6. 恋愛至上命令


課長曰く、会社の倉庫に置いてあるというプレゼンテーションに必要な機材を探すものの、一向に見つからない。
先程からやっていることと言えば、積み上げられている段ボール箱を開いては閉じての繰り返しだ。
いい加減この行為に辟易していると、背後に誰かが立つ気配がした。
おそらくオフィスに戻らない僕に痺れを切らした須永が、様子を見に来たのだろう。
その推測は正しかったらしく、すぐに彼の批難じみた声が聞こえてきた。

「何十分、そこでダンボールと戯れてるつもりなんだ?」
「戯れるって何ですか! 僕はこれでも必死に働いてますよ!!」

相変わらずな礼を欠いた発言に、くわっと目を見開いて背後を振り、そのまま硬直してしまう。
予想外にも、立っているのは須永だけではなかった。

「こんにちは、泉さん。お話するのは医務室で出会ったとき以来ですね」

――まさかの、聖さん登場。
僕は口をパクパクと餌を求める金魚のように動かした後、挨拶するべくして勢いよく頭を下げた。
須永相手に怒鳴っているところを見られるだなんて……!
またもや聖さんの前で失態を晒してしまったことに顔を青ざめさせるのだが、当の本人は全く気にしていないどころか、楽しそうに僕のことを見てきていた。

「ああ、やっぱり。泉さんはいつ見ても……」
「おい。それ以上、こいつに近づくんじゃねぇ」

僕の頬へと伸ばされた聖さんの手を、須永は躊躇なく叩き落した。
湿っぽい倉庫に、乾いた音が響く。
須永の行為にしばらく呆気に取られていた僕だったが、二人の顔を見比べて、顔中の筋肉が強張るのが分かった。

「……須永にそれを言う権利は、ないと思うのですが?」
「泉に触れていい権利、聖にはないはずだろ?」

柔らかく細められていたはずの聖さんの目には冷ややかな光が灯り、須永の口元には挑戦的な笑みが浮かべられている。
ピンと音が聞こえそうなほど強く張られた糸のように、空気が張り詰められていくのが分かった。
え? 何、この雰囲気……?
疑問に思うものの、美形同士の睨み合いは凄まじいまでの迫力があり、とてもではないが質問できるような状況ではない。
ここはやはり、ほとぼりが冷めるまで事の成り行きを見守っているべきなのか。

「納得いきませんね。今の言い方では、まるで貴方には泉さんに触れる権利があるかのようです」
「あるに決まってるだろ。なぁ、泉?」
「はい。……えッ!?」

須永があまりにも自信ありげに堂々と言い切るものだから、それが正しいことのように思えてつい頷いてしまったけれど、僕にはそんな権利を彼に与えた覚えはないし、それ以前にそんなものを誰かに与えることが必要だとも思えない。
毎度のことながら何を言っているのだろう、この宇宙人は。
訝しげな視線を須永に向けると、彼は少しだけ顔を傾けた。

「俺にキスされても、嫌がらなかったもんな?」
「――ッ!!」
「い、泉さん……?」

須永にいくら睨まれても全く動じなかった聖さんが目を見開いたのが分かったけれど、弁解するような心の余裕は僕になかった。
頭の中に鮮明に蘇る、出来る限り考えないようにしていた須永とのキスの記憶。
リアルに唇の感触を思い出してしまい、動悸が激しいものに変化するのが分かった。

「あっ、あれは……だって、唐突過ぎて……っ!」

あのとき抵抗したり文句を言ったりしなかったのは、ただ、須永の行動に驚いていたからだ。
――だから、嫌悪や怒りの感情が湧いてこなかったのか?
ふと思い浮かんだ疑問に口を噤んで須永を見上げれば、意思の強さが窺える彼の瞳に、思っている以上に情けない表情をした僕の顔が映っていた。

「なあ、泉? 前々から訊こうとは思っていたんだが……。お前、俺のこと――」
「そこまでにして頂けませんか。泉さんが困っているでしょう?」

聖さんは棘のある言い方で、須永の言葉を遮った。
須永の視線が僕から聖さんへと移ったことに、無意識のうちに胸を撫で下ろしてしまう。
……僕は何をそんなに緊張していたのだろうか。

「おい、聖! せっかく二人きりの世界に浸ってたのに、邪魔するんじゃねぇよ」
「何ですか、二人きりの世界というのは。そんなものはこの世に存在し得ません。まあどうしても貴方がこことは違う世界に行きたいというのなら、方法がなくはありませんけどね? 私は止めませんので、どうぞ、そこの窓から飛び降りて下さい」
「んなことしたら、一生戻って来れなくなるだろうが! 何階だと思ってんだよ、バカッ」

僕を間に挟んで激しい罵り合いを始める聖さんと須永に、深いため息が零れる。
温和に思えていた聖さんが、粗暴な須永とまさか対等に言い合いをするだなんて。
人間性的には対極な位置にいると思われていた二人だけれど、どうやら奥深いところでは同じだったようだ。
遠まわしに辛辣な嫌味を言うか、ズバッと嫌味を言うかという、違いはあるけれど。




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