5. 変わらない眼差し
受験生にとって夏休みなんてあってないようなものだ。
朝から晩まで勉強勉強勉強。
それが受験生としての正しい姿なのだろうし、そうしなければならないのも理解していた。
それでも、疲れと嫌気というものは必ずやってくる。
それを乗り切るかどうかで進路先というものが決まってくるのだが、進藤と水瀬の両親は頭の柔らかい人種だったらしい。
「なあ、ウォータースライダー乗ろうぜ!」
「うわ……っ」
息抜き、ということで進藤と水瀬は互いの親に了承を取って市営プールにやって来ていた。
本来ならば、部屋もしくは塾で頭をフル活動させているべきときにだ。
それが一般的であるせいなのか、やはり、プールにやってきている高校三年生は進藤と水瀬くらいだった。
けれどもそれを気にする素振りは見せず、進藤と水瀬はこれでもかというほどに久しぶりに訪れた市営プールを満喫していた。
「あああああッ!!?」
「あっははははは!!」
ウォータースライダーを滑る二人の表情は、それはもう、対照的過ぎるまでに違っていた。
楽しげに声を上げて笑う進藤。
そんな彼に縋るようにして、水瀬は引きつった顔で引きつった声を上げていた。
ドボンッと水飛沫を上げて二人は滑り終えてプールの中へと落ちた。
「……ぷはっ」
「……ぅう……っ」
水面から顔を上げた水瀬はどう見ても青ざめていた。
「……そんなに怖かったか?」
「思ってたよりも……怖かった」
「ジェットコースターと違ってウォータースライダーは自分の体で滑るからな。見た目よりも体感スピードが早いんだ」
「そうなんだ……」
今にもプールの底へと沈んでしまいそうな水瀬に苦笑しながら、進藤は水瀬の手を引いてプールサイドへと上がった。
とたんに水瀬の目に入る、進藤の逞しい二の腕や引き締まった腹筋。
それらは水に濡れて輝いており、水瀬は知らず知らずのうちに頬を赤らませていた。
「……水瀬? どうかしたのか?」
「ん、何でもない……」
水瀬は俯いて熱っぽい息を吐き出すことで、上昇しつつある熱気を外へと送り出そうとした。
そんな水瀬を訝しげに思いつつも、進藤の鼓動は早まっていく。
濡れた髪や身体、桃色の頬に熱っぽいため息。
私服においても露出の少ない水瀬の、可愛らしい水着姿。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるものの、進藤はそれを抑え込んで水瀬から視線を外した。
営業時間終了すれすれまで存分にプールを楽しんだ進藤と水瀬は、シャワールームで睨み合いをしていた。
体を洗おうとしたものの、一室以外は全部が使用中だったのだ。
「だからさ、水瀬が先に使ってくれればいいって。俺は空くの待ってるから」
「そんなの悪いよ。僕が待ってるから、進藤が使って」
「あのなぁ……。人がいいって言ってるんだから、使えっての!」
「進藤こそ!」
二人は先程からずっとこの調子で、互いに譲り合って引かなかった。
そうしている間にも空きが生まれそうなものだが、なかなか個室から他の客が出てくる気配はない。
睨めっこを長いことしている二人の様子を見かねた同じく受験生にして市営プールにやってきた男は、二人の背後で盛大なため息を漏らした。
「……な〜にやってんだか」
声に驚いて水瀬と進藤が振り返ると、そこにはクラスメイトの望月啓太が呆れたような顔をして立っていた。
啓太の顔を目にした進藤の顔が曇る。
