くつ箱の前に来たところでようやく開放された宏雪だったが、その左耳には真っ赤な指の跡がくっきりと残っていた。
くつの履き替えを済ませさっさと進んでいく雪那に追いつくように急いでくつを履き替えると、耳を擦りながら早歩きで後を追う。
すぐ後まで追いつくと二人並んで歩きはじめる。
通常の場合、男女が二人一組でいればその二人は付き合っていると考えるのだろうが、この二人は恋人同士には到底見えない。
どちらかと言えばというよりも明らかに女子が男子を引き連れているように見える。
その関係は主従関係がはっきりとあるようにも見えるが、実のところはこの二人そのどちらでもなく双子姉弟なのである。
しかし、双子でありながら立場は雪那の方が完全に上でありことあるごとに宏雪をこき使っている。
雪那は宏雪が口答えしてくること自体には特に何も言わない。
だが、自分の機嫌を損ねるような言動に対しては実力行使に出てくる。
そのため、宏雪は文句を言いつつも逆らうことができないため結局いいようにこき使われてしまっているのである。
太陽が傾き、橙色の夕陽に照らされるグラウンドの脇を並んで歩き家路に着く二人。
眩しい夕陽が煌めく中で部活に励む部活生の掛け声が耳に心地よくに響く。
グラウンドの様子を宏雪が歩きながら目を細めて眺めていると不意に雪那の不機嫌そうな声が掛けてきた。
「バカヒロ、あんたさあ、謝りなさいよ」
「はぁ!? いきなり何言ってんの? オレが謝る必要なんてないだろ。また勝手な言いがかりを」
早速雪那の自分勝手な主張が始まったかと思うとため息が出そうになるが、いつものことなので負けじと言い返す。
雪那はその主張を無視すると立ち止まり睨みつけながら言いたいことを言い始めた。
「あんた、数学の宿題どうした?」
「えっ・・・、どうしたって・・・授業の前に提出したけど。・・・・・・それが・・・何?」
「何言ってんのよ。あんたが数学の宿題で計算間違いするから大変な目に遭ったじゃないのっ! しかも大問のはじめの方でバカみたいな計算間違いをするから書き直すのに本当に大変な目に遭ったんだからっ!」
「はぁっ!? 間違ってたって・・・・・・マジ?」
自分が楽するために先に解かせて自分は全部丸写しするのが悪いのにそれを棚に上げて口撃をし始めた雪那だったが、宏雪が間違いに気付かなかったことを知ると一瞬言葉を失ってしまった。
しばしの沈黙の後、そんなに肺活量があったのかと思うほどの長く深いため息をついた。
もちろん蔑むような視線を宏雪に向けながら。
「・・・・・・あんたがそこまでのバカだったとはね。・・・・・・本当にあんたみたいなバカと双子だなんて思いたくも思われたくもないわ・・・。全く、あんたのせいで私までバカと思われるじゃないっ!」
「んなっ・・・、そこまでバカ呼ばわりするなよっ!」
「いくらでも言ってやるわよっ! バカな計算間違いをするバカヒロはバカの中のバカで100回死んでも治らないバカよっ! 分かった!? バカッ!」
宏雪が眉間にしわを寄せ口を尖らせて抗議すると、まるでマシンガンのように捲くし立てて言い、トドメとばかりに耳元でバカと叫んだ。
突然の耳元での爆音に思わず耳を押さえたが、口を寄せられた左耳はキーンキーンキーンと大きな耳鳴りが止まらない。
「・・・・・・そんなにヒステリックに叫ぶなよ! ・・・・・・雪姉が楽しようとしてオレのを丸写しするから悪いんだろっ!」
「・・・・・・なに? あたしに文句言うわけ?」
痛む左耳を押さえながら大声で言い返し当然の主張をすると、つり目がちなヒステリックな表情から一転し、目を鋭く細めると目の据わった目つきで冷たい視線を向け、普段より低い声で言い放った。
なによりも目以外が全くの無表情なのが恐ろしい。
こうなるとなにも言い返せなくなる宏雪だったが、自分に非はないのだからと自分自身に言い聞かせると意を決して言い返す。
「だ、だいたい書き写す時に雪姉だって気付いてなかったじゃないか」
すると弟の思わぬ反撃に一瞬ひるみそうになり、言いよどみそうになりながらも自分はそうではないことを主張する雪那。
「・・・うくっ・・・・・・で、でもあんたは最後まで気付かなかったじゃない。あ、あたしはね、ちゃーんと書き直したんだから」
全く自慢にもならないつまらないことにもかかわらず弟に対する姉の威厳を保てたと思ったのか、まるで幼い子供に向けて言うように宏雪に言い聞かせてきた。
「・・・・・・そんなこと言って。どうせ誰かに言われるまで気付かなかったんだろ」
「・・・えっ・・・・・・」
