12. 恋心至上命令


「お前、肌白いなー」
「ちょぉ!? 何触ってんですか、須永さんッ」

横腹を撫でてきた須永の頭を、近くに転がっている洗面器で叩く。
お金の都合上同室に泊まることにした僕と須永は、付属の浴室で雨に冷えた身体を温めていた。
まさか彼と一緒にシャワーを浴びる日が来るとは。

「俺と全然身体つき違うよな。男かどうか疑わしく思えてくる」
「失礼ですねーっ。須永さんと比べれば、誰だって……!」

須永の引き締まった肉体を見て、自分とのあまりの違いに落胆してしまう。
ほどよく筋肉がついた身体は、精悍な顔立ちと釣り合いが取れていて、羨ましいことこの上ない。
項垂れる僕の背後に須永はまわると、いきなり腰に腕をまわしてきた。

「ひゃっ……!?」
「ほっそいなー、お前の腰。ちゃんと飯食ってるのか?」
「食べてますよ! っていうか離れて下さい。前々から思ってましたけど、須永さんって馴れ馴れし過ぎますよね。僕が同性だからまだ結構ですけど、女性にしたら立派なセクハラですよ?」

ペチペチと須永の腕を叩くものの、彼が離れてくれる気配はない。
ふと目の前にある鏡を見れば、僕の後ろで愉しそうに笑っている須永の姿が映し出されていた。

「もーっ。何考えてるんですか!? 何も考えてないでしょう!? 嫌がってるのが分からないんですかッ」
「泉さ、ラブホテル来たことねぇんだよな?」
「……否定はしませんが。それがどうかしたんですか」

不穏な空気を感じとって声のトーンを落とすと、須永が手を太ももに這わせてきた。
愛撫するかのようなその動きに、少しだけ身じろぐ。

「や、止めてくださいよ。須永さん……!」
「まあまあ。せっかくだし、楽しもうぜ。ここでしか出来ないような、いやらしいことで」
「はい?」

須永の言葉に顔から血液が急降下していくのを感じた。
軽い眩暈を覚えてふらつくが、彼にしっかりと抱きしめられているために、幸いにも倒れることはなかった。
果たしてこれが幸いと言えるのかどうかは、激しく微妙なところだけれど。

「しょっ、正気ですか!? いくら僕が男らしくないからってそれはないでしょう!」
「泉だって、嫌じゃないんだろ?」
「嫌です! とても嫌です!」

必死になって全否定していると言うのに、須永は僕の身体を弄り始めてしまった。
くそ、この宇宙人め。
言語を理解しないのか!

「須永さんっ。いい加減にし……っ、ん……ふ?」

文句を言おうと振り返ると、須永の唇で僕の唇を塞がれてしまった。
初めてのときもそうだったけれど、あまりの唐突さに思考がついていかなくなる。
戸惑う僕の顎に須永は軽く指を添えると、唇の合わせ目を舌でなぞってきた。

「っ、ん、ぅ……はっ……」

息苦しさに唇を開くと、その隙を突いて須永の舌が滑り込まされる。
歯の列にそって舌でなぞられ、吸い上げられて、得も知れぬ快楽が背筋を戦慄かせた。
経験してきたどのキスとも違う深く激しいそれに、身体の芯が溶かされていく。
ぷはっ、と息を吸いながら唇を離せば、僕たちの間に長く淫靡な糸が引いた。

「な、に……するんですか……」
「お前、セックスの経験は?」

値踏みするような須永の視線に戸惑いつつ首を横に振る。
須永は口角を引き上げると、僕の耳の裏側に唇を押し当ててきた。

「だったら俺が教えてやるよ。抱かれるっていうのが、どういうことなのか」

いつもより低く、熱っぽい須永の声。
どう反応すればいいのか分からなくて、僕は視線を泳がせた。
鼓動の刻みが早くなっているのは、これから行われるであろうことに、身体が期待してしまっているからなのだろうか。

「ぜ、絶対……後悔します」
「誰がだ? 俺か? それともお前がか?」
「僕も、貴方もです」
「ありえねぇよ、そんなこと。俺が後悔するとしたら、お前をここで抱かなかった場合だけだ」

力強く言い切った須永の指先は、躊躇することなく僕の胸の突起を摘んだ。
指の腹で優しく転がされ、かと思えば強く引っ張られ、上擦った声を漏らしてしまう。
同時にからかうように耳の柔らかい部分を舌で突付かれて、じわり、と下股の中心に雫が浮かんだ。
気がついた須永が、指先で軽く擦ってくる。

「ひ……あっ、や……」
「もうこんなになってるのか」

須永の視線が注がれている僕のものは、熱く勃ち上がり、先端からは蜜を溢れさせている。
浅ましい、と思った。
この程度のことで、こんなにも昂ぶっている、自分の肉体が。

「み、見ない……っ、で……下さい……っ」
「見て下さい、の間違いだろ? 泉のここ、ぬるぬるしてるぜ」
「やっ……ぁあッ!?」

大きな掌に包まれ、扱かれて、その直接的な快感に涙が浮かぶ。
話には聞いていたけれど、他人にされるときと自分でするときとで、こうも違うとは思わなかった。

「ほら、糸引いてる。先っぽ弄られるのがそんなに好きか?」
「ふっ、ぁっ……あ、あっ」

先端の窪みに指を捻じ込むように擦られ、ビクッと過剰なほど身体が跳ね上がる。
須永はふっと吐息を零すと、指を僕の尻の割れ目に滑らせ、窄まったそこに突きたてた。

「いっ……あっ、や……」
「経験ナシってのは嘘じゃないみたいだな。すげー狭い」

痛みに顔を引き攣らせる僕を満足そうに見つめながら、須永は押し広げるように指を蠢かす。
初めて他者を受け入れる感覚は、おぞましいとしか言い表しようがなかった。
襞を優しく撫で上げられて、悪寒とも取れる震えが背筋に走る。

