5. 記憶がなくったって、愛せる?
いきなり泣き出した春姫に戸惑う。
さきほどまで、あんなに幸せそうに微笑んでいたのに。
俺だって、さっきまですごく幸せで。
たとえ春姫が俺に関する記憶を失い、思い出を共有出来ていないのだとしても、いいとさえ思えていたのに。
今の春姫を春姫として受け入れ、愛していこうと決意したのに。
どうして、泣きだすんだ。
「春姫、どうしたんだよ? なぁ、どこか痛むのか?」
「……違う、違う……けど」
春姫は顔を隠すように、腕をクロスさせた。
「春姫?」
「やだ、もう……顔見んな」
春姫は気まずそうに俺から顔を背けてしまった。
そんな春姫の顔を自分の方へと無理やり向かせると、両頬を掌で包みこんでやる。
春姫の頬は柔らかくて、指に吸い付いてくるようだった。
「……何が原因かはわからないけど、俺のせいなら謝るから」
だから、そうやって顔を、目を…背けてほしくなかった。
さっきまでのように、見つめ合って、キスをしあっていたかった。
春姫はそんな俺の思いが通じたのか、じっと見つめ返してきた。
潤んだ瞳は、どこまでも黒く澄んでいる。
それは記憶を失う前も、今も、変わらない美しさを保っていた。
「春姫……好きだよ」
俺の言葉に春姫の表情が陰る。
好きという言葉が、春姫を苦しめているのか……?
どうしてだ?
何が、いけないんだ……?
春姫の考えていることが分からなくて困り果てていると、小さな、微かに聞こえる声で春姫が呟いた。
「……記憶がなくったって、愛せる?」
春姫の頬を再び涙が伝う。
その涙に込められた意味と、そしてその言葉の意味に、胸が、大きく軋んだ。