4. 心音


会社が倒産した。


あ、ありえない。
いや、確かに最近あんまり忙しくなかったけど!
残業なくってラッキーとか思ってたけど!
でも…でもまさか潰れるだなんて普通思わないだろ!?

「…は、腹減ったぁ」

フローリングの床に寝転びながら腹をさする。
もともと給料がそれほど良くなかった俺は銀行にあまり現金がない。
もちろん手持ちの金だってほとんどない。
ちなみに冷蔵庫の中身もなかったりする。
そんなわけで、会社が倒産して給料を貰えなくなった俺は、ここ数日まともな飯を食べていなかった。

「どうしろって言うんだよぉ…」

新しい仕事を探してはいるものの、採用されないし。
無職のまま数ヶ月を過ごすことになるなんて…。

くるくるくるぅ〜

情けない、腹の虫の音がした。
床に転がっている財布に手を伸ばし、中身を覗く。
入っているのは…15円だけだ。
なんて中途半端な額。
10円ガムでも買えというのか。
…それもいいかもしれない。
俺はのろのろと起き上がると、玄関へと歩き出した。
なにか、なにか空腹感を和らげれるものが欲しかった。

「…あ、れ?」

ドアを開け、足を外に踏み出した瞬間のことだった。
なみなみならぬ眩暈が襲ってきたのだ。

「…ぁ」

目の前がグルグルと回転したかと思えば、いつの間にやら頬に冷たく硬い感触が。
どうやら俺は倒れたらしい。
コンクリートの感触を掌で確かめる。
まずい、起き上がれない。
瞼もやけに重たく、意識が遠のいでいく。
なに、これ。
もしかして俺、このまま死ぬのか?

無職男性、玄関先で栄養失調により死亡…。

そんなの嫌過ぎる…!!
どんなに嫌だと思ったところで、身体的な異常に敵うわけがなく。
俺はそのまま、意識を手放してしまった。
もう少し、マシな最期を迎えたかった…。






香ばしい香りが鼻をつき、薄っすらと瞼を開けると、すぐ傍にある机上に料理が並べられていた。
色とりどりの野菜や果物、そして真っ白いご飯…!
何ですか此処は。
天国か何かですか…!?
俺は起き上がると、おそるおそる、置いてあったフォークに手を伸ばした。
それから、切っ先でローストチキンの切れ端を刺す。
ごくり、と咽喉が鳴った。

「いただきま〜…あうっ!」
「なに勝手に食ってやがる!」

ずがんっ、と頭に鈍い衝撃。
痛みに涙を滲ませながら振り返ると、眉を吊り上げた滝本の姿があった。
手にはお玉が握られている。
俺は改めて辺りを見回した。
置いてある家具類はともかくとして、どことなく見覚えのある部屋。
ここはどうやら、俺が住んでいるマンション…もとい、滝本の部屋らしかった。

「なっ…なな、何で俺はここに…!?」
「玄関先でぶっ倒れてるのを、俺が発見したんだよ。ったく、驚かせやがって」

滝本は不機嫌そうに言った。
何だろう、嫌なことでもあったのだろうか。

「どうかしたのか、滝本?」
「どうかしたのかじゃねぇ! 何でそんな…倒れるまで独りで我慢してんだよ!」
「え?」
「悪いけど、お前が意識失ってる間に、いろいろと調べさせてもらったからな! 会社潰れたんだって!? しかも銀行に金、ほとんどねぇじゃねーか! 冷蔵庫の中身は皆無に等しいし!!」

な、何でそこまで調べてるんだコイツ…!

「変態か滝本! そしてプライバシーの権利というものを知らないのか!?」
「うるせぇな! 最近姿見ないなーって思ってた奴がガリガリの状態でぶっ倒れてたら、調べたくもなるだろ!」

それは…まぁ、確かに。
ってかやっぱり俺、他人から見るとガリガリなのか。
自分の腕や足を見つめながら、俺は眉間にしわを寄せた。
痩せこけてはいるものの、血色は悪くない。
栄養失調を起こして倒れた人間の身体とはとてもじゃないけれど思えなかった。

「何だよ、急に黙り込んで」
「いや、ほら…。俺って栄養失調で倒れたわけじゃんか。そのくせ、わりと健康的な身体してるから、何でかなって…」
「そりゃお前、倒れてから三日間、毎日かかさず点滴受けてたしな」

滝本の言葉に目を見開く。
点滴…!?
しかも三日間も!?

「俺の知り合いに医者がいたからさ、特別にこの家に診察に来てもらってたんだぜ」
「うわわっ、ごめん! 迷惑かけまくってたんだなっ」
「んなことはどうでもいいんだよ! 問題なのは、そんなになるまで誰にも頼らなかったことだ。…そんなに俺、信頼ねーのかよ」
「え…そ、そういうわけじゃなくって」

若干低くなった滝本の声に、俺は戸惑ってしまった。
信頼がないだとか、そういう問題じゃないんだ。
ただ、恥ずかしかっただけだ。
会社が倒産して、働くところが見つからなくって、お金がないことが。
不景気だし、仕方のないことなのかもしれないけど…。
それでも、食べ物を分けてくれと他人に乞うことは抵抗があった。

「俺…」
「これからは、もっと俺のこと頼ってくれよな。迷惑だなんて、思わねぇから」
「…ごめ」
「すとーっぷ!」

滝本は俺の唇に人差し指を押し付けてきた。

「こういうときは、ほかに言うべき言葉があるだろ?」

滝本の笑顔を見ながら、俺も小さく微笑んだ。

「うん、そうだな…。ありがとう、滝本」
「ああ、もういいよ。気にするな。ところで腹…減ってるんだよな。ほら、食えよ。これはお前の分だから」

微笑みながら手渡されるご馳走…ではなく、お粥。
しかも目茶目茶量が少ない。

「い、苛めか!? こんなご馳走が目の前にあるのに、俺の分はこれだけなの…!?」
「あのなぁ…。お前、まともな飯食ってなかったんだろ。だったらそれくらいで良いんだよ。いきなりこんなもん食ったら、胃壊すぞ」
「それは確かにそうなんだけど…」

じっと見つめると、滝本は短くため息をついた。
それから「少しだけだぞ?」と苦笑して、俺にローストチキンを食べさせてくれた。
ほんの少しだけど、それはすごく美味しくて。
食べ物の有難さを痛感した。




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