3. 変わらない眼差し


「水瀬。放課後、用事があるから教室に残っているように」


物理の男性教師に言われたとおり、水瀬は教室で待っていた。
窓から吹き込んでくる風はカーテンを揺らし、白いカーテンは夕焼けに照らされて朱に染まっている。
誰もいない教室で一時間近く教師を待っている水瀬は、そろそろ痺れを切らし始めていた。
もう帰ってしまおうか、そんなことを考えたときだった。
教室のドアが開けられる音がして、そこから教師が姿を現したのだ。

「やあ、すまないね。会議が長引いてしまって……」
「あの、用事というのは……?」

遅くなった理由を述べようとする教師の言葉を遮って用件のみを話すことを催促する水瀬に、教師は苦笑した。
それから、少しだけ屈んで水瀬へと顔を近づけた。

「N大学に進学する気はないか?」
「え……」

N大学という名前に、水瀬の心臓がドキリと音を立てた。
それは、進藤が希望している大学名だった。

「どうして、ですか……?」
「君は非常に成績が優秀だ。物理以外は」

教師の言葉に、水瀬は顔を引きつらせた。
水瀬はほとんどの教科はそつなくこなす……どころか成績は常に上位にいるのだが、物理だけは平均以下なのだった。
この科目が毎回偏差値の足を引っ張っていると言っても過言ではない。

「高校側としても、N大学に進学してくれる生徒が出れば、それが実績として残せていいんだ。進藤がいるが、人数は多いほど良い。そういうわけで、進学する気はないのかと思って……」
「……いけたら、いいとは思いますけど」
「君なら大丈夫だと思う。なんなら、特別に補習をしてやってもいい」

その言葉に水瀬は表情を明るくした。

「本当ですか?」
「ただし、条件がある」
「条件、ですか……?」

小首を傾げた水瀬に、教師は人のよさそうな笑みを見せた。

「抱かせてほしい」
「……は?」

教師の言葉が理解出来なかった水瀬は呆けて間抜けな声を上げてしまった。
そんな水瀬を、教師はさも愛しそうに見つめる。
その舐るような眼差しに、水瀬は嫌悪感を覚えて少しだけ後ずさった。

「君のことが、入学当初から気に入っていてね……」

水瀬が後ろに下がった分、教師は一歩、また一歩と水瀬との距離をつめるべく足を動かす。
教師の瞳があまりにも真剣なため、この状況が冗談でも何でもないことを覚った水瀬は顔を青ざめさせた。
トン、と水瀬の背中に教室の壁がぶつかる。
教室の隅に水瀬を追い詰めた教師は、顔全体に柔和な、それでいて欲望に満ちた醜悪な笑みを浮かべた。

「怖がることはない。気持ち良くしてやる……」
「やっ……」

教師は水瀬の太ももを下からゆっくりと撫でる。
そして、下股の中心へと手を触れさした。

「ん……!」

ぴくんっと水瀬の肩が跳ねる。
水瀬は眉尻を下げ、視線をふよふよと泳がした。

「……先生、僕」
「君は何も考えなくて良い。だから……このまま」
「ぁ……っ」

教師の手が、水瀬のベルトを外して下着の中へと滑り込む。

「やぁ……んっ!」

優しく掴まれ、水瀬は軽く仰け反った。

「せ……先生、あの……」

水瀬は真っ赤になって教師を見上げた。
潤んだ瞳で見上げる水瀬は、教師を誘っているようにも見える。

「……本当に、可愛いな」

愛撫するように、ゆっくりと、掌で包みこまれて上下に動かされる。
水瀬は他人から与えられる快感に、膝を震わした。
逃げようにも、腰に教師の手が回っているためにそれが出来ない。