啓太は話してもいないのに進藤が水瀬に対してどのような想いを抱いているのかを理解し、そして何かというと水瀬とくっつくよう助言をしてくる、進藤にとって有難いような有難くないような、そんな存在なのだ。
「け、啓太……。お前、受験生のくせにこんなところで何してるんだよ!?」
「そっくりそのままお返しさせてもらうぞ、それ」
啓太は皮肉げに言うと鼻を鳴らし、進藤から視線を水瀬へと向けた。
水瀬は啓太の視線にビクリと身体を震わせた。
進藤と啓太はよくクラスでも話をしているものの、水瀬は啓太とはほとんど話したことがなかった。
啓太はどことなく不安そうな水瀬を存分に見つめると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。
「……ふんふん。二人仲良くプールに遊びに来たわけですか」
「っ……友達なんだから普通だろ!」
言い返す進藤の言葉に、水瀬は悲しげに俯いた。
けれどその変化に、啓太を睨み付けている進藤は気づかない。
啓太はチラリと水瀬を一瞥してから、進藤に再び笑顔を向けた。
「……そう声を荒げるなっての。つかさ、シャワールームが一室しか空いてないんだろ? だったら、二人で入ればいいじゃないか」
「……へ?」
「……は?」
突拍子もない啓太の提案に、水瀬と進藤のポカンとした声が重なる。
「だから、一緒に使えば? そうしたら、どちらも譲ることなく使えるぜ?」
進藤とともに身体を洗い流すことを想像したのか、水瀬は俯いている顔を赤く染めた。
進藤はというと、啓太の顔を馬鹿みたいに凝視していた。
「……な? 良い提案だと思わねぇ?」
啓太はニコニコと笑いながら、進藤と水瀬を空いている個室の中へと押しやった。
「ちょ、お……おい!」
「あの、啓太くん……?」
「いいから二人で使えっての。な?」
啓太は相変わらずの人好きのする笑みを湛えたまま、進藤の耳元に口を寄せた。
「…存分に水瀬ちゃんの身体を味わっとけ?」
「んなっ……!?」
「へへっ……!」
啓太は瞬時に顔を真っ赤にした進藤に意地悪く笑い返すと、カーテンを閉めた。
「あっ……おい!」
慌ててカーテンを開けようとした進藤の腕を、水瀬が掴んだ。
「え……水瀬?」
「い、一緒に……使おう……?」
恥じらいながら物凄い発言をする水瀬に、進藤は眩暈に似たときめきを覚えた。
頬を赤らめた水瀬を相手にして、進藤が誘いを断れるわけがないのだ。
「……そうだな、使うか」
頷いた進藤の表情は、やけに強張っていた。
それもそのはず。
狭い個室の中に二人だけという状況に、緊張しないはずがないのだから。
「それじゃ、シャワー出すね……?」
「あ、ああ。温度……は、大丈夫だな」
進藤の言葉に水瀬は頷いて、蛇口を捻った。
上から降り注ぐシャワーのお湯に、水瀬と進藤は目を細めた。
いくら夏といえど、冷たい水の中で泳いできた二人にとって、シャワーのお湯は心地良いものだった。
水瀬は気持ち良さそうに微笑んだまま、進藤を見つめた。
トクンと、進藤の心臓が今まで以上に音を立て始める。
目に入るのは、水瀬の穏やかで黒目がちな、大きな瞳。
柔らかそうな桃色の唇に、鎖骨が作り出す絶妙な窪み。
背から腰にかけての優美なラインやくびれに、進藤はごくりと喉を鳴らした。
ただ可愛いだとか美しいというだけではない、艶やかさを持った水瀬の身体に、自分の身体が欲情し、興奮しているのを進藤は感じた。
獰猛な獣である雄が、自分の中で目覚めていくのが分かる。
進藤は水瀬の頬へと指を触れさせた。
