10. 恋心至上命令
「思いがけない存在から好きだって伝えられたら、須永さん、どうしますか?」
昼休みになると同時に、僕は人気のない廊下に須永を連れ込んだ。
始めこそ目を白黒させていた彼だったが、質問の意味を理解したのか、表情をどことなく硬いものに変えた。
「どうも何もねぇだろ。それが自分の好きなヤツだったら付き合うし、そうじゃなかったら断る」
「……そうですよね、やっぱり。でも好きなのかどうかが分からなかったら、どうしたらいいんでしょうか」
情けない質問だと分かっているせいか、段々と声が尻すぼみしていってしまう。
結局のところ決断するのは自分なのだから須永の意見を聞いても仕方がないのだろうけれど、誰かに相談しないと頭がパンクしてしまいそうだった。
『私とのこと、考えておいて下さいね』――これは昨夜、聖さんに言われたことだ。
彼を好きか嫌いかで問われれば、好きだと即座に答えることが出来る。
一緒にいて胸がドキドキするのは事実だし、尊敬もしているし。
けれどそれが恋愛感情によるものなのかどうかは、判断がついていなかった。
「……須永さんには、好きな女性がいるんですよね? その人に対して、いつもどういう気持ちを抱いていますか?」
「ちょっと待て、泉。俺は好きな女なんていねぇぞ?」
「へっ?」
僕と須永は数秒間見つめ合った後、どちらともなく首を傾げた。
須永には好きな方がいる、と聖さんは確かに言っていたはずだ。
彼が嘘をつくとは思えないから――須永が僕に嘘をついている?
どうしてだ?
「お前それ、誰に訊いたんだ……って、質問するまでもねぇか。聖だろ? あいつと食事になんて行くから、そういう訳の分からん情報を吹き込まれるんだぜ」
「なっ……。聖さんを悪く言わないで下さい!」
「なーんでお前が聖の肩を持つんだよッ。まさかお前、たった一夜で骨抜きにされたのか?」
刺々しい言い方に腹が立つものの、その内容の酷さに僕は言葉を失ってしまい、文句を言い返すことが出来なかった。
この目の前に立つ憎憎しい顔をした男は、僕が聖さんに抱かれたと思っているらしい。
不健全極まりない想像をしているのだろう彼に、全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。
「しっ、信じられません! そんなこと言うなんてっ」
「事実だろ?」
「違います!! 僕と聖さんがそんなことするはずがないじゃないですかっ。そういうのは愛し合った者同士がするんです!」
力強く言い切ってから、僕は目を大きく見開いた。
どうやら僕の中で、聖さんに対する気持ちの結論は出ていたらしい。
「おい、ニヤニヤしてんなよ。どういう思考回路してんだ、お前は?」
「悩み事が晴れたので、嬉しくって。ただそれだけです」
「あー、そうかよ。ったく……」
須永は話す気が失せたのか半眼になると、僕の横を通り過ぎていった。
その際に、彼のポケットから紙片が床へと落ちる。
気づかずに歩いて行ってしまう須永の代りに、僕はそっと拾い上げ、何が書かれているのかを確かめた。
どうやらこれは、高級レストランの予約チケットのようだった。
それも、二人分。
日付は昨日のもので、使われた形跡はない。
「……まさか」
信じられない気持ちで、手にしているそれを見つめる。
仕事が終えられた祝いと労いを込めて――僕を誘ってくれるつもりだったのだろうか。
それならば昨日、僕が聖さんの誘いを受けた後に、彼が不機嫌だったことに納得がいく。
もしもあのとき断っていたのなら、昨夜は須永と……。
そこまで考えて、僕は頭を振った。
この先を想像するのは、あまりにも聖さんに対して失礼だ。