「水瀬……」

耳元で優しく名前を囁かれた。
吐息が耳にかかる気持ち悪さに水瀬は顔を歪ませる。
けれど水瀬の気持ちとは裏腹に、下半身は熱帯びて芯を持ったように硬くなっていく。

「ぁ……ん、ぁ……」

出したくもないような、甘ったるい声が水瀬の唇から漏れる。
不意に、教師の指先が水瀬の後孔へと触れた。

「や……ッ!」

水瀬は肩を竦めると、思わずしがみつくように教師の胸元に顔を埋めた。
そんな水瀬を満足げに抱きしめると、教師の指は、後孔の縁をふにふにと刺激し始めた。

「ん……!」

自分でも触れたことのない箇所に触れられ、水瀬は息を呑んだ。
涙が、滲む。
そんなところ、触られて気持ち良くなるはずがないのに…!

「おいっ、何やってるんだ!!」

聞き覚えのある声とともに、教室のドアが乱暴に開かれた。
そこへと水瀬は視線をやり……ポロリと、瞳から涙の粒を零した。

「……水瀬から離れろ! このクソ教師!」

入り口に立っていたのは進藤だった。
進藤は怒りの形相で教師へと近づくと、水瀬に触れている手を引き剥がした。
それから、庇うように自分の背後へと水瀬を押しやる。

「教師がこんなことしていいと思ってんのかよ!?」
「邪魔をしないでもらおうか。水瀬とは交換条件で抱かせてもらっているんだ」
「何を……!」

殴りかかりそうになった進藤を、水瀬は背後から抱きついて抑えた。
進藤に教師を殴らせるわけにはいかない。
それが原因で進藤に何か処分が下されたら困るのだから。

「進藤、やめて! 抵抗できなかった僕が悪いんだから……」

進藤の振り上げられた腕を下ろさせると、水瀬は微笑んだ。
その微笑に、進藤は納得いかなさげに小さく舌打ちをすると、教師へと再び向き合った。
けれどもう、殴るつもりはないようだった。
その代わり、唸るような低い声で進藤は言った。

「……もしも必要以上に水瀬に近づいてみろ。今したこと、全部バラしてやるからな!!」

教師は進藤に睨みつけられ、悔しそうに唇を噛み締めた。
それから、苦々しげに顔を歪めて教室を出て行った。
進藤は教師の出て行った入り口を睨みつけていたが、しばらくすると水瀬へと視線を移した。
その瞳には先程までの怒りに満ちた鋭い光は宿っておらず、水瀬は安心したように息を吐き出した。

「……大丈夫か?」
「うん……ありがとう。でも、どうしてここに?」
「……あの教師が水瀬のことを、変な目で見てたのは知ってたからさ。だから、やっぱり心配で家から戻ってきたんだ」
「そう、なんだ……」

水瀬は小さく微笑んだ。
進藤が、助けにきてくれた。
それだけで、教師に身体を触れられた意味はあるのかもしれない。

「戻ってきて正解だったな……」

進藤は水瀬の顔から視線を下ろし、そして、軽く頬を朱に染めて視線を逸らした。

「……進藤?」

水瀬が首を傾げながら進藤の顔を覗き込むものの、決して目を合わせようとはしない。
そのことを訝しげに思いながら、水瀬は進藤が目を向けていた、自分の下半身を見た。
そこには、肌蹴られたズボンから半分ほど勃ちかけた性器が覗いていた。

「うぁ……!」

恥ずかしさに水瀬は下半身を手で覆い隠した。
顔が一気に熱くなる。
進藤に、見られた…!
ドキドキと脈打つ心臓に、水瀬は目を閉じた。
男に触れられてこんな風になっている自分を見て、進藤はどう感じただろうか。
気持ち悪い奴だと思っただろうか。
それとも、自分に呆れたりしただろうか。
それが気になって、水瀬はそっと瞼を開けた。

