8. 変わらない眼差し
「ん…あ、あれ…?」
瞼を開けて視界に入ってきた進藤の寝顔に、水瀬は一瞬思考を停止させた。
それから自分が進藤に腕枕をされているばかりか腰にもしっかり腕がまわされており、尚且つ同じ布団で寝ているという状況に気がついて悲鳴に近い声を上げた。
「…なんだよ、水瀬…?」
至近距離で叫ばれ耳に痛かったのか、進藤は顔を顰めながら目を開けた。
そして、すぐ目の前に水瀬の顔があることに気づいて、慌てて身を離した。
水瀬は進藤との距離があいたことによって幾分か気分が落ち着き、そこで初めて進藤の視線が自分の胸元へと向けられていることが分かった。
身体を見下ろして、息を呑む。
水瀬の浴衣は寝相によってか乱れ、胸元は覗き、白い太もももは露になっていた。
下手すると進藤には水瀬の下着さえも見えているかもしれない。
「…うわああっ!」
水瀬は顔を真っ赤にして布団を被った。
「み、水瀬…悪い、その…見るつもりは…」
「あぅ…っ…うう…」
進藤が布団をめくると、水瀬は身体を丸めて小さくなっていた。
縮こまって震える水瀬に思わず吹き出しそうになりながら、進藤は水瀬を抱き起こした。
「…あ、ぁ…何で…?」
「何だよ、何でって?」
「えっと、だって…」
水瀬は視線を泳がせた後、進藤の目を捉えた。
その瞳は潤み、怯えさえ含まれている。
「…なんで、一緒に寝てたの…? というか、僕…進藤に勉強を教えてもらってたんじゃなかったっけか?」
水瀬の言葉に進藤はあからさまに顔を引きつらした。
水瀬はどうやら、酒を飲んだ以降のことを覚えていないらしい。
「…マジかよ」
「え、な…何? ねぇ、何で…僕」
戸惑う水瀬を前に、進藤は深いため息をついた。
昨日の夜、温泉に入っても酔いの醒めなかった水瀬は同じ布団で寝たいと進藤に駄々をこねたのだ。
断れば泣き出しそうなその勢いに、進藤は渋々一緒に寝ることを了承した。
そのため進藤は、昨晩は全く眠れずに、ひたすら理性と煩悩の狭間で悩まされていたのだった。
そのことを忘れるばかりか、水瀬は昨日、抱き合ったことさえ覚えていないのだろう。
たとえ酒に酔って行ったことだとしても思い出作りにはなっただろうと考えていた進藤にとって、水瀬の今朝の反応はとてもではないが喜べるものではなかった。
「…進藤! ねぇ、昨日何があったの…?」
「…酒飲んで、お前は酔っ払ってたんだよ」
「お酒…?」
進藤は水瀬の困ったような表情を見て、意地の悪いことを思いついた。
「…昨日の水瀬は本当に可愛かったぞ〜。妙に甘えてきてなぁ」
「な、何したの…?」
進藤は唇の前に人差し指を立てると、ニヤリと意地悪く口の端を吊り上げた。
「秘密だ」
「えぇ!?」
「俺と昨日の水瀬の秘密。お前には教えない〜」
「な、何で…!」
真っ赤になって涙を滲ませる水瀬を面白可笑しく見ながら、進藤は立ち上がった。
「さ、朝ごはんを食べに行こうぜ。確かバイキングだよな? 早く行かないと、良いものなくなっちまうぜ?」
「そうだけど…。その前に何をしたのか教えてよ〜」
「駄目〜」
進藤は水瀬自身さえも知らない水瀬を知っていることに優越感を覚えながら歩き出した。
その後ろを、釈然としない顔をした水瀬が着いていく。
「教えてくれたっていいのに…」
「だから、可愛かったって言ってるだろ? その言葉で俺たちが何をしたのか読み取れよ」
水瀬は顔をカァーッと紅潮させると、進藤の背を睨みながら、唇を尖らせるのだった。