5. ただあまりにも唐突にすべてが終わってしまって
「藤堂、伊織とうまくやってるみたいだな」
「……まぁ、な」
窓から見える夕焼けを見つめながら、俺は頷いた。
数ヶ月前に伊織を傷つけるように頼まれたのと同じ教室で、俺は桐原と向かい合っていた。
「そろそろ良いんじゃないか? 伊織のやつ、お前に惚れまくってるみたいだしさ。さっさとフッてやってくれよ」
桐原の言葉に頷くことが出来なかった。
確かに今俺が伊織をフれば、きっと彼は傷つくだろう。
でもだからこそ、頷くことが出来なかった。
「なぁ、藤堂。まさかお前……伊織にマジになったわけじゃねぇだろうな?」
「そんなわけないだろ。伊織は男だ」
「だよなー。お前が同性を好きになるタイプとは思えねぇもん。だからこそ、お前に頼んだんだし。なぁ、早く伊織を捨ててやってくれよ。そしたら金、渡すからさ。そういう約束だろ?」
桐原の声を聞きながら、どう返答しようか困っている自分に、俺は戸惑っていた。
伊織は男だ。
それは分かってる。
彼を傷つけることによって金を手に入れられる。
それも分かってる。
だからこそ、すんなりと頷くことの出来ない自分が信じられなかった。
何がそうさせるのか……。
胸の奥には確かにわだかまりがあるのに、その原因が解らない。
視線を桐原から外し、宙を泳がせる。
すると、教室の入り口――ドアの後ろに、見知った男子生徒の姿が目に入った。
ドクンと、心臓が一度だけ大きく高鳴った。
桐原が俺の視線を追って、入り口を振り返る。
その瞬間、男子生徒は駆け出した。
ひどく悲しそうに、顔を歪めて。
「……驚いた。伊織、いたんだ……」
あぁ、頭が痛い。
キンキンと、耳鳴りがする。
「俺らの会話、聞いてたのかな。……わざわざお前が伊織をフるまでもなかったな」
目の前の景色が歪んで見えていた。
気持ち悪い。
「見たかよ、あいつの顔。すっげー悲しそうだったな。今頃泣いてるんだろうな……」
嬉しそうに笑う桐原の気心が知れない。
何よりも、伊織に聞かれたことに動揺している自分が、一番理解出来なかった。
伊織を傷つけるために付き合ったくせに。
それなのに、伊織を傷つけたことを後悔してる。
「サンキューな、藤堂」
「……あ、あ」
桐原は俺の肩をポンポンと叩くと、教室を出て行った。
俺は床に膝から崩れるようにして座りこんだ。
これで…良かったんだ。
そうだろ?
「………伊織」
呟いた声が震えていることが、情けなかった。