「も、やめて……くだっ、さ……い」
「こんなになってるのにか?」

僕の中を掻きまわす一方で、前を扱く須永の指は、溢れる蜜で濡れそぼっていた。
透明なそれは何度もタイルに滴り落ち、少し早く手を動かされれば、じゅぷっといやらしい水音を立てる。
可笑しなところに指を挿れられて、本来なら萎えていいはずなのに。
どうして僕のここは、こんなにも熱く勃ち上がったままなのか。

「いや、いやぁ……こんなっ……」
「自ら腰振っておきながら、まだそんなことが言えるのか」
「あぁうっ」

意識とは完全に決別した身体が、勝手に淫欲を貪っている。
物足りないと指を奥に吸い込もうとしている自分が、須永の目にどう映っているのか考えたくもない。

「ぁ、はっ……も、ぁあ……だめ、出ちゃっ……!」
「いいぜ、泉。お前のイク顔、俺に見せてみろ」

ぼそり、と囁くように呟かれた直後、頭の中に閃光が弾ける。
気がつけば僕は須永に身体を預けており、自身からは熱をぱたぱたと溢れさせていた。
あまりの恥ずかしさに俯くと、後孔に滑ったものが宛がわれた。

「す、須永さん……っ」
「まさか、自分だけ気持ち悦くなって終わろうだなんて考えてたわけじゃねぇだろ? 最後までちゃんと、してもらうからな」
「あっ……ひ、ぁあっ!」

指とは比べ物にならないほど質量の大きいものが、後孔を押し上げてきた。
散々解されたそこは確かに柔らかくなっていたけれど、身体にかかる負担はかなりのもの。
強烈な痛みを伴いながら、ずっ、ずっ、と少しずつ須永のものが挿入されてくる。
全てを呑み込む頃には、僕の顔は涙でぐしょぐしょになっていた。

「い、たい……です……っ」
「安心しろ。これがなければ満足出来ない身体にしてやる」
「ふざけ……な……いで下さい……!」

彼は一体、何を滅茶苦茶なことを言っているのか。
そんな批判的な思いは、須永の腰が動き出してすぐに霧散していった。
引き攣るような痛みが消えたというわけではない。
けれど鋭い痛みの中には確かに、無視することの出来ない快楽が潜んでいたのだ。
それは須永の律動が激しくなればなるほど、比例するように大きなものに変化していく。

「んぁ……や、ぁ……あんッ」
「ほら、泉。どうしたんだよ? さっきまでの威勢の良さはどこにいっちまったんだ?」

愉しげに声を出して笑うと、須永は僕の腰を掴んで揺すりたててきた。
動物的な激しい突き上げに、倒れそうになる身体を鏡に手をついて必死に支える。
気が遠くなりそうな中で薄目を開ければ、須永に犯されて喘ぐ僕の姿が映し出されていた。

「や、いやぁ……ッ」

赤らんだ頬。涙に潤み、快感に蕩ける瞳。だらしなく開かれた唇から零れる唾液。
これは、僕ではない。
こんなことをされて恍惚とした表情をする人間が、僕であるはずがない……!
認めたくなくて顔を逸らそうとするが、須永の手によって固定されてしまった。

「しっかり見ておけ。お前を犯しているのが誰なのか、自分がどれだけ淫らになっているのか」

耳元でそう囁く須永の声はどこか掠れている。
よく見れば鏡の中にいる彼も僕と同じように、薄っすらとだけれど頬を上気させていた。
汗が滲んでいるようにも見える。
僕は体内で熱く息づく須永のものを、きゅっと無意識のうちに締め付けた。

「泉、言ってみろよ。お前を犯してるのは誰だ?」
「はっ……ん、あ……す、なが……さんっ」
「よく聞こえねぇな。もう一回、言ってみろ。ちゃんと言えたらご褒美やるぜ?」

僕の胸の突起を指先で弾きながら、須永が意地悪く笑う。
すごく、悔しいけれど。
その表情が僕はどうやら、好きみたいだ。

「須永っ……さん。須永さん、です……っ」
「正解だ。お前の中にある俺のもの、よく覚えておけよ」
「んっ、あ、やぁっ……ああっ――」

深く貫かれ、一番感じる箇所を擦り上げられて、僕のものから辺りへ精液が飛散する。
それでも尚、須永は突き上げを止めなかった。
精を放ったはずの僕のそれは、再び頭をもたげ、快楽に涙を流し始める。

「あぁんっ……く、ふっ……はぁっ、須永さん……っ、須永さぁん……!」

脳髄が痺れ、思考が白濁し、どろどろに溶かされていく。
僕はただ、いい場所に当たるように須永の動きに合わせて腰を揺らした。
嫌だったはずのこの行為が、終わらないことに安堵さえ覚えながら。

「ぁ、あっ……もっと……ぁ、んぅ……!」
「っ……たまんねぇな」

須永がひどく妖艶な微笑を浮かべた、次の瞬間だった。
今までにない程に強く奥を穿たれ、体内に熱い迸りが放たれる。
同時に僕も達して、内股に暖かい液体が流れ出て腿を伝っていくのを感じながら、重たい瞼を閉じた。




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