7. 恋心至上命令
「もうちょっと、笑顔でやった方がいいかもな。緊張して表情が硬くなるのは分かるが、こういうのはあくまでも自然にやらねぇと。あと、席にいるヤツらの目を見るのを忘れるな。じゃないと説得力に欠けるからな」
「……難しい、ですね」
プレゼンテーションの予行演習をし終えた僕は、見ていてもらった須永からの指摘に眉を下げた。
人前で話すことが苦手というわけではないけれど、作り笑いを浮かべるのはどうにも苦手だった。
強張った頬に手を当てて項垂れていると、須永が元気付けるように頭を撫でてきた。
「まあ、まだ時間はあるからな。何回も繰り返し練習してれば、身振り手振りなんかも楽に交えられるようになるって」
「だと良いんですけど」
「安心しろ。当日には俺が出来る限り、フォロー入れてやる。……しっかし、こうも練習しっぱなしだと流石に疲れるな」
凝ってしまったのか首をコキコキと鳴らす須永に、僕は内心でのみ同意しながら腕時計に視線を落とした。
予行演習をし始めて、かれこれ四時間ほどが経っている。
チラリと廊下を見れば、弁当を片手に駆けていく女性社員の姿があった。
いつの間にか、昼休みを迎えていたらしい。
「俺らもそろそろ、飯にしようぜ? 俺はこのままここで弁当食うつもりだけど、泉は? 食堂か?」
「僕もお弁当です」
「んじゃ、一緒に食うか」
人懐っこい笑顔を浮かべて、須永は鞄から弁当を取り出すと椅子に座った。
僕は誘われるがままに隣の席に腰を下ろし、湯気が立つ糖度高めのコーヒーを飲む。
嫌いなはずのコーヒーだけれど、須永が淹れてくれた場合のみ、すんなりと飲むことが出来ていた。
どうしてなのか原因について考え始めた頃、須永が不意に口を開いた。
「泉は俺と初めて出会ったときのこと、覚えてるか?」
「……何を仰っているんですか、貴方は」
美味しそうに玉子焼きを食べている須永を、僕は怪訝な気持ちでまじまじと見つめた。
こうしていると須永とは長年の付き合いがあるような錯覚に陥るが、実際のところ、出会ってからそれほど月日が経っているわけではない。
せいぜい一ヶ月がいいところだ。
僕が一方的に憧れていただけの時期を含めるとするならば、もっと長くなるだろうけれど――。
「ちゃんと、覚えていますよ。いきなり仕事を押し付けられるのなんて初めてで、衝撃的でしたから」
――忘れられるはずがないのだ。
屹然と仕事に臨む、その姿勢。張りのある、凛と響く声。心の奥底を射抜くような、鋭い眼差し。
須永の誇る高い名声が、上辺だけの薄っぺらい賛辞によるものではないことを、否応なしに肌で強烈に感じさせられた。
すぐに、とんでもない我侭発言に閉口させられたけれど。
「……やっぱ、覚えてねぇか」
ポツリと呟かれた言葉に、僕は持っていた箸を机に落としてしまった。
この宇宙人は僕の話を果たして聞いていたのだろうか。
電波障害でもあったのかと問い詰めたいところだったが、僕は黙って箸を拾うと、コーヒーを啜った。
「初めてだったんだよな。話しかけて、無視されたの。だから俺は覚えてるんだけど……」
「ま、待ってください。弁解させて頂きますけど、僕は貴方を無視したことはありません!」
全否定すると、須永はどこか寂しそうに微笑んで見せた。
「かなり前のことだからな。覚えてなくても、仕方ねぇよ」
「仕方ないの一言で済まされては困ります。そんなに昔に貴方との面識は、絶対にないはずです。人違いではありませんか?」
「人違いなわけがない。あれは、お前だ」
言い切る須永の表情は確信に満ちており、力強ささえ感じられる。
ただの勘違い、というわけではなさそうだ。
けれど当の僕には全く記憶がないわけで、困惑するほかなかった。