8. 脱☆童貞宣言


『次の日曜日、会いにいくな』
『分かった。新しい玩具が手に入ったから、純のこと、それでたくさん可愛がってあげるよ』
『…祐介の変態!』
『でも、シたいんだろ?』
『そんなことないぞ!』
『へ〜、そう? なら次会うときはセックスなしな』
『…意地悪っ』

机の下に携帯を隠しながら、仕事中にメールを打つ。
上司に見つかったら確実に咎められるだろうが、この際そのことは気にしない。
最近ではこうして秘密に行われる彼とのメールが楽しみで仕方なかった。

「安藤、最近妙に機嫌良いじゃないか」
「え、そ…そうか?」

突然背後から同僚に話しかけられ、ビクリと肩を竦ませる。
引きつった笑顔を浮かべて振り返れば、同僚は煙草を銜えていた。
ここ、禁煙なのに。
上司に見つかったらどうするんだと辺りを見回して、俺たち以外に誰もいないことに気がついた。
時計を見れば昼過ぎで、どうやら社員はそれぞれ昼食をとりに行っているらしかった。
昼休みを迎えたことに気づかない程に、俺は祐介とのメールに夢中になっていたらしい。
少しメールを自重するべきなのかも知れない。

「仕事中だってのにニヤニヤしてさ…。事務仕事の何が楽しいのかサッパリ理解出来ないな」
「に、ニヤニヤしてるのか俺…」
「ああ。つか、百面相? 拗ねたり微笑んだり、いろんな表情を見せてるよ」

それ、最悪じゃないか。
他人から見たら、俺ってただの怪しい人だ…。
っていうか、祐介にメールを返さないと!

「ごめん、俺は今から食堂に飯を食いに行ってくる!」
「あ、俺も行く〜」
「やっぱトイレに行ってくる!」
「何じゃそりゃ!?」

一人になれる場所を求めて、俺は同僚から逃げるようにトイレへと走った。
幸いなことにトイレには誰もおらず、落ち着いて携帯を使うことが出来た。
受信箱には、祐介からの批判じみたメールが一通届いていた。

『知ってるか? メールの返信は素早くしないと女の子にモテないんだぞ』

苦笑しながら、ふと目の前の鏡を見た。
そこには妙に嬉しそうな顔をしている自分が映っており、これにはさすがに驚いた。
百面相というのは、あながち間違った表現ではないのかもしれない。
まぁ、何はともあれ…彼にメールを返さなければ。
きっと待たせているだろうから。

『祐介は女の子じゃないだろ』
『でも、返信が遅いと気分が悪い』
『…ごめん。同僚に話しかけられてたから』
『ふーん、同僚ね。そういや今、昼休みだよな。ご飯は食べたのか?』
『まだ。これから食べに行こうと思ってる』
『そっか。それじゃあ、また暇なときにでもメールしてくれ。待ってるから』
『うん。またな』

絵文字も顔文字も何もない、簡素なメール。
素っ気無いとか、冷たいとか、そう感じる人もいるかもしれないけど。
でも、最後には必ず。

『…早く、純に会いたいな』

こういう一言があるから、そんな印象は全く受けないんだ。
携帯電話をキュッと胸元で抱きしめる。
文面と行間から滲み出る、彼の優しさと温かさ。
そして、彼の心。
それを感じられる最後の一言が、彼とのメールのやり取りを楽しみにさせる原因だった。
彼にも同じように感じてほしくて、けれどどう返信したらいいのかが分からなくて、いつも困ってしまう。
俺は携帯電話を片手に眉間にしわを寄せた。
それから、何の飾り気もないメールを送った。


『俺も、すごく会いたいよ。ゆーすけ』


果たしてこれで彼が俺と同じように幸せな気持ちになってくれるのかはほとほと疑問だけれど。
それでも、送信ボタンを押すときの俺は、幸福感でいっぱいだったんだ。




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