5. 幼き日の約束の証
放課後の人気がない教室で、俺は自動販売機より購入したレモンティーを、ちびちびと時間をかけて飲んでいた。
矢野先輩との距離を、もっともっと縮めたい。
それも劇的に。
そのためには一体どうしたらいいのか――先程から考え続けているものの、一向に良案は浮かばない。
「あぁーっ、もぉ!!」
空になってしまったペットボトルをゴミ箱に投げ入れると、俺は苛立ちを露に廊下へ出た。
そうして目に入った見知った姿に、小さく息を呑む。
矢野先輩が、こっちに向かって歩いてきていたんだ。
「や、矢野せんぱ」
「ざんねーん。俺は辰巳の方」
飄々とした表情で言われて、俺は地団太を踏んだ。
あの日以来、辰巳とは頻繁に顔を見合わせているものの、未だに彼と矢野先輩の見分けが俺にはついていない。
こうやって辰巳相手に胸をときめかせてしまうのは、何回目だろうか。
「だぁーっ、もう! 紛らわしいんだよ!! 辰巳、顔を変えろッ」
「出来るワケがねぇだろうが、そんなことっ。自分が判断出来ないからって、俺に当たんなよ!」
辰巳は不機嫌そうに言うと、ポケットからガムを取り出して口の中に放り込んだ。
何度か会っていて分かったけれど、どうにも彼は苛立つとガムを食べる傾向があるらしい。
「いいなー。俺も欲しい」
「……あのな。上級生相手に菓子をたかるな」
「辰巳って上級生って感じがしないんだから、仕方ないだろ。矢野先輩が大人びてるから、余計に辰巳が子供っぽく思えるのかもしれないけど」
「お前、ほんっとうに嫌な奴だな」
心底嫌そうに、辰巳にガムを投げつけられる。
俺はそれを何とか落とさずに受け取ると、包みを開けて口内に入れた。
キシリトールガムのようで、口から鼻にかけて爽快感が広がっていく。
「ん〜、マスカット味か…。俺、アップル味の方が好きだなー」
「貰っといて贅沢言うな!」
「怒鳴らなくたっていいだろ。……あ、そうだ。辰巳って矢野先輩と双子なんだし、誕生日って同じだよな?」
「は? まぁ、そうだけど」
怪訝そうに眉を寄せた辰巳の顔を凝視する。
辰巳から矢野先輩の誕生日を聞きだして、密かにプレゼントを用意しておいて当日に渡せたのなら、かなり好感度アップが狙えるんじゃないか?
よし、このテでいこう!
「なぁ、辰巳。誕生日いつだ?」
「何で睦月に教えてやらないといけねーんだよ」
「いいじゃーん。ガムをともに食べるような仲だろ?」
「ガムを奪うのと奪われるような仲だろうが。そんな奴に教えてやる義理なんざねーな」
ふいっと顔を背けて立ち去ろうとする辰巳の制服を、むんずっと掴む。
ここで逃げられるわけにはいかない。
矢野先輩と俺の輝かしい未来のためにも、彼には協力してもらわなければ……!
「ってめ、何すんだよ!?」
「辰巳ー。意地悪しないでってば。ただ誕生日プレゼントをあげたいだけだから!」
「ハァ? 俺にか?」
「え…? ……う、うん。そうそう。辰巳にね、あげようと思って。そういうわけだから教えてくれ!」
本当は矢野先輩にあげたいだけなんだけど、と胸中で呟く。
辰巳はしばらく俺の顔を見つめると、微かに眉間のしわを和らげた。
「……分かった。教えてやるよ」
「本当か!?」
「ああ。ただ先に言っておく。俺は3000円以下の物は受け取らない主義だ」
「はぁ!?」
「誕生日は明日だから。それじゃーな」
辰巳はひらひらと片手を振りながら、歩いて行ってしまった。
俺はそんな彼の背中を、口をパクパクさせながら見つめるしかなかった。
3000円より値が張る物を、明日までに買えっていうのか!?
「そ、そんなに金出せるかバカヤローっ」
俺は財布の中身を覗いて、ぎゅっと唇を噛締めた。
矢野先輩のプレゼントを買うための出費だけでも厳しいのに、まさか辰巳の物まで買うことになるなんて……。