8. 幼き日の約束の証
夕焼けに照らされた公園の遊具は、長く影を引いていた。
その影に隠れるように、俺は地面に蹲っている。
女々しいとは自分でも思うけれど、目頭が熱くて堪らなかった。
自分なりに一生懸命、矢野先輩に好きになってもらえるよう考えていたのに――その気持ちを、踏み躙られた。
「何で、こうなるんだよ……!」
矢野先輩には、絶対に呆れられてしまった。
誕生日という特別な日を、間違って祝ってしまったんだから。
憤りに奥歯を強く噛締めていると、ジャリッと砂を踏む音が耳に届いてきた。
辺りに誰もいないせいか、小さな音でもひどく大きく感じられる。
背後からゆっくりと近づいてきた、長く細い影が俺の影と重なった。
「ばぁーか。こんなとこで何してんだよ。学校、早退までしやがって」
俺が苦しんでいる原因を作った人物である辰巳が、いつもの軽口で話しかけてくる。
それは俺の感情を逆なでするだけだった。
意地でも反応するまいと無視をし続けていると、辰巳の手が、俺の腕を掴んだ。
「こっち向けよ」
「やめっ……。離せよ!」
ぐいっと無理やり引っ張られ、立ち上がらせられる。
その拍子に涙の粒が宙を待って、夕焼けの光を反射した。
「泣いてたのか? これくらいのことで……」
「っ…るさい。うるさい、うるさい! お前のせいだろ!?」
「悪かったよ。本気にするなんて、思ってなかったんだ」
「黙れッ。いいからどこか行け! 俺の前から消えろッ」
俺は辰巳を突き飛ばすと、その場に再び蹲った。
独りにして欲しかった。
俺のその気持ちは、辰巳だって感じ取っているはずだ。
それなのに彼は傍から離れていこうとはせず、それどころか俺のことを抱え上げたじゃないか。
「ちょ…!? は、離せ!」
「暴れるなよ。悪いことはしねーってば」
「嫌だ、嫌だぁっ!」
いわゆるお姫様抱っこが恥ずかしくてジタバタと抵抗するんだけど、辰巳は意に介す様子もなく、軽やかな足取りで歩を進める。
「ど、どこに行くつもりなんだよ!?」
「俺の家。睦月さ、自分がどれだけ冷えてるか自覚あるか? こんなとこにい続けるなんて、馬鹿にも程があるだろ」
「何度も言ってると思うけどな…。これは、お前のせいだろうが!!」
「分かってるっつーの。だからこそ、家に連れて帰るんじゃねぇか。風呂沸かしてやるから」
「別にいい! 大体、辰巳の家には…っ」
矢野先輩がいるじゃないか。
今はまだ、会いたくない……!
俺の言いたいことが伝わったんだろう、辰巳は僅かに目を細めた。
「勘違いしてるようだから、説明させてもらうけど。俺は兄貴と違って学生寮で生活してるからな? 出会うことはありえねーよ」
「え…?」
「だから安心しろ。それに流石に、情けない泣きっ面のまま自分の家に帰るわけにはいかねーだろ?」
辰巳の言葉に反感を覚えるものの、事実のため言い返すことが出来ない。
長時間泣いていた自分がいかに腑抜けた顔をしているのかは、よく分かっていたから。
こんな顔、確かに家族には見せられない……。
「とりあえず、気持ちが落ち着くまでは俺の家で過ごせよ。文句ならいくらでも聞いてやるから。……都合がいいことに、明日は休日だしな。いっそ泊まってけ」
「……何なんだよ、その態度の変化は。辰巳が優しいと気持ち悪いっ」
「あのなぁーっ。今のお前の様子を見たら、誰だってそうなるっつーの!」
「どんなに捻くれた人間でも?」
「ああ、そーだよ。どんなに性格が悪い根性捻じ曲がったような奴でも優しくなるっての。つーか誰のこと言ってんだテメェはッ!」
ねめつけてくる辰巳に、自然と笑みが零れた。
何だろうな。
ついさっきまで嫌いで嫌いで堪らなかったはずなのに、今は彼と話すことに全然抵抗を覚えない。
刺すような胸の痛みもなくなっているし。
もしかしなくっても、辰巳に元気付けられた……?
「何だよ、人の顔じっと見つめて。相変わらず薄気味悪い奴だな」
「常に気味悪いみたいな言い方するのやめろよな!!」
「耳元で怒鳴るな!」
「辰巳の方こそ俺の耳元で怒鳴らないでもらえませんかー!?」
「俺はいいんだよ、俺はッ」
辰巳の俺様的発言は本来なら腹立たしいものなんだろう。
けれど何故だか、今はそれほど癪に障ったりはしなかった。
辰巳の俺を見る眼差しが、鋭いながらも労わるような、どこか温かいものだったからだろうか……。