雪那にはもう露ほどの理性も残されていなかった。
普段は理性を以って押さえ込まれていた無意識の願望が、絶頂を迎え理性を失ったその瞬間から完全に雪那を支配していた。
ただ本能の赴くまま、ジリジリと宏雪ににじり寄っていく。
「ゆ、雪姉・・・?」
今まで見たこともないほどの狂気じみた艶めかしい瞳と表情に言い知れぬ恐怖を感じ、近づいてくる妖姉に押されるように下がっていく。
というよりも下がらざるを得ないほどの雰囲気が今の雪那にはあった。
しかし、すぐにベッドの端に追いやられると壁にぶつかり追い詰められてしまう。
「いや・・・今のは手違いで・・・・・・、本当はこんなことするつもりではなかったのであって・・・・・・」
「・・・・・・」
「その、罰なら甘んじて受け入れますから・・・・・・、痛いことだけはご勘弁を・・・・・・」
罰を受けると勘違いして焦る宏雪を余所に、雪那は宏雪の目の前まで来ると膝立ちになった。
そのまま右手を伸ばし宏雪の右手を取ると自分の股下へと導いていく。
「ちょっ・・・えっ・・・・・・な、何を・・・・・・?」
姉の大胆な行動に戸惑っていると、なんとショーツ越しに秘部へと触れさせてきた。
「あ――っ!」
雪那のそこはすでにぐっしょりと濡れており、ショーツに指が押し付けられるだけでぐじゅっと水音がするほどだった。
「・・・・・・ねぇ」
「ななな何?」
「ここ、どうなってる?」
「ど・・・どうなってるって・・・い、言われても・・・」
手を引かれてとはいえ、自分の指が最も隠すべき部分に押し付けられている状況に、どうしたらいいのか分からずに固まってしまう宏雪。
姉弟としてはあまりにも異常な有様に思いが至ると、羞恥心が蘇りみるみる内に顔が赤くなってしまった。
顔から火が出そうなほどの恥ずかしさに顔を合わせることができない。
恥ずかしそうにそっぽを向いている弟の様子に女の証を見せ付けようと、顔に左手を伸ばし顎に手を添えるとぐいっと正面を向かせる雪那。
ショーツに覆われているとはいえ雪那の下半身にはどうしても目を向けられないため、少し視点を上に移動させ顎の辺りに視線を合わせる。
「ちょっとぉー、ちゃんとこっちむきなさいよ」
「で、でも・・・は、恥ずかしいよ・・・」
「なんでぇ? ちゃんと見なさいよぉ。あたしがせっかくサービスしてるのに・・・・・・」
「そ、そんなことして・・・・・・雪姉・・・・・・は、恥ずかしくないのかよ」
自分の恥ずかしさを誤魔化そうと逆に質問をして話を逸らそうとする。
しかし、もはや雪那の羞恥という感覚は完全に麻痺してしまっていた。
彼女にとって今すべきことはただ一つ。
そう、もう一度宏雪をその気にさせることにほかならない。
そのためには、もはや形振りかまってはいられなかった。
「別に・・・・・・あんたにイカされたのに・・・・・・、今さらそんなものあるわけないでしょ?」
「んな――ッ」
「それよりあたしの質問にちゃんと答えてよぉ」
「でも・・・・・・」
「ほら、ちゃんとどうなっているか言って」
恥ずかしさから誤魔化そうとしたり目を逸らしたりしている宏雪。
だが、本当のところは意識のほとんどはすでに右手先に集まってしまっているのだ。
どうにかして劣情を紛らわせようとするが、気を紛らわせようとすればするほど意識があらぬ方向へと向かってしまう。
さっきは図らずも意識が飛んでしまい、姉弟でありながらとんでもない行為にまで及んでしまった。
姉弟でありながら性的関係に及ぶということは、倫理的にも社会的にも許されない。
ここまで来ておきながらそんなことを言っても何も説得力がないし、ただ目の前の現実から目を逸らし逃げようとしているだけと言われたらその通りだと思う。
姉のことは家族としてはもちろんのこと、異性としても大好きである。
いや、もう愛してしまっているといっても過言ではないかもしれない。
