17. 義務と意思の狭間にて


苦しかった。
社長と離れたくない。
社長と秘書という関係だけではいたくない。
けれど、ならどうしたら……?


―――愛してるよ、葵くん。


不意に、社長の言葉を思い出した。
もう一度僕はそう言われたい。
社長に抱かれたい。

「社長…」

けれど社長はもう結婚する気でいるみたいだし…今更どうしようもないんだ。
でも、それでも…思いを伝えたいって思ってしまうのは、いけないことなのか?

「ん、なこと…ない」

そう、そんなことない。
好きなのだから。
その気持ちは変えようがないのだから。
だから思いを伝えてみよう。
今更社長の気持ちが変わらないのは百も承知だ。
それでも、足掻いてみようと思う。
社長がとどまってくれるのを願って。

「っ……」

僕は机から顔を上げると駆け出した。
社長がお見合いをする前に、この思いを伝えたい。
社長のお見合いを、止めたい。
僕はオフィスに入ると男性社員の服を引っつかんだ。

「わ…あ、葵さん?」
「社長、どこに行ったか分かりますか!?」
「えっと…確か」

場所の名前を聞くと同時に走り出す。
社員から声をかけられたが、全てを無視して走った。
社長に会って、本当の気持ちを伝えたい。
絶対に、伝えるんだ…ッ。






「も…くそ……っ」

いざ駆け出てきたはいいものの、いまいち場所が分からない。
確かこっちの方角でいいと思うのだが…。
曖昧なまま、それでも止まるわけにはいかずに走り続ける。
社長は車だろうから、立ち止まるわけにはいかないのだ。
けれどこのままでは間に合うどころか到着することさえ出来ないだろう。

「はっ…ど、こ…!?」

せめて場所を正確に把握してから出てくるべきだった。
けれど今更引き返せない。
交差点の赤信号で立ち止まり、僕は荒くなった息を整えた。
どうしたらいいのだろう。
このままじゃ本当に、間に合わない…っ。
そもそも思いを伝えようということ自体が無謀なのだろうか。
男同士だし、身分だって僕の方が低いし。
身体的な魅力だって僕にはないだろう。
Y会社の令嬢に勝ち目なんてあるはずがないのに―――…。
信号が青に変わり、走り出す。
横断歩道を渡りきったとき、クラクションが聞こえた。
音のした方を見ると、そこに車が止められた。
黒く、大きな車。あまり詳しくないのでどういう名前かは分からないが、外国製でとにかく高そうだということだけは分かった。
窓が開かれ、そこから顔を覗かせた人物に思わず僕は走っていた足を止めた。

「君は、どうやら走るのが好きみたいだな」

そこから顔を現したのは、含み笑いをした秋月さんだった。
僕は藁にでも縋る思いで頭を下げた。

「秋月さん! 無理を承知でお願いしますっ。僕を…○○館に連れて行ってくださいませんか!?」
「…何故私が?」
「……お願い、出来ませんか…?」

不安げに言うと、秋月さんはくすりと笑った。
瞳に優しげな色が浮かんだのを見て、僕はびっくりした。
もしかして、助けてくれる…?

「別に構わないが? 乗るといい」
「っ…! あ、ありがとうございます!!」

僕は頭を下げ、それから開かれた扉から車内に入った。
秋月さんの隣に座りながら窓の外を見つめる。
出会えて本当に良かったと思う。
僕だけでは絶対に到着出来なかっただろうから。

「○○館によく走って行こうと思ったな。しかも方向が逆だったぞ」
「っ…その」

非常に恥ずかしい。
僕は赤いだろう顔を隠すために俯きながら言った。

「慌てていまして…」
「人の目を見て話すよう、小さい頃に教えられなかったか?」
「す、すみません…」

冷たい声におそるおそる顔を上げると、秋月さんの指が頬に触れた。
それから、指がゆっくりと首筋を撫でた。

「ん…っ」
「よくもまぁ、素直にこの車に乗ったものだ。本気で私が送っていくとでも思ったのか?」

秋月さんはそう言って顔を近づけてきた。

「あのときしたことを、今ここで再現してもいいのだぞ?」

秋月さんのガラスのように透明で冷たい瞳に、僕は噴き出してしまった。

「…?」
「す、すみません…その、つい…っ」

秋月さんは不愉快そうに顔を歪めた。

「だって、そんなつもり全くないのにそんなことおっしゃるから…」

秋月さんの瞳に先ほど浮かんだ優しげな色は嘘ではない。
あんな瞳をした人間が、そんなことをするはずはない。

「…見抜かれるとは思わなかったな。もう一度からかってやろうと思ったのだが…。どうも君とは相性があまりよくないようだ」

秋月さんはそう言ってつまらなさそうに息を吐き出した。

「…ほら、もう着くようだぞ」

僕はその言葉に窓の外を見た。
確かに、○○館がそこにはあった。

「秋月さん、ありがとうございます」
「全くだな。私はこれから仕事で忙しかったというのに」
「え…予定があったのですか?」
「まあ、な。だが別にかまわん。ボケ老人など何分待たせたところでそう変わらん」
「そんな…」
「走っていたくらいなのだから、時間がないのだろう? さっさと行け」
「…はいっ。本当にありがとうございます!」
「礼なら運転をしてくれた秘書に言え」
「ありがとうございました、お二方」

僕はそう言って頭を下げると駆け出した。
さあ、気持ちを切り換えて。
社長に会いに行こう…!!




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