指先にしっとりと馴染み、吸い付いてくる水瀬の肌。
弾力のあるきめ細やかな肌を優しく撫でながら、首筋へと下ろしていく。
「んっ……しん、どぉ……?」
問いかけの水瀬の声も、今の進藤には扇っているようにしか感じられなかった。
進藤は水瀬の白い首筋に唇を寄せた。
「あぅっ……」
ぴくんと小さく水瀬の肩が揺れる。
進藤はシャワーを止めると、水瀬のことを抱きしめた。
進藤の逞しい腕に抱かれ、顔を胸にうずめながら、水瀬はそっと、彼の背へと腕をまわした。
一瞬だけ進藤の身体が強張ったものの、すぐにそれは解け、進藤は優しく水瀬の髪を撫でた。
「進藤……」
うっとりとした表情を浮かべ、水瀬は瞼を閉じた。
そんな水瀬の首筋を唇で吸い上げながら、進藤は胸元へと手を下ろし、頬と同じく淡い桃色をしている乳首を摘む。
「んっ……!」
眉を悩ましげに寄せ、水瀬は甘ったるい息を吐き出した。
その吐息にすら、進藤は体温が上昇していくのを感じた。
進藤は脚を水瀬の脚の間へと滑り込ませた。
「ぁっ……ん、あ……」
水瀬の顔が更に赤く染まっていく。
進藤が膝で水瀬の股間を押したのだ。
進藤の膝に伝わってくる水瀬のものは、水着を押し上げ、窮屈そうにしていた。
それは勿論進藤も同じで、先ほどから下半身に鈍い掻痒感を覚えていた。
「ひゃぅ、ぁ……ん、ん……っ」
進藤がぐりぐりと膝で刺激してやると、水瀬はその動きに合わせて腰を揺らめかせた。
「……ぁん、しんど……っ」
「辛いか?」
真っ赤になって俯く水瀬を可愛いと思いながら、進藤は水瀬の水着を引きずり下ろした。
「ひぁあっ!? あ、し……進藤!?」
「抜いた方が良いんじゃないか?」
優しく微笑みかけながら、進藤は水瀬のものを握った。
「あっ……ひぅ……!」
「ここ、すげー濡れてる……。水のせいじゃねぇよな?」
「あんっ……!」
水瀬の先端から零れ出た蜜を指先に感じ、進藤は小さな、けれど獰猛な笑みを浮かべた。
少し力を入れて擦ってやると、水瀬は背をわななかせて可愛らしく喘いぐ。
そんな水瀬の秘孔へと指をスルリと滑らしたとき、水瀬が進藤の胸元を両手で押し返した。
「ぁ……進藤……やだ……!」
水瀬の拒絶を含んだ言葉と行動に、進藤の動きが止まる。
進藤は自らの身体を抱きしめるようにして震える水瀬の姿を見て、顔を青ざめさせた。
「わ、悪い……俺、また……!」
我に返った進藤は水瀬から視線を逸らした。
この状況に戸惑っているのは水瀬だけではなく、進藤も同じだった。
こんな風に水瀬に触れるつもりは、進藤にはなかったのだ。
悔恨の念に複雑な顔をする進藤の水着に、水瀬がゆっくりと手をかけた。
「ぁ……み、水瀬……?」
水瀬はひどく恥ずかしそうに、俯きがちに進藤を見上げていた。
「進藤も、一緒に気持ち良くなろう……?」
進藤は目を丸くし、それから納得したように笑みを浮かべて頷いた。
水瀬は前回もそうだった。
一人だけ感じ、一人だけイクのを嫌がる。
拒絶された理由が自分の考えているものと全く違ったことに安堵を覚えながら、進藤は水瀬の頬に手を添えた。
相変わらず柔らかい頬の感触を楽しみながら、唇を水瀬の額へと軽く触れさせる。
水瀬の頬に、羞恥からとは違う朱が差し込んだ。
「……じゃ、水瀬……四つん這いになってくれるか?」
「え……? う、うん……」
進藤の突然の提案に戸惑いながらも、シャワールームの床に水瀬は手と膝をつけた。