だからこそ取り返しの付かないことになる前にここでやめるべきだろう。
やめなければならないのだ。
そう、やめなければ・・・・・・。
「あ、あのさ・・・やっぱりこういうことは・・・・・・やめようよ・・・・・・」
「・・・・・・なんでそんなこと言うの?」
「そ、それは・・・流れだけでこんなことするべきじゃないし・・・・・・、それに・・・・・・姉弟でこんなことはヤバイし・・・・・・」
そうなのだ。自分たちは姉弟であり、それ以上でもそれ以下でもない。
だから実姉に対して持っている感情は抑えてしまわなければならない。
それが自分たちの将来にとってはそれこそが最善なのだ。
だが、今の雪那がそれを納得するはずもない。
「ふーん、あんたはそれでいいかもしれないけどね、あたしはそうはいかないの」
「な、何言ってんだよ・・・・・・オレはもうここでやめるからね」
雪那がどんな表情をしているのかは分からない。
その表情がどうなっているのか気にはなるが、伺うのがどうにも躊躇われ俯いて話を続ける。
たぶん今は見てはいけないのだ。
それを見てしまったらきっとこの決意は揺らいでしまうから。
「だから雪姉も今日のことは忘れ・・・て・・・・・・」
しかし、宏雪に残された理性で紡がれた言葉が、自身の欲求のみに突き動かされている人間に届くはずがない。
かえってその態度が雪那を苛立たせてしまっていた。
逆撫でしてばかりの弟の態度に痺れを切らした雪那は思い切った行動に出た。
握っていた宏雪の右手を返すとそのまま手のひらを秘部に押し付けさせてきた。
「あんたのせいなのよ・・・・・・あんたのせいでこんなになっちゃったのよ!?」
「そんなこと言われても・・・・・・」
「あたしを・・・・・・、あたしをその気にさせといて、そんな意地悪しなくてもいいじゃない」
悲しいかな。
身体は頭で考える通りにはなってはくれない。
手を伝い腕にまで滴るほどに濡れた秘所。
ショーツ越しに感じる奥から湧き上がってくるようなぬくもり。
おっぱいとはまた違う柔らかく淫らな感触。
発された言葉とは異なる憂いに満ちた表情と悲哀の宿った上目遣いの眼差し。
それらは宏雪の理性を無力化するには威力十分だった。
「雪ねぇッ!」
「――きゃッ!」
突然手を振りほどき雪那に近づいたかと思うといきなり勢いよく抱きつく。
あまりの勢いに驚いた雪那は、身体を支えられず仰向けに倒されてしまう。
そして腰に腕を回し強く抱きしめると胸に顔を埋める。
一瞬虚を突かれてしまいあっけに取られた顔をしていたが、落ち着きを取り戻すと状況を理解し、その頭を両手で掻き抱く。
「び、びっくりするじゃないの」
「あっ、ごめん・・・」
「別にいいけど・・・・・・で、今の今まであんなに嫌がってたのに突然どうしたのよ?」
「あ、その、嫌なわけじゃないけど・・・・・・なんというか・・・・・・」
頭が真っ白になり勢いよく抱きついたのに、逆に抱き締められて我に返り恥ずかしくなる。
恥ずかしさをこらえながら姉からの問いに対する答えを探りつつも、重ねた肌から感じる汗がしっとりと滲んだ瑞々しい柔らかさがあまりに心地良くて離れることができない。
発する言葉が思い浮かばずそのままの姿勢で何も答えられずにいると、予想だにしなかった言葉が耳に入ってきた。
「あっ、そうか・・・・・・あんた、告白されたんだったわね・・・・・・だから嫌だったんでしょ?」
とっくについたことすら忘れてしまっていた嘘がいきなり雪那の口から飛び出し内心焦り始める。
雪那の方はというと思い出したくなかった現実を思い出してしまい、悲しさと悔しさが綯い交ぜになった寂しさに襲われていた。
姉のどこか悲哀の篭った沈んだ声が宏雪の心を大きく揺さぶる。
いつものような強気な口調と悪戯な表情がなりを潜め、これまで一度たりとも見たことのない寂しげな瞳と暗い表情が心に深く突き刺さる。
