13. 幼き日の約束の証
俺は辰巳の数学の問題に対する解説を聞きながら、しきりに感心していた。
予想外にも、彼は説明が上手だった。
あまりの分かりやすさに半ば茫然となって辰巳の顔を見つめていると、彼は俺が聞いていないと思ったらしく眉を顰めた。
「お前さー。人の顔ばっかジロジロ見てんじゃねーよ。わざわざ図まで描いて説明してんだから!」
「あ、ごめん。何か……辰巳って凄いな」
「はぁー? 今更何言ってるんだよ。分かりきってたことだろーが」
ふんぞり返って言う彼に、俺はため息をついた。
辰巳は顔も頭も良く、何気に器用で家庭的だ。
これで性格が良かったら最高なんだろうけど……。
「んだよ、文句あんのかよ」
ジロッと辰巳は睨みつけてきた。
どうして彼はこんなにも偉そうなんだろう。
もったいない。
……いやむしろ、逸材だからこそなんだろうか。
「辰巳さー。もうちょっとだけ、性格良くならないか?」
「お前……。自分がどんだけ辛辣なセリフ言ってるか自覚あんのか?」
「え? 傷ついちゃった?」
「別に。言われなれてるからな。兄貴は優しいのに、どーしてお前は……ってな感じでさ」
辰巳は何てことないよう笑って、両肩を竦めた。
双子だからこそ、一般的な兄弟よりも比較されることが多いんだろう。
そしてその結果、いつも自分は兄よりも劣っているとみなされる。
―――傷ついていないはずが、ないじゃないか。
「ご、ごめん……っ。俺、軽率なこと言ったよな…」
「お前が軽率なのは今に始まったことじゃねーだろ」
「それは、俺に対するフォローのつもりなのかっ」
「悪かったなぁ、慰めるのが下手クソでー。……はぁ。結局お前も、俺より兄貴の方が良いってクチかよ」
「そんなことない!!」
ぼそっと囁かれた辰巳の言葉に、俺はほぼ反射的に言い返していた。
辰巳はそんな俺を、驚いたように目を大きく広げて見ている。
「……睦月?」
「あ、あれ? 俺……」
どうして力一杯、否定したんだろう。
だって俺は実際に、矢野先輩の方が好きなんじゃないのか……?
何か、可笑しい。
胸の中のわだかまりや疑問に不快感を覚えるものの、辰巳の顔を見た瞬間に、それらは全て霧散していった。
「さんきゅー」
辰巳は目元を微かに赤らめて、嬉しそうに微笑んでいた。
それは矢野先輩にも劣らない程の、柔らかく温かなもの。
こんな表情を辰巳が見せるだなんて想像もしていなかった俺は、思わず視線を逸らしてしまった。
何で、そんな顔をするんだ…っ。
だって俺、そんなに喜ばせるようなこと言ってないだろ!?
「――っ……」
「睦月? どーかしたのか?」
「な、んでも…ない。何でもないからッ」
ドキン、ドキン、ドキン。
聞こえてくる音色は、どういう意味を持ったものなんだろう。
俺は気持ちを落ち着かせるべく、洋服の上からそっとネックレスを押さえた。
その状態のまま深呼吸をすると、早鐘を打っていた心臓は次第にゆっくりとしたものに変わっていった。
「……ふぅ。なぁ、辰巳。俺さ、ちょっとお腹減っちゃった。何か作ってくれないか?」
「何で俺が?」
「だってここ、辰巳の家だし。それとも俺が料理しちゃっていいわけ?」
前回俺が家に来て家事を手伝ったときのことを、辰巳は思い出したんだろう。
彼は顔を青ざめさせると、いそいそと立ち上がってキッチンへ歩いていった。
望み通りの行動をされたものの、これはこれで何だか癪に障る。
そんなに俺って、不器用なのかな……。
「ホットケーキでもいいかー?」
「いいよーっ。俺、甘いもの好きだから!」
キッチンからの質問に俺は答えを返すと、お気に入りのソファーへ寝転んだ。
辰巳相手にドキドキしちゃったりするのは、きっと矢野先輩と、顔が同じだからなんだ。
ただ――それだけだ。