「ぬはっ」
なんだか分からないがあまりの暑さに体が熱くなり思わず布団を蹴飛ばして飛び起きる宏雪。
砂漠のど真ん中でコタツに入れられ、雪那にアツアツのすき焼きを無理やり食べさせられる夢を見ていたことを思い出し、寝起きで早速げんなりしてしまう。
何も考えたくなくて眠りについたはずなのに、逆にさっきの出来事をより鮮明に思い出すはめになってしまった。
現実という切っ先を喉元に突きつけられているようで気が重くなる。
「はぁーっ・・・、なんでこんな時にまで雪姉が出てくるかね・・・」
さっきまでの自分たちのやり取りを振り返り次第に後悔の念が大きくなってきた。
怒りに任せて不満を激しくぶつけてしまったし、その上乱暴に突き飛ばして追い出してしまった。
良く考えたら雪那はいつものようにからかっていただけでしかなったと思う。
なのに今日は恥ずかしさと怒りのあまりわれを忘れてしまっていた。
「・・・あーあ、今度こそ完全に嫌われただろうな・・・」
そう思うとなんだかもうどうでもよくなってきた。
いや、どうでもよくなってきたというよりも、もうこうなったらとことん嫌われてやろうという気になってきたという方が合っている。
そうすれば普段から一緒にいなくても済む。
好きな相手とはいえもはや関係が微妙になってしまった以上、そうした方が良いに決まっている。
それになるべく顔を合わせない方が心を乱さなくても済むはずだ。
「でもなぁ・・・・・・。なんでこんなになってしまったんだろう・・・・・・」
あんな関係だったけどいつも通りにしてさえいればそのままだっただろうに・・・。
電気もつけずカーテンの隙間から入る月明かりに照らされただけの部屋の中にため息だけが響きわたる。
と、その時、小さな音でドアがノックされる音が聞こえた。
今ノックしてきたのは誰か。
母は今日も帰って来ない。
侵入者がいれば入ったとたんに警報がなるはず。
家主である母でさえ何度も通報されたくらいだからそれは間違いない。
では誰なのか。
「・・・雪姉しかいねぇよなぁ・・・」
はっきり言ってどう対応すればいいのか、全く分からない。
こうなったら寝たふりしてやり過ごすしかない。
暑いけどもう一度布団を被ってドアに背を向けて寝たふりをする。
コンコン
コンコン
コンコン
もう少しの我慢だ。
もう少しでやり過ごせる。
ガチャリ
(えっ、もしかして・・・開けちゃったの?
マジで?
ちょっと何考えてるんだよ、こんな時に・・・・・・うわー、どうしよう・・・)
背中に気配がするのが分かる。
「お、起きてるんでしょ?」
「・・・・・・」
「な、何よ・・・、無視しなくてもいいじゃない・・・・・・」
「・・・・・・」
なんだかいつもよりしおらしくて弱々しい声のような気がするがとにかくふて寝を続ける。
だが、しばらく沈黙が続きなんとも言えない気まずさに襲われる。
沈黙に耐えがたくなり声を出したくなるが我慢する。
すると雪那の方が先に沈黙を破った。
「さ、さっきはさ・・・、わ、悪かったわね・・・」
なんと今まで自分の非を認めたことすらなかった雪那がそんなことを言ってきた。
思ってもみない言葉に宏雪は驚いた。
「たっ確かに調子に乗りすぎていたことは悪かったと思うし・・・、そのことについては・・・あ、謝るわ・・・」
いつもとあまりに違う態度は宏雪でも真意を図りかねるほどで全く分からない。
ここはとりあえず無言のまま話を聞くだけ聞いてみた方が良さそうだ。
「・・・そんなに腹が立ったからって・・・・・・、口を利いてくれる位してくれてもいいじゃん」
いつもの強気な態度は鳴りを潜め、どこか拗ねているような感じさえする。
こうなっては益々声を掛け難い。
「・・・あ、謝るから、・・・その、今までどおり、家事全部とは言わないけど・・・、料理だけは作ってよね・・・」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
