3. 心音


「おはよ、よく眠れたか?」
「………」

リビングで煙草を銜えながらテレビを見ている滝本に、俺は自らの目を疑った。
何で、何で滝本が俺の家にいるんだろう…。
目は覚めたんだとばかり思っていたけど、実はまだ夢の中にいるんだろうか。

「おい、コミュニケーションの基本は挨拶からだぜ。それを無視するとはどういう教育受けて…」
「待って! 状況が飲み込めないんだ。何でお前がここにいる…?」

俺の問いかけに滝本は目を丸くし、それから困ったように眉根を寄せた。

「何だよ。もしかして、な〜んも覚えてないわけ?」
「え…?」
「昨日のコトだよ。気持ち良かったんじゃなかったのか?」

気持ち良かった…?
昨日…?
昨日、俺は滝本と…。

「あっ、ぁあああッ!!」

玄関先でキスされた挙句、俺はこいつにイかされたんだった!
思い出した途端、カァッと頬が熱くなった。

「よかった、思い出したか。俺だけ覚えててお前が忘れてるとか、ちょーっと悲しいからな」
「いやいやいや! 悲しいとかそういう問題じゃないだろ! っていうかお前…な、何考えてたんだよ!?」

あのときは突然すぎてよく考えられなかったけど、どう考えたってあの流れはありえないだろう!
そう思って滝本に詰め寄ると、彼はスーッと煙草を吸った。
それから、俺に紙袋を手渡してきた。

「何だ、これ?」
「おすそわけの品。まだ中身見てないだろ?」
「あ…ああ、そうか」

そういえばこいつはこれを俺に渡しに来たんだったよな。
俺は紙袋の中をそっと覗き見て、口をあんぐりと開けてしまった。

「おもしれぇ顔ー」
「たっ、たたた…滝本ぉお!!」

俺は中身…もとい大人の玩具を彼に向かって投げつけた。

「何だよこれ!?」
「何って、オナホー…」
「言わなくってもいい! 俺が聞いてるのは商品名とかじゃなくって…。何でそんなものをおすそわけとして持ってくるんだよってことだ!」

ご近所さんから貰うおすそわけが一人エッチするための道具だなんて、聞いたことないぞ!
俺が顔を真っ赤にしながら怒る様子を、滝本は実に面白そうに見てきていた。
一体何がしたいんだこいつは…!

「いやぁ、俺の知り合いがそのテの物を作る仕事しててさぁ。試してくれって渡してくるときがあるんだよ。ただ、俺はこういうの必要としねぇし? 独り身で寂しいお前の方がきっと喜んで使うだろうと考えて…」
「余計なお世話だ!」
「意地張るなって。本当は喉から手が出るほどに欲しいくせに。だってもう、静江さんとヤれないんだぜ?」
「うるさいっ! だぁああっ、静江も何でこんな奴が良いんだよぉおおッ!!」

半ば泣きそうになりながら叫ぶと、滝本が首を傾げた。

「こんな奴がいいって…どういう意味だよ?」
「はぁ? だって静江はお前と正式に付き合うために俺と別れたようなもんじゃん」
「もんじゃんって…。それは違うだろ。俺、静江さんと付き合ってねーし。付き合う気もねーし」

はいぃ!?
俺は滝本の顔を凝視した。
嘘をついている様子も、俺をからかっている様子も感じられない。
ってことは、事実…?

「おまっ…静江で遊んでたのか!?」
「はぁ!? 人聞きの悪いこと言わないでもらおうか!」
「だって、静江と付き合う気がないくせにそんな…っ。彼女、今どうしてるんだよ!?」

滝本にいいように遊ばれて捨てられた静江がどんな心境でいるのかを考えると、胸がキュウキュウと痛む。
顔を青ざめさせている俺を見ながら、滝本は苦々しそうに口から煙草を外した。

「…お前さ、何か勘違いしねぇ? つか、きちんと離婚のときに話をしなかった俺も悪いかもしれねぇけどさ。俺と静江さんの間に恋愛感情は一切ナシだぞ?」
「そ、うなのか…?」
「ったりめぇだ。人妻に恋する馬鹿がいるか」
「お前はその人妻と抱き合ったじゃないか!」
「それは…ほら、一種の気の迷いというか。若気の至り?」

若気の至りだなんて言えるような年齢じゃないだろ…っ。
もう立派に成人してるくせに!
睨みつけると、滝本は「うぉ、こえ〜」と笑いながら肩をすくめて見せた。

「静江さんとは昔からの知り合いで、よく飲みに行ってたんだよ。んで、あの日も一緒に昼食を取っていたわけ。そしたら、彼女あんまり夫との体の相性が良くないっつーんで、俺はその性的欲求を満たしてやろうと…いわば親切心で抱いたわけだ」
「しっ…親切心って…!」

頬の筋肉がひくついた。
それが親切心ということになってどうもありがとうございましたとなるのなら、浮気で喧嘩するカップルや夫婦はこの世からいなくなるだろう。

「…俺はすぐに帰るつもりだったんだぜ? んで、欲求を満たせた彼女はお前といつもと変わらぬ生活を送るって予定だったのに…」
「俺が帰ってきたわけか」
「そう。予定外にもほどがある。しかも更に困ったことに、静江さん…離婚してくれとか言い出しちゃったし。どうにも俺は、彼女の欲求を満たすだけのつもりが、お前と別れることに対する決意をつけさせちまったみたいで…。それは素直に悪かったと思ってる」
「…なんだよ、それぇ」

っていうか、少し考えれば分かることだと思うんだけどな。
だって体の相性が良くなくって、欲求不満だったんだぞ?
そこにものすごくテクニックの良い人が現れたりしてみろ。
その人物…もとい滝本に惚れるか、俺との相性はやっぱり最低なんだと再認識して嫌気が差すかのどっちかだろうに。
…それで静江は後者になったわけか。
それはそれで悲しい。

「じゃあ、静江と付き合ってるわけじゃないのか…」
「静江さんとは、まだ付き合いはあるさ。でも恋人だとか、そういうもんじゃねぇ。あくまで、友達だ。たま〜に抱き合うかもしれない…な?」

ニッと笑う滝本に、ため息が漏れる。
それじゃあ本当に、離婚した原因は俺の魅力がないってことだけになるじゃないか…。
ほかに好きな人が出来たとかの方が、まだマシだよ…。

「おいおい、そう暗い顔すんなって。ほら、この玩具があれば自慰には困らないだろ? 俺だってお前の相手してやれるし。だから…な?」
「どんな慰め方だよ…!!」

俺はガクリとうな垂れて、もう一度、大きなため息をついた。




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