20. 幼き日の約束の証
昨日矢野先輩と話せたおかげなのか、気分がだいぶ楽になっていた。
それでも翳っていることは確かなわけで、教室の窓際でぼーっとしていると、佐伯が心配そうに話しかけてきた。
「睦月。俺……のせいだよな。お前が暗いのって。ごめんな、本当に」
「仕方ないって。佐伯は辰巳の存在を知らなかったんだから。それより、相談に乗って欲しいんだ。俺、矢野先輩が好きだっ…」
「え? 辰巳さんじゃないのか?」
佐伯の言葉に、過去形へと続けようとしていた口を噤んでしまう。
え、何これ?
佐伯に俺の好きな奴が辰巳に変わったこと、バレてる……!?
「どうしたんだよ? 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して」
「な、何で知ってるんだよ!? だって俺、お前に辰巳が好きだなんて一言も……!」
「何年の付き合いだと思ってるんだよ、俺とお前。すぐに分かるさ。目の動きとか、声の張り具合だとか、いろいろなところでさ。っていうかあの状況を見て、気づかない馬鹿はいないだろ?」
呆れたように俺を見てくる佐伯に、ちょっとだけ拗ねた気持ちになる。
結局のところ、俺の気持ちに気づけていなかったのは、俺だけだったということか……。
自分が鈍いことを強く認識させられ、落ち込んでしまいそうだ。
「矢野先輩といい、佐伯といい、人の心を察知するの上手すぎるだろ〜」
「睦月が極端に下手なだけだよ。……それで、これからどうするつもりなんだ?」
俺は佐伯の言葉に黙り込み、ネックレスに力なく視線を落とす。
辰巳が好きだということは十分過ぎるほど分かっているのに、告白を決意できないのはきっと、これのせいだ。
もはや無意味なものだと理解しつつも、これを貰うと同時に結んだ約束が、忘れられない。
矢野先輩は俺を愛していないし、俺だってもう、彼を愛してはいないのに……。
「――過去に引きずられるなよ」
佐伯のやけに的をついてきた、凛とした声に視線をあげる。
彼は俺の胸元にあるネックレスを、苦々しい表情で見ていた。
「辰巳さんを好きだとすぐに気づけなかった要因は何だ? 考えてみろ。……そのネックレス。約束、だろ? 矢野先輩は過去に愛した人だから、また自分は好きになる。そんな思い込みが本当の気持ちを隠してたんじゃないのか」
「……ああ」
「それが間違いだったって、気づけたんだから。繰り返すな。今好きなのは誰だ。辰巳さんだろ? 過去のことなんて関係ない。今と、これからを見ろ」
真剣な眼差しを向けてくる佐伯に、俺は喉を鳴らした。
自分の気持ちにさえろくに気づけないような俺だけど、こうして、導いてくれる人がいる。
背中を押してくれる人がいる。
「佐伯。俺、明日になったら辰巳に会いに行ってみる。許してもらえるのか、信じてもらえるのか……分からないけど。それでも自分の気持ち、ちゃんと伝えてみせるから」
支えてくれる佐伯と矢野先輩の気持ちに、応えたいと思った。
――最高のカタチで。