柔らかそうな丸みを帯びた尻が揺れ、進藤は桃のようなそれに思わずかぶりつきたい衝動に駆られた。
「あの……これで、良いの……?」
恥ずかしそうに進藤へと振り返った水瀬の身体に覆いかぶさるようにして、進藤は水着から取り出した猛った自身を、水瀬の太ももの間に滑り込ませた。
「進藤……?」
不安がる水瀬の手に自らの掌を重ねて、進藤は耳元で囁いた。
「そのまま、脚……閉じて」
「……脚?」
言われるままに脚を閉じ、太ももに触れる熱に水瀬は息を呑んだ。
「動くぞ」
「あ……っ」
進藤は腰を動かし、ピストン運動を始めた。
太ももが熱い棒に擦られる感覚に、水瀬はビクビクと身体を震わせる。
「ひゃん……ぁ、あんっ……」
進藤が腰を前へと突き出すと、進藤の猛ったものが水瀬のものへと擦れあい、たまらない快感を二人に与えていた。
断続的に甘い声を上げる水瀬の口元を、進藤はそっと手で覆った。
「ぁうん……?」
「声、抑えないと聞こえちまうからな」
進藤の言葉に水瀬は、この部屋には他にもシャワーを浴びている人がいるのだということを思い出した。
カァッと、一気に水瀬の顔が紅潮する。
進藤が水瀬の口元から手を外すと、水瀬は声を抑えるべく唇を浅く噛み締めた。
声を他人に聞かれることを羞じとし、懸命に口を閉ざそうとする水瀬の身体は強張っていた。
背後からでも分かる水瀬の緊張っぷりに、進藤は思わず笑ってしまった。
けれど背を向けている水瀬は、進藤の表情には気づけない。
進藤は水瀬の腰を掴むと、腰を動かすスピードを上げた。
擦れあうたびに水瀬の蜜と進藤の先走りが混ざり合い、淫猥な音を立てる。
「あぁっ! ……やっ……あぁんっ」
水瀬は声を抑えきることが出来ずにあられもない声を上げ、進藤を誘うように腰を振った。
いまや水瀬の四つん這いは崩れ、尻を進藤へと突き出すような体勢になっていた。
挿れているわけではないが、背後から突くという行為そのものに、そして水瀬の淫らな姿に、進藤はたまらない征服感を感じていた。
「ぁっ……も……だめぇ……っ!」
水瀬は一度大きく身体を震わせると、床に白濁を放出した。
そして進藤からも、熱の塊が放たれる。
「っんあああっ!!」
それは水瀬の達したばかりの下半身へとかかり、水瀬は再び嬌声を上げた。
―――絶頂の嬌声だった。
++++++
「……やっちまった」
肩に水瀬の頭を乗せながら、進藤は深いため息をついた。
いけないとは思いつつもついつい手を出してしまう自分の抑制心のなさに、進藤はほとほと呆れ返っていた。
進藤は微かに愁い帯びた表情で、至近距離にある水瀬の寝顔を見た。
よほど疲れたのか、水瀬はバスに乗るなり眠ってしまったのだ。
高校三年生とは思えぬ、あどけなさの残る寝顔を見つめたまま、進藤は微笑んだ。
水瀬はあの後、「……もっと、して。気持ち良くしてぇ……っ」と言いながら抱きついてきたのだ。
この、どこまでも純真で可憐な寝顔からは何一つ想像することが出来ないようなことを、水瀬は自分に…自分にだけは見せてくれる。
進藤は優越感に浸りながら、目を閉じた。
降りるべきバス停に着くまでの時間は、まだたっぷりとある。
少しだけ眠るのも良いだろうと、進藤は気を抜いた途端に、耐え難い睡魔に襲われた。
どうやら疲れていたのは水瀬だけではなかったらしい。
進藤は心地良い眠気に身を任せ、意識を落とした。
「……進藤、大好き」
眠っていた進藤には水瀬の寝言が聞こえるはずもなく、誰にも拾われることなく、それはバスのエンジン音にかき消されていった。