珍しく本気で謝ってくれていることは分かる。
謝るというだけでも雪那にとっては相当勇気がいるだろう。
もしかしたらかなり悔しいことなのかもしれない。
いつも虐げているような相手に対して謝るのだから。
その気持ちを汲んで、受け入れたいと思う、いや受け入れるべきなのだろう。
でもその理由に違和感を感じる。
家事をしたくないから仕方なくというのが伝わってきてなんだか心から納得できない。
このまま受け入れたらなんとなくモヤモヤしたままになってしまうだろう。
それに、やることさえしてくれればあんたは用無しと言われているようでまた怒りの気持ちが湧いてくる。
どうせ嫌われているのならとことん嫌われてでも離れてしまいたくなってきた。
そうすれば好きという気持ちも変わってくるかもしれない。
万が一嫌われていなかったらということも考えられるが、もうそんなことはどうでもいい。
「・・・料理だけは、あたし苦手だから・・・、これだけはどうしてもヒロじゃないと・・・ね・・・」
「・・・・・・なんだよ。・・・・・・結局自分のためかよ・・・」
今の自分はかなり嫌味な奴だと思う。
でもそうなってでも全ての負の感情を吐き出してしまいたかった。
「ちっ違うわよ・・・。ただ・・・、わっ悪いと思ったから謝りに来たに決まってるでしょ」
「いーや、そんなわけないね。このままだと自分が困るからだろ」
「何でそんなこと言うのよ! こっちから謝りに来てやってるのに!」
「違うだろ!」
布団を被ったままで自分を抑えつつ返していた。
でも言い分を聞いていると気持ちを抑えられない。
布団を蹴飛ばしてガバッと起き上がり、勢い良く向き直ると声を荒らげて言う。
「料理とか自分のやりたくないことをしたくないから仕方なく謝ったんだろ?」
「だから、違うわよっ! 本当に・・・、悪いと思ったからなんだから・・・」
「言い訳はいいんだよ」
「・・・なっ、本当の気持ちを言ってるだけなのに、どうして言い訳になるわけ?」
「だってそうだろ? 必要なことさえすればオレはもう用無しってことじゃん」
「な、なんでそうなるのよっ!」
こんなひねくれたことが言いたいわけではない。
もっと冷静に話しをしたい。
でも何か言おうとすると不満をぶつける言葉しか出てこない。
こんな時にも、いや、こんな時にこそ素直になれないところはお互いやっぱり双子だと思う。
「まあ別にいいけどさ」
「・・・な、なにがよ・・・」
「これまで通り家事だけはやるから、それは心配しなくていいよ」
「え・・・、ああ、それは・・・助かるわ・・・」
これまで通り家事をやるというのは本心からの言葉だ。
雪那にさせるよりもこれまで通り自分がやった方がスムーズにことが運ぶ。
それにその方がストレスも溜まらないに違いないと思う。
「でもそれ以外は知らないから」
「ええっ・・・、ど、どうしてよ?」
「さっき言ったじゃないか、もう雪姉の傍にはいたくないって」
「だから悪かったって言ってるじゃない!」
「・・・というか、傍にいれなくなるかな・・・」
「・・・えっ・・・」
「・・・あのさ、・・・オレ、女の子と付き合うことにしたんだ」
女の子と付き合うというのはもちろん嘘だ。
でも、これまでされてきた仕打ちから鑑みても嘘をついて憂さ晴らしをしてもいいだろう。
雪那は家事が苦手だから自分に頼っていることは間違いない。
この際、それを逆手に取った仕返しをすることにした。
嘘がばれたら・・・という心配はある。
だがすでに動揺しているみたいだ。
そんなことを恐れている場合ではない。
このチャンスを利用しないなんてあまりにももったいないではないか。
「実は、一昨日告白されたんだよね。で、明日返事をすることになってるんだ」
「なっ・・・、ほ、ほんとなのそれ!」
「まあね」
「だ、誰なのっ! 誰にされたのよっ!」
どうやら効果てきめんようだ。
