7. 義務と意思の狭間にて


「はぁ…」

会社の机に頬をつけてため息をつく。
体が妙に疼く。
昨日したばかりだというのに、体が熱くて仕方がなかったのだ。
否、昨日したばかりだからなのだろうか。
情事による体の火照りがとれていない。

「どうかなさったのですか?」

コーヒーを僕の机に置き、女性社員は訊いてきた。
とてもではないが、社長との性交が原因だとは言えない。

「なんでもないです…」
「そうは見えないんですけど」

心配そうに眉尻を下げる女性社員に、僕は苦笑いをした。

「おはよーっ」

元気よくオフィスのドアを開いて入ってきたのは、言うまでもなく社長だった。

「みんな出勤してるかな?」

社長は昨日の疲れや火照りなどは一切残っていないようで、いつも通りの笑顔を浮かべていた。

「おはよう、葵くん」
「おはようございます」

社長は僕の傍まで来ると、そっと机に水色の封筒を置いた。
現金が入っているのだろうか。

「後で社長室に来てくれるかな?」
「え…」

もしかして、今日もなのか。
そう思って社長を見上げると、社長は僕の肩をポンと叩いた。

「安心していいよ。今日はそのつもりはないからね」

小さく耳打ちするように言って、社長は僕から離れていった。
当然といえば当然か。
もともと僕は秘書としての立場なわけだし。
毎日そんなことがあるはずがない。
けれどいつの間にかため息をついていたことから、僕は期待をしていたのかもしれない。

「…やだな」

快楽に呑み込まれていくのが凄く分かる。
嫌だったくせに、今ではあの快感が再び味わいたくて堪らない。
信じられない。
今も、体が疼いて仕方がないだなんて―――…。






社長室に入り、僕は窓辺にある机へと近づいた。
そこには社長が伏せて眠っていた。
会議疲れなのだろうか。
妙に明るいところがあるけれど、この人もやっぱり社長なんだ。
会議やたくさんの書類に追われる日々というのは、考えるだけでも嫌気がさすほどに、大変なものだろうから。
だから、ここで眠ってしまうのも仕方がないのだろう。
眠る社長のすぐそばの机に書類が山積みになっていることから、まだ仕事が終わっていないのが分かる。
本来なら起こして仕事をさせるべきなのだろうが、そういう気にはなれなかった。

「…社長」

そっと、社長の髪に触れる。
社長の寝顔は思いのほか綺麗だった。
いつもの笑顔とは全く違う社長の表情。
それに、胸が高鳴っていくのが分かる。

「ん……?」

社長はゆっくりと起き上がった。
僕はぱっと手を離した。

「お目覚めですか、社長?」
「…葵くん?」
「はい。おはようございます。言われた通り、やって来ました」

社長は何度か目を擦ると欠伸をした。
それにつられて僕も欠伸をしてしまいそうになる。

「あ〜、よく寝たぁ…。えっと、葵くんをここに呼んだのはこれをやってほしいからなんだ」
「…これは?」

渡された用紙に目を通す。
K会社との商談について書かれているようだ。

「大きな会社との商談だから、ぜひ僕が行きたいところなんだけど…生憎と他に用があって行けないんだ。かといってこんなに大事な取引を、そう簡単に人には任せられない。…と、いうわけで。秘書である君に頼みたいんだ」
「僕ですか?」
「うん。一番、信用に足る人物だと思うから」

一番信用に足りる人物。
秘書なのだから当然と言えば当然かもしれないが、それは凄く嬉しい言葉だった。

「分かりました。責任を持って、引き受けさせて頂きます」

僕はそう言って頭を下げた。
社長の期待に応えたいと思った。

「よろしく頼むね、葵くん。K会社との商談が成功するかしないかで、大分ここの会社の経営方針も変わってくるから」
「はい。お任せください」
「あ、一つ言っておくけど、K会社の社長は時間にルーズなのを嫌うからね。だから絶対に遅刻はしないように」
「はい」

そんなことは当然だ。
商談をする際に遅刻をするなどという馬鹿なことをするはずがない。
もしそんなことをしていれば、僕は秘書という立場にはいないだろう。

「いい商談結果を期待してるね」

社長はそう言って微笑んだ。
僕もつられるようにして微笑む。
商談は明後日のようだ。
しっかりとした成果を得よう。
そう決意して、僕は社長室を出た。




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