9. 変わらない眼差し


12月24日、クリスマスイブ。
進藤は水瀬の家でチョコレートケーキを食べていた。

「ねぇ、進藤。断ってくれても良かったんだよ? もう受験、かなり近づいてるし…」
「ば〜か。一日勉強しなかったくらいで受からねぇようじゃ駄目なんだよ。今まできちんとやってきたんだ。何も水瀬が気にする必要ねぇよ」

進藤はジュースを飲み、顔をしかめた。
甘いチョコレートケーキのあとにオレンジジュースは正直辛いものがある。

「…それなら良いんだけどね」

誘った水瀬からすると進藤の言葉は嬉しいものだけれど、やはり迷惑だったのではないのかと不安になるのだ。
変に気を使いすぎ、考え込むのは水瀬の悪癖でもあった。

「それよりさ、このケーキ本当にうまいな! どこで買ったんだ?」
「駅前のケーキ屋だよ。いっぱい種類があってね、特にフルーツタルト類が美味しそうだった」
「今度行ってみるかな。そのときには水瀬の分も買ってくるからな」
「ありがと、進藤っ」

微笑みあって、二人はケーキをフォークでつつく。
…大学受験はすぐそこに迫っていた。
そして、二人の別れのときも。

「私立の大学ってのも、金さえあれば行くんだけどなぁ…。つか水瀬さ、今小遣いどのくらい貰ってんだ?」
「僕は5千円だね。進藤は?」
「俺? 俺はね…」

他愛もない話をしては、笑顔を見せる水瀬と進藤。
―――辛くないはずはなかった。
進藤の笑顔を見るたびに、水瀬はこの笑顔が見られなくなる日のことを思って心を痛ませていた。
進藤も同じらしく、楽しそうに笑っているものの、時折寂しそうな顔をする。
無理に笑顔を作る必要はないのかもしれない。
それでも進藤と水瀬は笑顔を保ったままだった。
どうしても、このパーティを良い思い出として残しておきたかったからだ。
進藤は別々の大学へ進学すると、こうして水瀬とパーティをするのは少なくなると思ったから。
そして水瀬は、告白をしてしまえばこうして進藤と二人きりでパーティを楽しむ機会は永遠に失われると思っていたから。
それぞれの思惑は違えど、このパーティを楽しいものにしたいという思いに差異はない。
だから水瀬と進藤は笑顔でいることを決めたのだ。



++++++



薄っすらと水瀬は瞼を開いた。
ぼやけた視界に入る、赤い包装紙に包まれた箱。
水瀬はベッドから起き上がると瞼を擦った。
日付は12月25日。
格好は、昨日のままだった。
どうやら水瀬は進藤と遊び疲れて途中で眠ってしまったらしかった。
水瀬をベッドへと運んだのは進藤だろう。
では、この箱は…?
水瀬はそっと箱に手を触れさせた。

「…進藤、だよね?」

リボンを解き、包装紙を丁寧に破っていく。
蓋を開けると、中から分厚い本が出てきた。
それを目にした水瀬は目を丸くし、それから顔を綻ばせた。
この本は昔から水瀬が欲しくてたまらなかったものだ。
冊数が決まっている限定本のため、水瀬は手に入れることが出来なかったのだ。
以前水瀬はそのことを進藤の前で嘆いたことがあった。
そのときのことを進藤は覚えていて、それで水瀬にクリスマスプレゼントとして送ったのだろう。

「…探してくれたのかな」

水瀬は幸せな気持ちでベッドに横になった。
それから、小さくほくそ笑む。
進藤がプレゼントを用意したように、水瀬も進藤へのプレゼントを用意していた。
もちろん、もう渡してある。
水瀬は本を抱きしめたまま瞼を閉じ、進藤へと思いを馳せた。



++++++



「新ーっ!」

ドタドタと派手な足音を立てながら階段を上がってきたかと思えばノックもなしに部屋に入ってきて尚且つ怒鳴ってきた母親に、進藤は怪訝そうな顔を向けた。

「…何だよ」

母親の表情を見るに怒ってはなさそうだが、興奮しているようで頬が赤い。

「これ…アンタのコートのポケットから出てきたんだけどっ」

差し出された小包に進藤はベッドから飛び上がって、母親の手から奪い取った。
綺麗にラッピングされており、赤いリボンが巻かれている。
このプレゼントが誰から渡されたか、など進藤は考える必要がなかった。
誰かなど、決まっていたから。
緊張した面持ちのまま進藤は小包を開けると、母親を睨みつけた。

「いつまでいんだよ。早く出てけっての!」
「恋人から?」
「うっせぇ!」

茶化すような言葉に進藤は顔を紅潮させると、母親の背を押して部屋から追い出した。
それから進藤は椅子に座ると、箱の中身を見た。
中に入っていたものは、銀色のイヤリングだった。

「…へぇ」

進藤は口元に笑みを浮かべ、イヤリングを光にかざした。
窓からそそぐ朝陽に反射して、それは銀白色に煌く。

「…ん?」

ふと、箱の中にメッセージカードが入っていることに気がついた。

『いつもありがとう』

たった、一言だった。
けれどそのメッセージからは、もっともっと、たくさんの想いが詰まっているように感じられた。

「…やべっ、にやける」

進藤は煌くイヤリングを両耳に付けると、携帯電話を手に取った。
水瀬にお礼のメールを打っていると、視界の隅に白がちらついた。

「…なんだ?」

進藤が窓を開け放つと、部屋の中に冷たい空気が流れ込んだ。
寒気に背筋を震わせながらもベランダへと出て、目を凝らす。
空から降っているのは、純白の雪だった。
夜のうちから降っていたのだろう、地面や屋根には雪が積もっている。
そればかりか、朝陽に照らされてプリズムめいた光を放っていた。
冬でも雪が滅多に降らない、乾燥した温暖な気候の地域に住んでいる進藤にとって、朝起きて辺りが真っ白だなんてことはなかった。
銀世界というのはこういうことをいうのか、と進藤はしみじみと思いながらメールにそのことを打つ。

『外、見てみろよ。すっげー、綺麗だぜ。…一緒に見たかった』

送信ボタンを押した、その直後だった。
水瀬からメールが進藤のもとに届いたのだ。
進藤はタイミングよく送られてきたメールに多少戸惑いを覚えつつも受信をした。

『みてみて、進藤! 外、雪で真っ白だよ。ここら辺に降るのは珍しいねっ。一緒に見たかったなぁ…』

最後の一言に進藤は思わず噴き出した。
同じことを水瀬も考えていてくれるのだと思うと、寒いはずなのに何故だか温かくなった。
不意に進藤は無性に水瀬の声が聞きたくなり、電話をかけようとして…やめた。
かけなくっても直に水瀬の方からかかってくるだろうと、そう思ったのだ。
携帯電話から着信音が流れる。

「…やっぱ、かかってきたか」

水瀬から電話がかかってきたときにだけ流れるよう設定してある、特別なメロディ。
進藤は一度咳払いをすると、電話へと出た。




「「メリークリスマス」」




同じタイミングで言って、同じタイミングで言い終わる。
進藤と水瀬はともに笑いあって、雪景色を眺めながら話に花を咲かせた。




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