今ならまだ間に合う。
嘘をつかれることが嫌いな雪那のことだからものすごく怒られるだろうけど、「実は嘘でした」と言えば今ならまだ間に合うかもしれない。
日ごろの憂さを晴らすつもりで嘘をついたけれど、今の姉を見ていると激しい後悔の念が込み上げてくる。
そんな姿を見るのはとても辛い。
意を決すると本当のこと言おうと口を開いた。
「え、あ、えーっと、そのこと・・・なんだけど・・・」
「付き合うんでしょ? 何も言わなくても分かってるわよ」
「えっ?」
「あ、あたしはさ、あんたを・・・・・・応援するからさ・・・・・・」
自分自身を楽にさせるためについた嘘が今まさに宏雪に突き付けられる。
本当は嘘だと言ってしまいたい。
嘘だと言ってしまえば楽になるだろうし、今言わなければずっと後ろめたさが残るだろう。
でも、悲壮な中にも毅然たる決意の表情を見るとそれすら言えなくなってしまう。
姉が決意したのなら自分も決意しなければならない。
今まで何事にも――特に姉に対して――自分の意思をぶつけてこなかったことが、今になって大きなツケとなって返ってきた。
この長年のツケは今ここで全て清算しなければ、もっと姉を傷つけかねない。
これ以上辛い思いをさせないためにもきちんと受け止めなければ。
「うん・・・ありがとう」
「よ、良かったじゃない・・・・・・ヒロのことを好きになってくれる女の子が・・・・・・いてくれて・・・・・・」
「・・・・・・すぐに教えなくて・・・ごめんね」
「ほんっとに、このあたしに教えないなんて・・・・・・まったくバツが悪いじゃないのよ・・・・・・」
気まずい空気が二人を包む。
お互いに何と話しかけていいのか分からず沈黙だけが部屋を支配する。
あまりの気まずさに心が押し潰されそうになる。
耐え切れなくなった宏雪が先にベッドから抜け出した。
「ちょっと、飲み物何か飲んでくる」
この雰囲気から一刻も早く離れたいと、当たり障りのない理由を付けてこの場を逃れようとする。
が、その刹那、不意に後から抱きすくめられる。
何が起きたのか分からずその場に固まってしまう宏雪。
だが、すぐに事態を把握する。
そう、後ろから抱き着かれているのだ。
「・・・雪・・・姉・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ど、どうしたんだよ・・・いきなり・・・」
努めて冷静に声を掛けるが内心はとてもドキドキしている。
心臓がバクバクとまるで動悸がするように激しく鼓動する。
きっと雪那にまで伝わっているだろう。
これでは慌てていることがバレバレではないか。
しかし、落ち着け落ち着けと思う程に雪那の体を敏感に感じられてしまう。
鳩尾の辺りで交差する腕。
耳元に感じる少し乱れた息遣い。
背中に押し付けられた柔らかなふくらみ。
その全てが体を奥から熱くする。
動くことができずに石のように固まったままでいるとポツリと雪那が呟いた。
「今まで・・・・・・ごめんね・・・・・・」
「な、なな何を突然に・・・」
そう呟いた声色はか細く弱々しいものだった。
いつもとはあまりにも違いすぎる態度が心をかき乱す。
これ程までに弱々しい姉の声は聞いたことがない。
こんな時は何と声を掛けたらよいのだろう。
いつものようにぶっきらぼうに言ってはいけないことだけは分かる。
ただそれ以外のことをどうすればいいのか分からない。
何も気の利いたことが言えないまま黙っているとさらに呟きが聞こえてきた。
「いつも・・・いつも・・・我が儘ばかりで・・・・・・。だから・・・だから、あたしのこと・・・・・・嫌いになったんでしょ?」
もう今にも泣き出しそうな声が本当に突き刺さる。
それを否定したい。
そんなこと絶対ないと否定してしまいたい。
本当は大好きでは離したくなんかないと言ってしまいたい。
