17. 幼き日の約束の証


矢野先輩に言われた通りに、俺は昼休み、校舎の屋上に来ていた。
まだ暖かいといえるような時期には程遠いのに、こんなところで眠れるという辰巳には脱帽するしかない。
彼の姿を捜しながら歩いていると、背後でドアの開く気配がした。

「……睦月?」
「あ、た……辰巳」

振り返った先には、きょとん、と目を丸くした辰巳が立っていた。
どうやら俺は、彼よりも先に屋上に来てしまっていたらしい。
辰巳はどことなく気まずそうに俺から視線を逸らすと、片手で開きっぱなしのドアを閉めた。

「何してんだよ、こんなとこで」
「辰巳に……会いに来たんだ」
「俺に?」

微かに眉を寄せると、辰巳は俺に近づいてきた。
距離が縮まったことで、ただでさえ早まっていた鼓動が、より激しいものへと変わっていく。

「何か用でもあるのか?」
「いや、用はないんだけど。ただ、話がしたいなって思ってさ」
「……睦月。頭、大丈夫かー?」
「お、俺だって変だと思ってるよ! でも、どうしても辰巳と会いたかったんだから仕方ないだろっ。最近ろくに話も出来てないし。……さ、寂しかったのに。辰巳はそうじゃないんだな! 俺なんかと話せなくたって、何とも思わないんだなッ」

俺は言いたいことだけ言うと、屋上から姿を消すべくドアへ向かって駆け出した。
ところが、辰巳の横を通り過ぎたところで、彼にガシッと腕を掴まれてしまう。

「は、離せよ!?」
「っとに、何でお前はそーやって暴走するんだ」
「黙れ! 俺は……ッ」
「いればいいだろ。――俺の傍に」

屋上に、ではなく。
俺の傍に、だったことに。
カァアッと頬が熱くなるのを感じた。
辰巳も気恥ずかしそうにそっぽを向いていて、それが余計に可笑しな気分にさせてくる。

「……ぁ、う…」
「情けない声出すんじゃねーよ。ほら、座ったらどうなんだ?」
「あ、ああ」

辰巳と一緒に、コンクリート製の硬い床に腰を下ろす。
そのまま俺と辰巳は互いに黙り込み、口を開くことはしなかった。
長い長い、沈黙。
けれどそれは決して居心地の悪いものじゃなくて、どこか満たされるような、心地よい静寂だった。
確実にいつもより早い鼓動音に戸惑いつつ、そっとネックレスに触れる。
――矢野先輩。
今は辰巳と一緒にいるのに、どうしてこんなにも緊張しちゃうのか、分からないよ……。

「なぁ、睦月。お前は俺が嫌いになったんじゃなかったのか?」
「え? な、何で?」

唐突な問いかけに隣を見れば、辰巳は僅かに表情を曇らせていた。

「最近、俺のこと避けてただろ? 分からない数学の問題も、質問に来ねーし」
「ご、ごめん。――っていうか、辰巳の方こそ俺のこと、嫌いなんじゃないのか?」
「はぁ!? いつ、誰がんなこと言ったんだよッ」
「え? だっていつも、俺を馬鹿馬鹿言ってきてさ……」
「あ、あのなーっ。睦月はそんなことばっか言ってるから、俺に馬鹿扱いされるんだ!!」

辰巳は頭が痛そうに顔をしかめると、眉間を揉んだ。
それから、ため息混じりに俺を見やってくる。

「馬鹿にも二つのタイプがいるの、知ってるか?」
「……そんなこと知るわけないだろ」
「だったら教えてやるから覚えとけ。この世には愛せない馬鹿と、愛すべき馬鹿ってのがいるんだよ。さーて、睦月は俺にとってどっちの馬鹿に属するんだろうなー?」

辰巳はポケットからガムを取り出すと、俺に放り投げてきた。
やっぱりそれは、キシリトールガムだった。
よっぽど好きらしいな。

「食えよ。やるから」

辰巳はぶっきらぼうに言うと、美味しそうにガムを食べ始めた。
俺も彼に続いて、口にガムを放り込む。
俺が辰巳にとって、どちらの馬鹿に属するのか……それは聞かなくても、分かることだった。
だって辰巳が俺に寄越したガムの味は、彼が好んでよく食べていたマスカット味じゃなくって。

「俺の好み、覚えててくれたんだな」
「……さー? なんのことやら」


俺の大好きな、アップル味だったんだから。




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