4. 変わらない眼差し
進藤に、抱かれた。
中に挿入されたわけではない。
ただ、互いに触れ合って、一緒に達しただけだ。
それでも、水瀬にとってあの放課後の教室での出来事は嬉しいものだった。
やっと、ただの友人という関係から一歩踏み出せたと思ったからだ。
けれどその考えは甘かったのだと、水瀬は進藤自身に思い知らされていた。
「違う大学に行ったって、俺たちの関係は今のまま……友達のまま変わらねぇっての。だから、そんな暗くなるなよな」
進路のことで悩んでいる水瀬に、進藤は励ますように言った。
その言葉は水瀬の気持ちをひどく傷つけ、踏みにじっていた。
教室での行為は水瀬を楽にさせるためのものでしかなかった。
進藤からは、そんな印象を受けたのだ。
直接言われたわけではないが、きっと、そうだったのだろう。
それが当然なのかもしれない。
けれど水瀬は、それが死にたくなるほどに嫌だったのだ。
友達という、本来なら嬉しいはずのその言葉は、日に日に水瀬を追い詰め、苦しめていた。
一方、進藤は机に頬杖をついてため息をついていた。
視線を水瀬へと向けては、また、小さくため息をつく。
その繰り返しだった。
「どうかしたのか?」
「……いや、まぁ。気にしないでくれ」
これで気にするなという方が無理だろうな、と思いつつも進藤はそう都築に言うと、水瀬の席へと近づいて行った。
「水瀬」
「ぁ……なに?」
首を傾げつつ、水瀬は微笑んだ
向けられた水瀬の笑顔は、いつもと何も変わらなかった。
赤く染まった頬に、はにかんだような笑顔。
それが嫌いなわけではない。
むしろ、その逆だった。
幼い頃から進藤はその水瀬の笑顔に惹かれていたのだ。
だからこそ、水瀬を愛し、欲していた。
もちろん、今も。
けれども、水瀬はそうではなかった。
あのとき水瀬の身体に触れる承諾をしてくれたのは、水瀬が自分を欲してくれたからだと思っていた。
けれど水瀬があのとき自分を求めたのは、ただ、楽になりたいという思いによるものだったのだろう。
自分でなくても良かったのかもしれない。
そう感じてしまわざるをえないほどに、水瀬の態度は変わらなかったのだ。
向けられる笑みはどこまでも優しくてあたたかく、そして甘い。
嫌なわけじゃない。
その笑顔を見て、安らがないはずがない。
それでも進藤は常に、その笑顔を見るたびに胸が締め付けられる思いをしていた。
「進藤、どうかした?」
「……いや。もうすぐ、一学期が終わるなって思って」
適当に話をして、進藤はすぐに席へと戻った。
駄目だ。
どうしても、意識してしまう。
あのときの水瀬の表情や声、反応、温もり…。
思い出すだけで、身体が発熱していくのが分かる。
もう、戻れないのだ。
水瀬に対する感情を抑えることはもう出来ない。
好きでないと自分に言い聞かせることも、もう出来ない。
……もとより、出来ていなかったのだ。
進藤はため息混じりに天井を見上げた。
せめて水瀬が少しでもいつもと違う反応を見せてくれたのなら、救われたのに。
水瀬を愛してもいいのだと、自分に言い聞かせることが出来たのに。
もしかしたらという、希望を持つことが出来たのに。
「あ〜あ……」
結局、絶対に叶わぬ、告げることさえ出来ぬ恋心を、自分は抱き続けることしか出来ないのだ。