でも、そんなことを言ってしまったら・・・・・・ダメなんだ。
兎に角、嫌いになった訳ではないことだけは伝えなければ。
「そ、そんなことはないって!」
「えっ?」
「確かに、雪姉といると、痛い目に遭ってばっかりで、いつも家事とか押し付けられてばかりだけど・・・・・・。でも、でも、嫌いなわけないじゃんか」
「ほんとに、ほんとなの?」
「本当だってば」
「嘘じゃないよね?」
『嘘』という言葉が深く心に突き刺さる。
でも、ここがまさに耐え時。
そんなことでいちいち躊躇していてはダメだ。
「う、嘘じゃない・・・嘘じゃないから・・・ね」
「・・・・・・良かった。・・・・・・それを聞いて安心した・・・・・・」
心底安心した声でそう言うと抱き締めていた腕により力を込めて抱き締める。
そのままひとしきり抱き心地を味わうように身体を密着させる。
「ねぇ・・・・・・最後にもう一つだけ我が儘聞いてくれない? って言うのは、自分勝手だよね・・・・・・」
今まで散々傍若無人に振舞ってきたにもかかわらず、まるで怯えた小動物のように恐る恐る機嫌を伺うように呟く。
最初から半ば諦めたような口調が逆に聞いてあげたくなってしまう。
後から密着されたままでは落ち着かないので雪那の腕をゆっくり解くと向かい合うように向き直る。
「・・・・・・その、無理難題じゃなければいいよ」
「えっ・・・と、さっきの話だけど・・・・・・彼女ができるって言うのは、明日からなんだよね?」
「あーっと・・・うん、そうなるね」
上目遣いで切れ長の目を潤ませ少し甘えたように聞かれては薄氷のような決意は砕けてしまいそうになる。
ドギマギしながらもなんとか受け答えをする宏雪。
「じゃあ・・・今日はさぁ・・・・・・まだ、独り身なのよね?」
「ひ、独り身って・・・まあ、今日までは・・・そうだね」
「・・・・・・それでなんだけど・・・・・・ね?」
何か言いたそうにしているのだが言い出しにくいらしく、恥ずかしそうにもじもじしながら「えっと・・・その・・・」と言いよどんでいる。
しかも、潤ませた瞳でチラチラと上目遣いで視線を向けてくる。
その恥らう仕草とそのはにかんだ容貌に思わずクラッときてしまう。
「な、なな何が・・・い、言い、たいの?」
その姿のあまりにの可愛らしさに心を奪われてしまいそうだ。
なんとか言葉をつなげるが、そんな顔と仕草をされてはもう落ち着きも何もあったものではない。
それを見抜いたかように姉の言葉が追い討ちをかける。
「その・・・ね、あたし・・・と、せせせ、セック・・・ス・・・・・・してくれないかな・・・・・・って」
恥ずかしさに抗いながらもどうにか伝えるきる雪那。
あまりにも恥ずかしいのだろう。
顔だけでなく露出している肌全てが朱に染まってしまっている。
「な――ッ! ちょっ・・・・・・ええーッ!」
想像をはるかに越えたその文言に宏雪は思わずフリーズしてしまう。
ここにきてそんなとんでもないことを言い出すなんて。
反則もいいところではないか。
しかもその美貌で期待したような甘えた顔つきをされ、あげく縋るような眼差しで見つめられたら。
拒否なんてできるはずがない。
でも・・・・・・でも・・・・・・。
「ねぇ・・・・・・、今日だけ、だから・・・・・・。一回だけで、いいから・・・・・・ね? ・・・・・・ダメ?」
一回だけ?
一回だけならいいかな。
今いちばん好きな相手は雪姉なんだし。
やっぱり好きな相手と交わりたいというのが素直な気持ちだ。
よく考えたら今だけ、一回だけだったら別に問題ないのではないだろうか。
いや問題ないことはないけど、一度くらいなら・・・・・・。
それに・・・・・・もう我慢なんてできない。
だから、今日だけ、今夜だけは。
「雪姉・・・・・・今夜だったら・・・・・・いいよ」
宏雪の決意が今まさに瓦解した瞬間だった。