞ」
「えっ? もう結構お腹いっぱいなんですけど・・・・・・」
エレナはいそいそと冷蔵庫へと向かうと、両手に何やら大事そうに抱えて戻ってきた。
「誕生日といえばケーキしかないだろう」
そう言ってすでに片付けられたテーブルにケーキを乗せ真ん中においた。
生クリームがたっぷりで、ブルーベリー、ラズベリー、ストロベリー等のベリー類がたくさん乗っている。
さっき食べた料理もおいしかったが、これまたおいしそうだ。
ショートケーキのサイズに取り皿に切り分けるエレナ。
側面を見ると、しっとりとしたスポンジにクランベリージャムがたっぷりと挟み込まれているのが見える。
さらに底面にはパイ生地が敷かれ、スポンジとの間にはムースが挟まれていた。
「これはまた・・・・・・僕の好みを的確に突いたケーキではないですか!?」
「今回は全てを手作りしてみたんだが」
「そんなに手間を掛けてまで祝ってもらえるなんて、ほんとに嬉しいよ」
「まあまずは食べてみてくれ」
早速口へと運ぶと、生クリームの甘さにジャムの程よい甘酸っぱさが加わり、悠里好みのおいしさが広がる。
生クリームをたっぷり付けて食べるベリーもとても口当たりがいい。
あっという間に半分ほどを平らげてしまった。
(なんたって今日は、お前とわたしが初めて結ばれる日になるのだからな。それは気合を入れて作るに決まっているだろう)
たいそう満足気な顔で「もう食べられない」と言っている悠里を余所に、エレナは密かな期待に胸を膨らませていた。