7. 心音
「ほらー、起きろよ滝本〜! もう朝ごはん出来てるぞーっ」
「ん〜、あと5分…」
「初めに起こしに来たときからもう30分も経ってるんですけど!?」
「じゃああと10分…」
「延びてんじゃん! おい、いい加減にしろよ! 仕事行かなくっていいのかよ!?」
「今日は休みぃ…」
滝本は寝返りを打つと、もぞもぞと布団の中に潜ってしまった。
先程から、滝本はずーっとこんな感じだった。
8時過ぎには起こしてほしいとか言っていたくせに、全く起きる気配が見られないから嫌になる。
まぁ、一度目が覚めてからゴロゴロするのが気持ち良いってのはよく分かる。
そのまま二度寝してしまうことは、俺だってあるし。
けれど、朝早くから朝食を作って起こす側となると話は違う。
素直に起きてくれないと腹が立ってしょうがない。
「たぁーきぃーもぉーとぉーッ」
「だぁあああっ! うるせぇッ」
ユッサユッサと揺さぶったのが効いたのか、滝本はガバッと起き上がった。
物凄く機嫌の悪そうな顔をしている。
いつも以上に眦がつり上がっていて、怖いことこの上ない。
どんだけ低血圧なんだ、こいつ…!
「…朝食出来てるんだけど」
「朝食ぅ?」
頭を掻きながら首を傾げるこいつはきっと、今までにした俺との会話を全く覚えていないのだろう。
ため息混じりに滝本の腕を引いて無理やりベッドから降ろさせると、俺はリビングへと向かった。
机上に並べられた朝食を食べて、滝本は感心したようだった。
それもそのはず。
今朝はかな〜り気合を入れて料理を作ったのだから。
「…お前、料理上手だったんだな」
「だろ〜。なにせ仕事の都合で静江が料理作れなくって、いつも俺が自分で作ってたからな!」
「…つくづく寂しい結婚生活送ってたんだなぁ、お前ら」
憐れみの目を向けられて、なんだか複雑な気持ちになった。
確かに夫婦仲良く飯を食べる、だなんてことはなかったけど。
それでも、寂しいとは思ってなかったのに…。
「ほら、お前も見てねぇで一緒に食えよ」
「あ、ああ…」
滝本と向き合う形で席に着いた俺は、自分の作った朝食を口にした。
チラリと視線を前へとやれば、微笑んでいる滝本がいて。
何だか、不思議な気分だった。
こうやって他人と一緒に食事をするということに、あまり慣れていないからなのだろうか。
「なんつーかさぁ。こうして料理食べてみて分かったけど。お前、ほんっとに主婦向きじゃね? 日中も…夜も」
「うっ、うぅぅ…うるさいな!」
昨晩のことを思い出して、顔がカァーッと熱くなった。
ふとした瞬間に思い出してしまうことが、しかもそれで胸が異常なほどドキドキすることが、悔しくってたまらない。
「朝っぱらから変なコト言い出しやがって…」
「なに、思い出しちゃった?」
「このエロエロ魔人!」
「誰がエロエロ魔人だ!!」
「滝本以外に誰がいるって言うんだよ!!」
「あぁー!?」
睨み合っていたのだが、途中からこんなことで言い争っているのが馬鹿らしく思えてきて、俺たちはどちらともなく視線を外した。
それから再び視線を交えて、互いに苦笑する。
どうにも俺たちは、口を開くと喧嘩をしてしまう傾向にあるようだった。
それもとてつもなく、くだらない内容の。
せっかく一緒に朝食を食べているんだから、楽しい時間にしたい。
そう思って俺は、違う話をすることにした。
「滝本ってさ、何か嫌いな食べ物ある?」
「ん〜。特にはねぇな」
「わぁ、料理の作り甲斐があるね。それじゃあさ、食べたいデザートとかはある?」
「あ、それなら俺…アイスとか好きだぜ」
アイスクリームねぇ…。
俺はしげしげと滝本を眺めた。
甘いものが好きそうな顔立ちには、とてもじゃないけれど思えなかった。
でも人は見かけによらないって言うしな。
「…なんか、今すげー失礼なこと考えてなかったか?」
「いや、そんなことないと思うぞ? それより、アイスの何味が好きなわけ?」
「バニラだな。チョコとかも好きだけど」
「ふぅ〜ん。それじゃ、今度デザートでアイス使ったのを作ってあげるよ」
「マジか!? さんきゅーっ。俺、楽しみにしてるからな」
そう言って屈託なく笑う滝本は何だか子供みたいで。
不思議なことに、可愛いなって思えた。
「よーしっ! 滝本がクセになっちゃうような美味しいもの作ってみせるぞー!」
「かなり楽しそうだな、お前」
「へへっ」
他人のために料理を作るだなんて、今までなかったから。
だからこそ、彼のために料理を作れることが、凄く嬉しく感じられていた。