「……水瀬」

進藤はまっすぐに、水瀬を見つめていた。
その視線に、水瀬は身体が熱くなるのが分かった。

「ぁ……」

顔の熱は次第に下半身へと集まり、そしてその熱はそこから全身へとまわっていく。
火照り始めた身体に水瀬が戸惑っていると、進藤が微笑んだ。

「……そんな中途半端なところでやめられたら、やっぱ……辛いよな、身体」
「そんなこと……」

中途半端なところで教師に触れられるのをやめられたから、こんな風になっているわけではない。
水瀬の身体は進藤の瞳に、疼いているのだ。
けれどそんなことを言えるはずもなかった。
進藤は水瀬を見つめたまま、呟くように言った。

「俺がしてやろうか……? いや、その……良ければ、だけどさ。抜いたほうが楽になるのは確かだろうし…」

失言だったか、と進藤は視線を泳がした。
言うべきではなかった。
けれど言ってしまったのは、進藤が水瀬を欲していたからだった。
頬を濃い桃色に染めて肩で息をしている水瀬は、ひどく進藤の理性を揺さぶっていた。

「……して」

水瀬の小さな声に、進藤は目を見開いた。
水瀬は俯きがちに、けれど進藤を見つめて言った。

「……進藤に、してもらいたいな」
「水瀬……!」

進藤は水瀬のズボンを下着ごとズリ下ろすと、無造作に、露になった水瀬の性器を掴んだ。
途端、水瀬の身体がピクンと揺れる。
そんな反応が可愛くて、進藤は水瀬の顔を見つめながら、水瀬の性器を弄っていく。

「……あっ、ぁ……」

水瀬は閉じた瞼を震わし、唇から小さく声を漏らした。
その声のあまりの甘さに、進藤の情欲がかきたてられていく。

「……可愛い」

無意識に呟かれた進藤の言葉に、水瀬は頬をますます上気させた。
恥ずかしい。けれど、嬉しい。
進藤が自分に触れてくれている。
進藤が、自分のものに触れてくれている……!
その事実は、水瀬の感度をいたずらに高めていく。
じんわりと集まっていた熱はその熱さを増し、水瀬の性器は硬くなって天井を向いていく。
進藤は昂ぶる自身を感じながらも、大きくなった水瀬のものを掌を使ってゆっくりと擦る。
包み込むように、揉むように、そして、時折強く。
強弱をつけて扱かれ、水瀬は思わずへたりと座りこみそうになった。
そんな水瀬の身体を支えながら、進藤は親指の腹で蜜口を擦った。

「ぁあっ……!」

甘く、けれど強い快感に水瀬は声を上げて仰け反った。

「ふぁっ……ぁ……っ」

先端から滲む蜜は既に進藤の手を濡らしきり、下着さえもぐしょぐしょにしていた。
水瀬は進藤の身体にしがみつきながら、切なげな震えた吐息をつく。

「すげぇな……」

手の動きに合わせて揺らめく水瀬の腰を見て、進藤は舌なめずりをした。
普段の水瀬も可愛い。
けれど感じて涙を滲ます水瀬は、普段の比にならないほどに可愛かった。

「あぁんっ、進藤……や……んんっ」

水瀬は進藤を見上げ、それから瞳から涙を零す。
自分はこんなにも感じている。
けれど、進藤はそうではない。
水瀬は自分だけが気持ち良くなるのは、不公平に思えてしかたなかった。

「や……だ」
「え?」

水瀬は進藤の背に腕をまわすと、首を横に振った。

「僕だけ……イクのは、嫌……」
「……嫌って言っても……それ以外にどうしたら」
「進藤も……」

水瀬は相変わらずの潤んだ瞳で進藤を上目遣いに見た。

「進藤も、一緒に……気持ち良くなろう?」

進藤は崩れかけていても何とか堪えていた理性が、バターのように水瀬の言葉によって溶けるのを感じた。
小さく笑みを零し、進藤は水瀬の耳元で囁く。

「擦りあい、しようか……」

進藤の言葉に、水瀬は赤くなりながらも小さく頷いた。






「ぁん……あぁっ……!」

教室に甘い声と湿音が響く。
水瀬は進藤の膝の上に跨るような形で、腰を上下に動かしていた。
先程まで履いていたズボンや下着は、進藤も水瀬も教室の床に置いていた。
隠すものをなくし露になっている自身を、相手の性器へと擦り付ける。

