17. 心音
夕食を終え、皿洗いをしているとインターホンが鳴った。
慌てて手を洗って玄関へと行くと、そこには既に滝本がいた。
それと、見知らぬ女性も。
肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪に、白い肌に際立つ真っ赤なルージュ。
整った顔立ちをしていたので見惚れていると、力強い光を湛えた瞳がこちらへと向けられた。
たじろいでいると、女性にビシッと指を突きつけられた。
「誠二、誰よこれ?」
「あ〜…? 誰だっていいだろ」
「よくないわよ!」
甲高い声を上げると、女性は俺の胸倉を掴みにかかった。
顔を思いきり近づけられて、睨まれる。
綺麗なぶん凄まれると迫力があって、俺は視線を逸らしてしまった。
「…ふんっ、勝ったわね」
「何が勝っただコラ。譲から離れろっ」
「うるっさいわねぇー! 何でアンタの家は来るたびに知らない奴がいるのよぉっ」
「そんなの知るかっ。お前のタイミングが悪いだけだろ!」
「アンタがとっかえひっかえしてるのが悪いんじゃないっ!」
「お前に言われたくねぇっ!!」
言い合っている二人を呆然と見ていると、滝本がこちらを向いた。
「譲っ、こいつは口が悪いが性格も悪いからな!!」
「性格もって何よ!?」
「事実だろっ。てか何の用なんだよ!」
滝本の言葉に女性の動きが止まる。
両肩の力が見る見るうちに抜けていったかと思えば、床にヘタリと座り込んでしまった。
表情は暗く、先程までの勝ち気な様子が嘘のようだ。
俺と滝本は女性のあまりの変わりっぷりに顔を見合わせた。
それから、滝本はそっと女性の肩に手を触れさせた。
「ど、どうした…?」
「相談したい…ことがあって…」
「相談? 俺にか?」
「アンタくらいしか相談出来る奴がいないのよぉ…っ」
今にも泣き出しそうな声に、俺はオロオロとするしかなかった。
きっとこの人、いつもはさっきみたいに強気でいるんだ。
だからこそ、自分の周囲には弱音を吐くところを見られたくないのだろう。
でも…滝本には、見せても大丈夫。
そう思えるほど、親しい間柄なのか…?
滝本は女性の肩を抱きながら立ち上がらせると、ため息をついた。
「ったく、しょうがないな〜。譲、ちょっとコイツ家に上げるけど…」
「あっ…ああ、それは構わないけど…大丈夫なの、その人」
「平気だろ…。愚痴言うだけ言えばきっと元通りになるって」
滝本は苦笑いしながら、女性と一緒にリビングへと入っていった。
一体どういう仲なのか、聞きそびれちゃったな…。
女性が家にやって来て二時間あまりが経った頃だった。
リビングから二人が出てきたのだ。
女性の表情は晴れやかで、悩み事は解決したらしいことが伺えた。
「いやぁ〜っ、助かっちゃったわ。人に話を聞いてもらうだけでも、楽になるものなのねー」
快活とした口調で言うと、女性は俺に目を向けた。
やっぱりその瞳は力強いわけで、再び視線を逸らしてしまいそうになるのを必死で堪える。
すると女性は微かにだけど笑って見せた。
「うんうん。人の目はそうやって、真っ直ぐに見つめ返すものよね」
「お前がすぐに目を逸らされるのは、睨みつけるからだろ」
「うっさいわねぇっ! 睨みつけてなんてないわよ、生まれつきこうなのっ。それなのにみんな…っ」
「はいはい、その話はさっき散々聞きましたよ。時間にして二時間程」
「くぅーっ、憎いったらないわ! …ところで、誠二。頼みがあるんだけど、いいかしら」
「まだあるのか…?」
「今日、泊めてほしいのよ。久しぶりに一緒に寝ましょう?」
俺は微かに眉を寄せた。
久しぶりに?
一緒に?
やっぱりこの二人はそういう間柄だったのか?
「いや…でも…それはちょっと」
滝本の視線が俺に向けられていることに気がつく。
俺が…いるから。
だから一緒に寝られないって、泊められないって、そういうことか?
俺ってもしかしなくっても、邪魔者?
…そりゃ、そうだよな。
この家にベッドは一つしかないし。
それに他に人がいると知っていながら、抱き合うのは気が引けるだろうし。
「…いいよ、俺のこと気にしなくっても。どこかのホテルで寝るし」
「悪いな、譲」
「…え?」
「え…って、何だよ?」
怪訝そうに眉を寄せた滝本の顔を凝視する。
まさか、頷かれるだなんて思ってなかったんだ。
そんなことさせられるわけがない、って。
そう言ってもらえるんだとばかり思っていた。
なんだか、ショックだった。
何よりもこんなことで衝撃を受けている自分がいることに、驚いていた。