7. 脱☆童貞宣言
頭を優しく撫でてくれるのが、気持ち良かった。
啄ばむようにキスをしてくれるのが、嬉しかった。
それらの感覚を振り切るように瞼を開けると、祐介の顔があった。
彼は穏やかな笑みを浮かべながら俺のことを見つめていた。
至近距離からのその優しげな眼差しに、鼓動が早まるのが分かった。
とくん、とくん、と音を立てるそれに伴って、顔が紅潮していく感じがする。
「純の寝顔、可愛かった…」
「…そういうこと言うなよ」
祐介に背を向けると、後ろから抱きしめられてしまった。
服を一切身に着けていないため、彼の体温が肌を通して直に伝わってくる。
恥ずかしさよりも、今は心地良さの方が上回っていた。
再び瞼を閉じ、眠気がやってきたところで、祐介が呟いた。
「…そろそろ、時間だな」
「え…?」
振り返ると、祐介は残念そうに眉尻を下げていた。
彼は俺を抱きしめていた腕を離すと、上半身を起こした。
「制限時間、オーバーするとその分だけお金を取られるからな。早く、身支度をした方が良い」
「あ…うん」
何でだろう。
離れていった祐介の腕が、身体が、体温が…名残惜しい。
何より、制限時間という言葉に、胸がチクリとした。
そうだよな。
祐介にとって俺は客なんだよな。
さっきまでのセックスと、そしてそれが終わってからの心地良い抱擁のせいで、そのことをすっかり忘れていた。
このことを残念がる必要は全くないはずなのに、何故だかそれが辛かった。
「純、これをやる。前回渡し忘れてた」
「え…?」
手渡されたものは名刺で、やっぱり俺は客なんだな…と少し残念に思う。
変だな。
俺、祐介に何を求めているんだろう。
複雑な気持ちで名刺を眺めていると、祐介が身を乗り出してきた。
「純、その裏を見てもらえるか?」
「へ? あ…ああ」
名刺の裏を見ると、そこにも電話番号とメールアドレスが書かれていた。
こちらは彼の手書きのようだ。
綺麗な文字だと感心しながら見ていると、祐介が微笑んだ気配がした。
そっと視線を上げればそこにはやっぱり笑顔の祐介がいて、何故だかいたたまれない気分になった。
「…あの、これ…は?」
「俺の電話番号とメールアドレス。見て分からない?」
「分かるけど、何で二つ…?」
「表面のが仕事で使ってる…いわば客用のものだな。で、裏面のは友人だとか、一部の人しか知らないもの。どっちを使ってくれても構わないけど、どうせなら裏面のを使って欲しいかな。ただ優先しないといけないのは顧客の方だから、ちょっと返信とかには時間がかかるかも知れないけど」
祐介の説明に目を瞬かせる。
顧客用のものと、ごく一部の人用の…?
「どうして俺に二つ教えてくれるんだ?」
「…どうしてって」
祐介は少しだけ黙って眉間にしわを寄せた。
それから、俺のことを抱き寄せてきた。
「ゆ、ゆうす…」
名前を呼ぼうとした唇を塞がれる。
もちろん、彼の唇によってだ。
「こういうことをしたいって思った人間が、今までにいなかったから…かな」
「…それって…」
どういう意味だ?
理解していないくせに、顔と身体がどんどん発熱していく。
だからもしかしたら、本当は分かっているのかもしれない。
ただ、認めたくないだけ。
それを認めてしまったら、俺が彼へと抱いてしまった感情にも気づいてしまうだろうから。
「純…。もっと、キスしても良いか?」
俺は返事の変わりに瞼を閉じた。
するとすぐに、柔らかな感触が唇に触れた。
唇から感じる彼の熱が、じんわりと全身へと広がっていく。
触れるだけの、軽いキスのはずなのに。
それなのに、舌を絡めあっているとき以上にドキドキするのはどうしてだろう。
「…純」
「っぁ、ん…」
口腔に舌が侵入してきた。
クチリ、と湿った音がする。
「はぁ…ゆ、祐介…」
祐介の肩に額を押し付ける。
どうしよう、したくってたまらない。
それが通じてしまったのだろう、祐介が苦笑しながら俺の頭を撫でてきた。
「もっとしてあげたいところなんだけど…。生憎と、予約が入ってるんだ。だから続きはまた今度な」
「また…会いにきてもいいのか?」
「当然。待ってるよ、純が来てくれるの」
祐介は微笑みながら、俺の頬に口付けをした。