4. 脱☆童貞宣言
ゴールデンウィークが明け、俺は社内食堂でコーヒーを飲んでいた。
向かい合うようにして椅子に座っている同僚は、先程からずっと咽込んでいる。
どうやら俺の「処女卒業宣言」が余程堪えたらしい。
俺だって童貞卒業するつもりで風俗店に行って、処女を卒業することになるだなんて思わなかったさ。
苦い顔をしてしまうのは、コーヒーのせいだけではあるまい。
「……いい加減、咽るのやめろよ」
「そっ……そう簡単に言ってくれるな……ッ」
同僚は一度大きく咳をすると、自分を落ち着かせるように水を口に含んだ。
それから、苦笑交じりの顔を向けてきた。
「まぁ、お前のことだからどうせ童貞は卒業出来ないだろうと思っていたけど…。まさか、なぁ?」
「……言うな。俺だってショックなんだから」
結局俺は、祐介に抱かれてから風俗店に足を運んでいない。
どうしても、女を抱く気分にはなれなかったのだ。
「はぁ……。俺のゴールデンウィークって一体何だったんだろう……」
「そう気を落とすなよ、安藤。さすがに可哀想だから、パシリ扱いはしないでおいてやる」
同僚が慰めるように、机に突っ伏した俺の頭を撫でた。
約束を守れなかった罰がないことは嬉しいものの、喜ぶ気にはなれない。
どうしても、男に抱かれてしまったのだというショックから抜け出せずにいた。
「安藤。煙草が吸いたいんで、俺は喫煙所に行ってくる。お前はどうする?」
「もう少しここでゆっくりしてく……」
頬を机にくっつけたまま言うと、同僚は小さく頷いて歩いていった。
彼の背中を眺めながら、唇を噛み締める。
男に抱かれた。
それはすごく嫌なことのはずだし、俺自身……精神的に辛くって仕方がない。
そのはずなのに、そのときのことを考えると……。
―――身体が、熱くなる。
可笑しいだろ、これ。
あんなにも屈辱的な目に遭わされたっていうのに、それをしてきた張本人である祐介に対して怒りも嫌悪感も沸かないし。
それどころか、また彼の綺麗な顔を見たいとさえ思っている。
一体、自分の身体に何が起きているというのだろうか。
「祐介…」
瞼を閉じるとすぐに浮かんでくる、彼の微笑み。
耳元で囁かれるやけに色っぽい声だとか、優しい触れ方だとか、甘いキスだとか。
そして安心することの出来た、彼の温もり…。
そのどれもを鮮明に思い出せることが不思議だった。
あれから、結構な日数が経っているというのに。
「っ……考えるな」
あのときの情事を思い出すと、鼓動が妙に早くなる。
それを落ち着かせようと胸元のシャツをキツク握り締めた。
苦しくて、熱い。
こんな風になるだなんて変だって分かってる。
分かっていても……それでも、なってしまうんだ。
どうしたらいい?
……いや、俺は一体、どうしたいんだ?
「……会いたい、な」
口をついで出たこの言葉が、きっと俺の本心なのだろう。
あぁ、もう駄目だ。
俺はどうやら……彼のことが気にかかって仕方がないらしい。