「はぁ……ああっ」

腰を動かしながら、水瀬は先程以上に高く甘ったるい声を上げていた。
進藤の性器と自分の性器が擦れあい、たまらない悦びと快感が水瀬を襲う。
擦りあっている性器の先端から出た蜜は混ざり合い、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる。
水瀬は耳を音に犯されながら、何度も何度も、腰を進藤へと打ちつけた。
快楽に溺れきっている水瀬の瞳は、今にもとろけてしまいそうだった。
そんな水瀬を進藤は見上げ、口元に笑みを浮かべた。
進藤の情欲に濡れた瞳と猛った熱いものは、立派な雄そのものだった。

「ふぁっ、ぁん……あぁっ……」

進藤が軽く腰を揺するだけで、水瀬は甘い声を上げる。
これだけでこんなにも感じるのなら、挿れたらどれほど淫らになるのだろう……。
進藤は水瀬の顔を見つめながら想像し、ますます自身を熱くさせた。
それから、水瀬の制服の前を肌蹴ると、そこから手を滑り込ませた。

「やん……っ! あ、しん……どう?」

進藤は掌を胸に滑らせ、そしてニヤリと笑みを浮かべた。
進藤の指は、水瀬の胸の途中で引っかかったのだ。

「ぁ……っ」

そこには、触れてもいないのに尖っていた、水瀬の可愛らしい桃色の乳首がある。
指先で摘んでやると、水瀬は背筋を反らした。
何度か強弱をつけて指の中で転がし、そして引っ張ると、水瀬は身をよじって進藤に抵抗をみせた。

「いやぁ……そこ、だめぇ……」

拒絶する水瀬の声は、やはりどこまでも甘い。

「嫌じゃないくせに」

事実、乳首に触れられてからの水瀬の下半身は質量を増していた。
進藤は目の前にあるぷっくりと膨れた乳首に吸い付いた。

「ひゃぁん! ぁ……や……ッ」

水瀬は肩を竦めると、首を横に振った。

「いや……ん、ぁ……だ、だめ……っ」

進藤は舌を窄めて水瀬の乳頭をチロチロと刺激しながら、もう一方は指先で触れるか触れないかのタッチで何度も押す。
水瀬は熱っぽい息を吐くと、観念したのか、抵抗をやめて再び進藤に自身を擦りつけ始めた。

「……気持ちいいのか?」
「うん……い、い……いいよ……」

快楽から零れる涙を拭うこともせずに、水瀬は夢中になって進藤へと性器を擦り付ける。
それに応えるように進藤も腰を動かし、そして乳首を刺激し続ける。
擦りあうことで生まれる湿音はますます大きくなり、互いを襲う快感も強さを増していく。

「ぁあ、もっ……進藤、僕……」

切なげな声で、水瀬が絶頂の訪れを訴える。
水瀬の下腹部は小刻みに痙攣していた。

「……イキそうか?」
「ん……も……う、我慢できないよぉ……」

水瀬は進藤の肩を掴む指に、きゅっと力を込めた。

「……いいぜ、イっても」
「進藤も……一緒……に」

進藤は笑みを零すと、水瀬を安心させるように優しく抱きしめた。

「……ああ。一緒に……」
「んぁっ……ああ―――っ!!」

水瀬は海老反りになって、高く甘い、絶頂の叫びを上げた。
それに少しだけ遅れて進藤も自身を解放し、ぐったりと倒れこんできた水瀬の身体を支えた。
腕の中で乱れた呼吸を繰り返す水瀬を見ながら、進藤は少しだけ焦りを覚えていた。
友達としてこの一年を水瀬と過ごす予定でいた進藤の心は、そして身体は、もっともっと、水瀬が欲しいと訴えていたのだ。



進藤はその想いを何とか押し殺すと、優しく、指で水瀬の髪をすいた。




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