「そして正しい解答を見せてもらって写したと」
「そ、そんなわけないでしょ!?」
「ふーん。その様子だと図星だね」
「な、なに言ってんのよ。あ、あたしはあんたみたいにバカじゃないんだからそんなわけないわよ!?」
「・・・・・・そういう態度だと図星だって言うんだよ・・・・・・」
雪那には言いたいことを言わせて、たとえ理不尽なことでも自分が悪かったと受け入れてあげればすぐに事態は治まる。
これまでの経験からもそのことは分かっているのだが、雪那の言うことにはほとんどが到底納得し難いためつい言い返したり悪態をついたりしてしまう。
ただ、時々余計なこと言ってしまうわけで。今回も余計な一言だった。
「うぅ〜〜〜・・・・・・なによっ! あんたが悪いんだからっ! バカバカバカバカバカッ!」
しばらく俯いたまま殺気を漂わせて唸っていたかと思うと、突然持っていたカバンを振り上げ宏雪に向けて振り下ろしさらには振り回し始めた。
「うわわっ。ごめん、ごめんなさい。痛たたた・・・雪姉、オレが悪かったです!!だから叩かないで。痛い、痛い、痛い!!」
「誰が許すかぁ〜!!」
雪那の方も本当は文句なんて言いたくないのだが宏雪といるとつい文句ばかりになってしまう。
自分が悪いことも分かっているし謝ればすぐに治まることも分かっている。
でも宏雪に図星を突かれると感情的になってしまうのである。
「あたしをコケにしてぇーッ! ちょっと、待ちなさいよっ! 気が済むまで叩き回してやるからっ!」
「すいません。わ、わたくしが全て悪うございました!」
「だいたいその言い方がムカつくし気にくわないのよっ! 今日という今日は絶対許さんっ!」
「だから・・・いたっ! カ、カドがあたった、カドは痛いから・・・や、やめてぇ〜・・・」
雪那にとって大切なのは弟に姉の威厳を常に保つことにある。
弟は姉である自分に常に従うものであるという自分勝手な信念を持っており、それが崩れることは雪那には受け入れがたいのだ。
宏雪もそれを身に沁みて感じているためなるべく姉の威厳にかかわることには触れないようにしているのだが、双子だからやはり同類なのだろう。
宏雪自身も自分が悪いことは認めたくなく思わず刺々しい言い方をしてしまう。
しかし、毎回それで自分を追い詰めてしまっているのだが・・・・・・。
ヤバいと思った宏雪はとっさに謝るもすでに遅く雪那は怒が爆発していた。
よほど癪にさわったのか怒の形相で手加減なしにカバンを振り回してくる。
魔の追っ手(?)からどうにかして逃れようとするも怒り任せの追撃から逃れるすべもなく、ただひたすら防戦一方で頭を手でガードするしかない。
周囲にいた生徒たちからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
本人たちには互いに譲れない戦いだが、周囲にとってはただもう微笑ましいとしか言えないもので、けんかする程とても仲の良い双子なんだろうなというのが伝わるものでしかなかない。
そんな周りが全く目に入らない双子は相変わらずギャーギャーと言い合い、ドタバタと走り回りながら帰宅していった。
この二人、生徒たちの間では二人は有名な双子姉弟である。
雪那は学園三大美少女の一人でスタイルは抜群、男子の人気もかなり高くラブレターが来ない日はない。
双子の弟の宏雪も雪那そっくりの美少年で女子の人気が高い。
一部の男子にも隠れた人気があるという話もあるが・・・。
それだけでもう有名になる二人だがそれ以上に二人を有名にしているのは、実はこの二人は重度のブラコン・シスコンではないかということである。
雪那は言い寄ってきた男子(一部女子も含む)をことごとく振り続けており決して男女の付き合いをしようとしない。
宏雪の方も同じく決して男女の付き合いをしようとしない。
だが、雪那の宏雪に対する独占欲は、宏雪のそれと比べてはるかに強い。
登下校は必ず一緒だし、昼食も必ず二人で一緒に食べる。
それを拒否できる権利はもちろん宏雪にはない。
さらに、どんな時でも宏雪が女子と親しく話しをしていようものなら、たとえ授業中であったとしても乗り込んでくるくらいなのである。
とは言うものの、そういう宏雪もまんざらではない。
たまにうっとおしいと思う時もあるが、むしろ姉に構ってもらえているようで嬉しかったりもする。
そのためワガママ千万で弟を独占したいブラコン姉と、そんな姉に常に振り回され文句を言いながらもいつも受け入れてしまうシスコン弟として学園中に名を轟かせており、本人たちは激しく否定しているがそれはもはや周知の事実となっているのだ。