14. 心音
「ほら、譲。ここが会場だぜ?」
「うわぁ…っ」
煌びやかな装飾に、俺は感嘆の声を漏らした。
滝本に連れられてやってきたパーティ会場は、それはもう豪華なところだった。
入り口には赤絨毯が引かれていたし、中は広いし、電気だってただの電球じゃない。
シャンデリアときた。
白いテーブルクロスの上には、見たことのないような料理が並べられていて、俺はあまりの豪華さに眩暈さえ覚えた。
「滝本っ、こんなパーティって本当にあるんだなぁ…っ」
興奮気味に言うと、滝本は俺に背を向けた。
「たき、もと…?」
「悪いけど、好き勝手飯食っててくれ。ちょっと俺、行って来る」
「え…?」
滝本は俺を残して、会場の奥の方へと行ってしまった。
そこにはスーツ姿の男性や、ドレス姿の女性が立っていた。
仕事仲間、ということだろうか。
辺りへと視線をやると、笑顔で話をしているのだけれど、目が怖いくらいに真剣な人たちが多いことに気がつく。
やっぱり、ただ楽しむためだけのパーティというわけではなさそうだな。
こういうところで自分のデザインを、いわゆる上流階級の人間に売り込んだりするのだろう。
俺には全く関係のない話だな。
…だからこそ、不安だった。
ここにいるのは仕事をしにきている人たちだけだ。
それも、常に信じられない額を稼いでいるような。
俺とは全く違う人たちが、このパーティには参加しているんだ…。
周囲から浮いているだろうことがすごく恥ずかしくて、でも、どうしようもなくて。
滝本が傍にいてくれたら、きっとこんな気持ちにならなくて済むのに。
会話をする人が全くいない中に、ポツンと取り残されるのは苦痛でしかなかった。
「あーあ…」
不貞腐れた気持ちのまま、滝本を見る。
スーツを恐ろしいくらいに完璧に着こなしているその姿は、遠目から見てもやっぱり格好良い。
隣にいる美しい女性と、綺麗な顔立ちの滝本は本当に釣り合っていて。
それにただの仕事仲間というわりには、すごく親しげで。
何だか、つまらなかった。
…あれ、そういえば。
静江の仕事って、デザイン関係のものじゃなかったっけか?
そうだ、何で忘れていたんだろう。
彼女もこういう集まりに出かけたりしていたじゃないか。
じゃあ、そのときに滝本と親しくなったりしたのだろうか。
滝本は彼女が欲求不満そうだったから、抱いたと言った。
だったら、もしかして今日も…。
求められたら、その人を抱いちゃうの?
今親しげにしている人と、寝てしまうの?
胸の奥がチクリと痛む。
そんなことは滝本の自由のはずなのに、ひどく嫌な気分になっていた。
「どうかしたんですか?」
「え…?」
肩に手を置かれて顔を上げると、見知らぬ男性がいた。
ワインを片手に佇む姿は、やはりここにいる人達同様、絵になっていた。
「えっと…?」
「いや、暗い顔していたから、ちょっと心配で…。初めて会いますよね。滝本さんと来ていたようだけど…新人デザイナーですか? それとも、マネージャーの方ですか?」
「あぁ、そういう仕事してるわけじゃなくって。ただ、一緒に来いって言われたから来ただけで…」
男性は俺の言葉に驚いたようだった。
「滝本さんが仕事場に関係者以外を連れてくるなんて…」
「そう、そうそう! 俺って関係者じゃないんだよな! それなのに無理やり連れてこられて…。そのくせ、滝本は」
「相手をしてくれないと?」
「…っ」
一緒にいてくれればいいのに。
ただでさえ、俺は場違いだっていうのに。
どうして他の人間のところに行ってしまうんだよ…。
仕事のためだと分かっていても、どうしても、許すことが出来ない。
「…飲みませんか?」
「え?」
男性はテーブルに乗っているワイングラスにぶどう酒を注いで、俺に手渡してきた。
「せっかく来たんですから、楽しまなくては損ですよ?」
「ね?」と微笑む男性に勧められるがままに、俺はワインを口にした。
本来なら香りを楽しみながら、少しずつ飲んでいくものなのだろう。
けれど気が立っていた俺は、グラスの中のワインを一気に飲み干した。
「すごい…。豪快ですね」
「うぅ〜っ。滝本なんて、大嫌いだぁ…っ」
「もっと飲みますか?」
「お願いします!」
こうなったら、ヤケだヤケ!!
俺は何杯も何杯もおかわりを要求した。
その度に男性がグラスに様々な酒を入れてくれる。
それこそ果実酒類からウイスキー類、リキュール類、高濃度のスピリッツ類まで。
頭がグラグラしてやけに身体が熱いのは、怒っているからというだけではないのだろう。
これ以上飲んだらさすがに危険だと思ったらしく、男性は酒をグラスに注いでくれなくなった。
「だ、大丈夫ですか…?」
「ふぇ…う、ぅ」
「医務室、行きましょうか?」
足元が覚束ない俺に、男性は肩を貸してくれた。
「医務室〜?」
「はい。こういうときのために、用意されているんですよ。さ、行きましょう?」
「ん…」
男性と一緒に会場を出ようとしたときだった。
「譲!」と滝本の声が聞こえたのだ。
振り返れば怒りの形相の滝本が、こちらへと駆けてきているところだった。
耳元で、チッと舌打ちをする音が聞こえた。
驚いて視線を男性へと向ければ、彼は俺に見せていたものとは違う険しい顔つきをしていた。
けれどそれはすぐに、柔和なものへと変わる。
「こんばんは、滝本さん。貴方のお連れの方が酔い潰れてしまったようなので、医務室にこれから連れて行くところなんです」
「…それは、どうも。そいつは俺が連れて行くから、向こうでパーティを楽しんでいてくれてていいぞ」
男性は苦々しそうに顔を歪めた後、俺から離れていった。
支えがなくなって倒れかけた俺の身体を、滝本が優しく抱きとめる。
「…た、きもとぉ…」
「ベロベロになるまで飲むなんて、馬鹿じゃねぇのか」
「っ…滝本が、悪いんじゃんかっ。俺のこと、全然相手してくれない…しぃ」
涙ぐみながら言うと滝本は意表を突かれたように目を丸くした。
それから、口元を綻ばせた。
「そっか、悪かったな。…寂しい思いさせたな」
「んぅ…っ」
滝本の胸に顔を押し付けながら頷くと、彼は俺の頭を優しく撫でてくれた。
こうしていると、気持ちが穏やかになっていく。
俺は滝本に抱きつきながら、ぐすっと鼻をすすった。