2. あんなに愛し合ったのに、わからないの?
思えば今朝から何となく嫌な感じはしていたんだ。
いつも一番に登校してくる春姫の姿が教室になかったから。
アイツが風邪を引くなんて珍しい、だなんてクラスメートは話していたけれど、俺にはどうもそうは思えなかった。
第一に、欠席をするのならアイツは必ずといっていいほど俺にメールなり電話なりで連絡を寄こすから。
教室に担任がやってきて、春姫について述べたときには心臓が止まる思いだった。
あぁ、嫌な予感が的中したのだ、と。
担任の話によると、春姫は登校中に事故にあい、現在は病院にいるらしかった。
だから、連絡がなかった。
連絡しようにも、出来なかったのだ。
意識不明の状態で、ベッドに寝かしつけられているのだから。
放課後、俺は自転車を必死で漕いで春姫のいる病院へと向かっていた。
病院は緩やかな、けれど長い坂の上にあった。
その坂が、ひどく忌まわしい。
久しぶりに全力で漕いでいるせいなのか、脚が痛み息が上がる。
それでも春姫のことを考え、ひたすらに漕ぎ続ける。
全身から噴出すじっとりとした汗は、照りつけるような太陽のせいでも、ましてや自転車を漕いでいるせいでもないのだろう。
学校側からは、今はまだ見舞いに行くなと言われていた。
春姫の両親も心の整理がついていないだろうし、何より会いに行ったところで、彼は動かないのだから。
だから学校のやつらはそれを素直に了承した。
でも、俺は違う。
他のやつが何て言おうと俺だけは春姫に会いにいく。
俺にはその資格があるのだから。
「春姫……っ!」
恋人である俺だけの資格、そんな俺だからこその責務―――ッ!!
勢いよく病室のドアを開けて目にしたのは、穏やかな表情をした春姫の姿だった。
ベッドから上半身だけを起こし、頭に包帯を巻いている。
それでも、その顔は普段見ているものと寸分変わらないものだった。
意識が、戻ったのか……?
その場に泣き崩れそうになるのを堪えて春姫へと近づき、ぎゅっと抱きしめる。
春姫は、ここにいる。
俺の腕の中で、きちんと……生きている。
今までの人生の中で、これほどまでに神に感謝したことはない。
春姫の存在を確かめるように強く抱きしめていると、胸を押し返された。
「あんた……誰だ?」
呟かれた言葉の意味。
その冷酷さと鋭さ。
ああ、やっぱり……今朝の嫌な予感は的中していたんだ。
一瞬でも神様に感謝した自分は、何て愚かだったのだろう。
春姫の意識は戻った。
でも、その代償として。
春姫の記憶の中から、『俺』という存在は消去されていたんだ。