今まで見たこともないほどに慌ててしまっている。
さっきまでの気が高ぶって赤みがかっていた顔は蒼白くなり、もはや心ここにあらずといった感じだ。
しかもかなり動揺したのか突然掴みかかってきた。
誰が相手なのか相当気になっているようだ。
両肩を荒々しく掴むとガクンガクンと音がしそうなほどに激しく宏雪を揺さぶる。
「べ、別に・・・い、言う必要・・・な、ないし、関係ないだろ」
「関係あるわよっ! 誰なのよ、言いなさい!」
「だいたい、言ってどうするんだよ!」
「ど、どうするって・・・・・・どうかして悪いわけ!」
「どうせ邪魔するんだろ!」
そうなのだ。雪那は昔からこうなのだ。
普段はさんざんバカにして「あんたの相手をするのは時間の無駄」と言いまくっているのに、こっちが相手をしないとめちゃくちゃ怒ってくるのだ。
それに、誰か好きな相手ができたと言えば、先回りしてよからぬことを吹き込み嫌われるように仕向けてくる。
今回だってそうするに違いない。
まあ全部嘘だから誰とは決して言えないのだが・・・。
「邪魔して何が悪いの!」
「悪いに決まってるだろっ! もう好きにさせてくれよ!」
「そうはいかないわよ!」
「何で! どうしてだよ!」
「決まってるじゃないっ! あんたはあたしモノのだからよ!」
都合が悪くなるとすぐこれだ。
とにかく「あんたはあたしのモノだから言うことを聞け」ばかり言ってくる。
その根拠は姉と弟だからというものらしい。
弟の自分からすると迷惑千万極まりない根拠だ。
「オレはオレであって誰のものでもないし、もう雪姉とはもう何も関係ない!!だからオレが誰を好きになろうと誰と付き合おうと勝手だろ!!」
「あんたは弟なんだからあたしに従う義務があるのよ! それになに、彼女を作るですって! ふざけないでよっ!」
「あーはいはい、勝手に言ってろよ。もうオレは彼女を作って今までの辛い生活とはおさらばするからさ」
最後の言葉がかなり堪えたのだろう。
苦虫をかみ潰したような顔で何か言いたげにしていた雪那だったが、何も言い返せずにいた。
次第に悔しそうな顔に変わるとそのまま俯いてしまった。
もう相手にせずに寝ようとすると何事かをつぶやき始めた。
「な・・・・・・だ・・・ほ・・・・・・わ・・・す・・・も・・・・・・」
「・・・えっ、なに・・・?」
「・・・・・・」
「はぁー・・・、もう・・・今度は何?」
「誰が他の女に渡すもんですかッ!」
「な、なに言ってんだよ、なに言われても・・・って、なにす・・・う、うわっ!」
「あんたはねぇ・・・、あんたはねぇ・・・、あたしのモノなんだからーぁッ!」
「い、痛い・・・、や、やめっ・・・」
ものすごい勢いで痛いくらいの力で掴みかかるとそのまま一気に押し倒してきた。
押し倒したままその上に馬乗りになって押さえ込まれてしまう。
「無理やりにでもあたしのものにしてやるんだからっ!」
「な、なにを・・・む、むぐぅ・・・」
そのまま殴られるのではないかという恐怖から思わず目を閉じて身構える。
すると突然唇がなんとも言えない柔らかい感触に包まれる感じがした。
あまりに意外な感触に反射的に目を開けると信じられない光景が飛び込んできた。
目を開けて目前に広がっているあまりにも唐突な状況。
そしてこの状況が現実なのかどうか理解できないほど頭の中が真っ白になり、思考が停止してしまい何も考えられなくなってしまう自分がいた。
なぜなら、すぐ目と鼻の先には目を閉じている雪那の顔があったからである。
さて、この状況で唇に感じる柔らかくて気持ちいい感触は何か・・・。
(・・・これはどう考えても・・・キ、キスしてるんだよな・・・・・・ゆ、雪姉と・・・)
そう考えるともう理性が少しずつ薄れていくような錯覚が襲ってきた。
それと同時にあまり恥ずかしさに顔が猛烈に熱くなってくる。
ああ・・・、今ものすごく顔が真っ赤だろうな・・・。
このままどうなるんだろ・・・。