4. 恋心至上命令


連日の無理がたたったのか、体調を崩した僕は会社の医務室にあるベッドで休養していた。
簡素な造りのそれはひどく硬くて、いっそ床で寝た方がマシだと思えるほどに寝心地が悪い。
背中に当たる感触と頭痛に眉を寄せていると、コツコツと足音が聞こえてきた。

「そこにいらっしゃるのは……泉さんですか?」

あまり聞き覚えのない穏やかな声に、ゆっくりとベッドから上半身を起こす。
そうして目に入った男性社員の姿に、僕は眉を跳ね上げさせてしまった。
恐ろしく綺麗に整った、理知的な顔立ち。身に纏う、包み込むような温かい空気。
間違えようもない。
彼は社内で須永と対と見なされている逸材、僕が尊敬する人格者――聖さんだ。
思わぬ人物の登場に頭の中を真っ白にしていると、彼は気遣わしげな視線を向けてきた。

「どこか具合が悪いのですか?」
「だっ、だだ……大丈夫です! ちょちょ、ちょっと気分が悪いだけなのでっ」

うわあ、最悪だ。噛みまくってる。
いくら彼が遠くから眺めることしか出来ない特別な存在だったとは言え、ここまで緊張しなくてもいいだろうに。
ガチガチに強張ってしまった表情を何とかして解そうとしていると、ふっと柔らかく聖さんは微笑んだ。

「珍しく医務室の電気がついていたので来てみたのですが、どうやら正解だったようですね。まさか貴方と出会えるだなんて」
「え……? それってどういうことですか?」
「言葉通りの意味ですよ。実は私、前から貴方とお話してみたかったんです」
「ぼ、僕とですか!? どうして聖さんともあろう方が……っ」

そういえば先程、彼は僕の名前を呼んでいた気がする。
認知されるような特に目立った行動をした覚えはないはずなのに。
それとも僕が忘れているだけで、何かしてしまったのだろうか。
どうしようもない不安に駆られていると、聖さんは記憶を探っているのか若干その整った目を細めた。

「つい先日、オフィスで叫んでいましたよね」

聖さんの言葉に、背筋にひんやりとした汗が伝っていくのが分かった。
もしかして、もしかしなくても、アレなのか。
アレのことなのか……!!

「確か、今夜は寝かせな――」
「わぁああッ!! それは言わないで下さいぃいいッ」

僕は勢いよく聖さんに向かって腕を伸ばすと、彼の口を塞ぎにかかった。
いろいろな意味に捉えられる、いわゆる問題発言とやらを、まさか彼に聞かれているだなんてっ。
所属している課が違うからという理由で、すっかり安心していた自分が馬鹿すぎて泣けてくる。
彼の僕に対しての印象は強いようだし、もしかしたら他にもヘマしたところを見られているのかもしれない。
自らの行いを振り返って悔やんでいると、クスクスと聖さんの笑う声がした。

「笑わないで下さいっ。気にしてるんです! あの発言は僕にとって汚点なんですからッ」
「すみません。あのときの必死に否定している泉さんの姿を思い出してしまって……。凄く、可愛らしかったです。もちろん、それは今もですけれど」
「え、ぁ……はぁ。ありがとうございます?」

じっと見つめられながらの台詞に、僕は首を傾げながらお礼を言った。
おそらく聖さんのことだから素直に褒めてくれているのだろうけれど、正直、可愛いという表現はいただけない。
とは言え自分の容貌が格好いいと形容できるものではないことは分かっているので、文句は言わないけれど。

「ところで、泉さんは須永と一緒に仕事をされているのですよね?」
「はい。今から二週間後に控えたプレゼンテーションに向けて」
「彼の相手をするのは、大変ではありませんか?」

心配そうに表情を曇らせる聖さんに、僕はパチリと瞬きをした。
『須永』と敬称を略して呼び捨てにしている辺り、二人は知り合いなのだろう。
けれど――。

「須永さんが意地悪なこと、ご存知なんですか?」

てっきり僕に対してのみ須永は嫌味な態度を取ると思っていたので、彼がそれを知っていることは驚きだった。
聖さんに対しても、須永はあんなことをしているのだろうか……。
つい想像してしまった須永が聖さんの頬を引っ張るという絵図らは、奇妙過ぎて受け入れられない。

「そう仰るということは、やはり既に?」
「はい。からかわれまくってます。嗜虐心が、どうだとか」
「そうですか……。私は須永と昔から、何かと縁がありまして。彼がどういった人間なのかは、社内にいる誰よりも理解していると自負しています」

聖さんは僕の手をそっと握ると、真摯な眼差しを向けてきた。

「もう遅いかもしれませんが……。必要以上に近づかないよう、注意して下さい」
「仕事の都合で一緒にいるだけですから、心配なさらなくて結構ですよ?」
「仕事――そうですね。貴方がそのままの認識でいて下さることを願っています」

にっこりと人の良い笑みを残して、聖さんが医務室を出て行く。
もしかしたら、彼はあまり須永との仲が良くないのかもしれない。
互いに能力が高いもの同士だし、ライバル意識を持ってしまっているのだろう。
僕は聖さんの感触と温もりが残る手を見つめながら、何故だか無性に、須永に会いたくなっていた。




    TOP  BACK  NEXT


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル