4. こいつが好きな俺は、俺じゃない


あの日から、俺は再び栢山と一緒に過ごすようになった。
俺は栢山のことをよく知らないのに、俺のことをよく知られているというのは、何だか不公平な気もしたけれど、好みや考え方を把握してくれている栢山と一緒にいるのは楽だったし、何より楽しかった。
ただひとつだけ、どうしても素直に受け入れることの出来ないことがあった。

それは、キスをすること。

栢山の話によると、俺たちは場所を選ばずキスをしていたらしい。
そんなわけで、隙を見つけると栢山は俺にキスをしてくる。
栢山も俺に記憶を思い出させようと必死なのだろうけど、キスだけは、恥ずかしくって不満だったり。
もちろん嫌なわけではないのだけれど。
そんな感じで俺たちはここ一ヶ月ほど、甘ったるいとしか喩えようがない生活を送っていた。
セックスをしようと誘われたのは、男同士だけどこういう生活も悪くないな、と思い始めていたそんな頃だった。
あまりにもびっくりして、俺は何も言えなくなった。
確かに恋人同士だし、していたのだとしても可笑しくはないのだと思う。
それでも俺には、男である栢山とセックスをしていたのだとは、どうしても信じられなかった。
けれど本当にしていたのならば、セックスをきっかけに何か思い出すかもしれない。
そう思って、俺は栢山と抱き合うことを決意した。






男同士でのセックスの仕方を知らないわけではなかったが、いざするとなると感じる抵抗はすごかった。
こんなことを栢山としていた、記憶を失う前の自分の正気を疑う。

「はっ……」

あまりの恥ずかしさにどうかなりそうだった。
栢山に久しぶりのセックスだからよく解さないといけないと言われ、服を脱いで四つん這いにさせられた挙句、尻を高く上げさせられているのだ。
当然背後に立つ栢山には全て丸見えになっているわけで、これで恥ずかしくない方がどうかしている。

「入れるぞ……」
「んっ……!」

栢山の指先が秘孔に触れる。
そんなところに指を入れること自体がもう異常だ。
常識を逸脱していると思う。
そこはどう考えたって排泄をするためにあるわけで、セックスに使うための箇所ではないのだから。
指を入れられたりしたら、痛いし気持ち悪いはずだ。
そうとしか思えないのに、肉壁は栢山の長い指を、やわらかく受け入れた。
このことには栢山も少し驚いたようだった。
久しぶりにも関わらず、すんなりと指が中に挿入出来たから。
挿入者である栢山が驚くくらいなのだから、入れられた俺の驚きはかなりのものだった。
もっと痛みや排泄感、異物感があって気持ち悪くなると思っていたのに。
それなのに、栢山に指を動かされると、自然と唇から甘い声が漏れるのだ。
嘘だ嘘だ嘘だ!
心の中で何度も叫ぶのだが、体が快楽を求め始める。

「あぁ……や、ぁあん!」

縮こまっていたはずの俺の下半身は、いつのまにか大きくなるだけでなく、ご丁寧に先走りまで垂らしていた。
栢山にもそれは気づかれているのだろう。
彼は笑みを零すと、指の挿出を速くさせた。

「ぁんっ、あっ、あぁっ……!!」

恥ずかしさにベッドのシーツを強く握り締める。
信じられなかった。
自分の口から女みたいに高い声が出ることも。
中を指で弄られて、掻き回されて、腰を振ってしまうことも。

「もっ……やぁあっ……」

悪寒にも似た震えが背筋を走るのに、そのくせ、体は熱く火照っていく。
栢山は指の動きを緩やかにすると、もう片方の手で袋を優しく触ってきた。

「ひぅ……っ!」

思わず腰を跳ねさせると、栢山の指が奥深くに入り込んできた。
とたんに、電気にも似た喜悦が体中を駆け巡った。

「ひゃあんっ、あぁあ……っ!?」

ビクビクと激しく体を震わす俺を見て、栢山は満足そうに微笑んだ。

「やっぱり春姫は、ココが好きなんだな」
「ちがっ……ぁあんっ、ん……ふぁっ、あ!」

否定しようにも、出来なかった。
気持ち良すぎて、涙が溢れて視界が歪む。

「あぁあっ、あん、か……栢山さん……!」

肩越しに振り返ると、栢山がキスをしてくれた。
甘く、深い接吻。
舌先から伝わってくる甘い痺れは、俺の感度を異常なほど高めていく。
辛いはずなのに、変なところを触られて気持ち悪いはずなのに、そんなことは全然なくて。

「そろそろ、いいか……。挿れるからな、春姫」
「ぁ……っ」

それどころか、与えられる刺激はどれも気持ち良くって。
栢山に触れられる箇所全てが、熱を持っていく。

「あっ、ぁ、あんっ……ぁああッ」
「春姫……!」

中に入ってきた栢山の、指とは全く違う、大きな存在感。
襞が待っていたとばかりに栢山に絡みつき、絞り上げる。

「栢山さん、かや、ま……さ、ぁああッ」

彼の背中に腕をまわし、抱きしめあう。
お腹の中が擦られるたびに、焼けそうなほどの熱を感じる。

「春姫、可愛い……っ」
「ひゃぁんっ、あっ、ふぁっ……ああっ」

名前を呼んでもらえるのが嬉しい。
キスをしてもらえるのが嬉しい。
こうやって、抱きしめてもらえるのが嬉しい。

「春姫、イクぞ……っ」
「んっ、ぁ……あああッ!!」

強く、穿つように突き上げられた。
俺の視界が弾け、それとほぼ同時に、中に栢山が放った。
気持ち良かったのが俺だけでないのだと分かり、安心する。

「……大丈夫か?」
「うん……。大丈夫」

栢山は微笑むと、小さくなった自身を引き抜いて、俺をぎゅっと抱きしめた。
あたたかい。
裸になったときには嫌で嫌でたまらなかったはずなのに、今はこうして直接肌を重ねあうことで、落ち着くことが出来る。
不思議な心境の変化だった。
耳を澄ますと、とくん、とくんと、穏やかな自分の鼓動が聞こえてくる。
栢山にも、聞こえているのだろうか。
そう思うと恥ずかしいけれど、もう少しこうして抱き合っていたくて、俺は瞼を閉じた。

「……ん」

触れ合う、唇。
顔中に降りそそぐ啄ばむようなキスは本当に心地よくて、幸せだった。
満たされていると、思った。
指を絡ませあい、キスをして、名前を呼び合って。
たったこれだけの行為を、こんなにも尊いと感じるなんて。

「……愛してるよ、春姫」

ささやいてくれた栢山の表情は本当に優しくって。
……あれ、何でだろうな。
幸せなはずなのに、胸が疼く。
鼻の奥がツンとして、眦から涙が零れた。
何で……?

「春姫、どうしたんだ? やっぱり、どこか痛むのか?」

栢山の声に首を横に振る。
あぁ、分かった。
どうしてこんなにも、胸が苦しいのか。



こいつが好きな俺は、俺じゃないからだ。




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