14. 恋心至上命令
仕事に熱心に打ち込もうとしても手が止まってしまうのは、紛れもなく目の前で女性社員とイチャついてる須永のせいだ。
……イチャついているというのは語弊があるかもしれない。
女性社員が一方的に須永に色目を使って媚びているという感じだから。
「昼食、二人きりで食べましょ？」
「それ、いいな。俺が奢るから、近くの料亭でも行こうか」
「わぁーっ。ありがとうございますー！」
それでもやはり、癪に障るわけで。
じとーっと睨みつけるものの、須永は気づいていないのかはたまた無視をしているのか、僕の方を見てくれない。
胸の内で燻る昏い気持ちに無意識のうちに唇を噛締めていると、背後に人の立つ気配がした。
「こんにちは、泉さん。お久しぶりですね」
「ひっ……聖さん」
「お話があります。少し、お時間を下さい」
微笑を浮かべる聖さんに手を引かれるがままに、僕はオフィスから人気のない廊下へと移動した。
いざ二人きりになると、気まずいことこの上ない。
僕はまだ、彼に告白の返事をしていないのだから。
「あれから、私のことを考えて下さったでしょうか」
「……はい。勿論です」
「結論をお聞きしても？」
柔らかい眼差しを向けてくる聖さんを、そっと上目遣いに見やる。
告白をするのに勇気がいることは知っていたけれど、断ることにも勇気がいるとは知らなかった。
それでも何も言わずにいるわけにはいかないので、重たい口を開くと――。
「聖も泉も、こんなとこで何やってんだよ。仕事中だろ？」
――ぽふん、と頭に優しく手が置かれた。
おそるおそる振り返れば、不機嫌そうに眉間を寄せる須永が立っていて。
僕は鼓動の高鳴りを感じながら、吐息を漏らした。
「須永さんこそ、ずーっと女性社員と話していたじゃありませんか」
「何だよ。嫉妬してたのか？」
「ありえません、そんなこと！」
くくっと喉を震わせて笑う須永から、むくれた顔を逸らす。
すると聖さんの困ったような微笑が目に入って、何とも言えない気分になった。
どうしてこう、彼には子どもっぽい場面ばかり見られてしまうのやら。
「ところで、聖は何でここに来たんだよ？ まさか泉に会いに来たってだけじゃねぇだろ？」
「貴方には関係ありません。……と言い切れたのなら、どれほど良かったことか」
「勿体ぶらずにさっさと教えろ」
急かす須永に聖さんは僅かに眉を寄せると、腕を組んで壁にもたれ掛かった。
「私が泉さんに告白したのですよ。今日はそのお返事を頂きに参りました。これで納得して頂けましたか？」
「え？ それ、マジで言ってんのかよ……」
「冗談でこのようなことを私が言うとでも？ 貴方ではあるまいし。兎に角そういうわけですので、早く職場に戻って頂けませんか。存在が邪魔です」
聖さんの言葉に須永は口元を引くつかせながら、僕の方を窺うように見てきた。
男が男に告白をしたという話を聞いて、彼は一体どういう感想を抱いたのだろうか。
何だか妙に、居心地が悪い。
「それで泉は、聖と付き合う気あるのか？」
「ぼ、僕は……」
「応援してやるぜ。俺は、お前が聖との恋人関係を望むのなら」
「――え？」
平然と軽く言ってのけられた言葉に、僕は耳を疑う思いで須永の顔を凝視した。
どうして、そんなことを言われなければならないのだろう。
彼がホテルで僕に言ったことは、僕にしたことは、やはり大して意味のないものだったのだろうか。
「っ……貴方に応援なんて、されるまでもありません」
「そうでもねぇと思うけどな。一人でも周囲に同性愛を認めてくれる人間がいる方が、気が楽だろ？」
「だ、だからって貴方にそんなこと、言われたくなかったです……！！」
指先の震えに気づき、須永にバレる前にきゅっと拳を作って誤魔化す。
目頭はやけに熱く、喉は渇いて引き攣ったように痛んでいた。
――それは、どうして？
「泉さん。須永みたいな男の言葉に耳を貸す必要はありませんよ」
「何だよ、それ。素直に喜べよな。俺が自ら援助してやるって言ってんだぞ？」
「……須永！ いい加減にして下さい。泉さん、大丈夫ですか？」
俯いている僕の背中を、聖さんが優しく摩ってくれる。
宥めるようなそれに、余計に自分が惨めに思えてきた。
僕は一体、須永にどうして欲しかったのだろう。
何を、期待していたと言うのだろうか。
「ほら泉。いつまでそうやって黙ってるつもりだ。とっとと結論出せよな。聖とのこと」
「須永さんは、僕が付き合った方がいいと考えていらっしゃるんですか？」
「……。ああ、そうだ。聖は将来有望だし、こんなチャンス滅多にないと思うぞ。それはお前も、分かってるだろ？」
ギリ、と奥歯を砕けそうなほど強く噛締める。
須永の言葉一つ一つが、胸に抉り込んでくるかのようだった。
一体何がこんなに辛いのかは、分からないのだけれど。