13. 不協和音のような僕ら


「委員長、お茶」
「……ありがとう」

岡崎が淹れてくれたお茶を啜って、息を吐く。
一人で色々と考えようと思っていたのだけれど、いざ一人になると本当に色々と考えすぎてしまって頭が痛くなった。
そんなわけで俺は岡崎の部屋にやって来ていた。
他人と一緒にいると、少しだけれど気分を和らげることが出来た。
寮の消灯時間はとっくに過ぎているけれど、付き合って起きていてくれる彼の優しさが嬉しかった。

「……で、結局理由は話してくれないんだ? 放課後、何であんなに取り乱してたのか。あと、何でこんなに遅くまでここにいるのか」 

何も言えずに黙り込むと、岡崎は困ったように眉を寄せた。
それから、俺に向かって優しく微笑みかけた。

「俺は、委員長が何をそんなに思いつめてるのか分からない。でもそれだけ悩むってことは、委員長にとって、重大なことなんだろ? だったら、焦ることはないさ。時間をたっぷり使って、慎重に答えを出せよ」

岡崎の言う通りなのかもしれない。
こんな気持ちになるのは初めてだったから。
でもだからこそ、この感情の名前が知りたくて、この嫌な気持ちを晴らすことが出来るような解決策を得たくて。
妙な焦燥が、胸を焦がすように広がっていく。

「あのさ、そろそろ休んだらどうだ? 今日結論が出ないことも、明日になったら案外簡単に出たりするもんだぞ?」
「……だといいけど。なぁ、ここに泊まってってもいいか? 何か、自分の部屋に帰るの面倒だ」
「え……あ、ああ。別にいいけど。でも寝るところが…」

岡崎はひとつしかないベッドに目をやって、それから唇の端を上げて見せた。

「久しぶりに、一緒に寝てみるか? 同じ布団とか、小学生以来だろ」
「それもいいかもな」
「……マジか?」
「え? 岡崎、嫌なのか」
「そういうわけじゃないけど…。まぁ、委員長がいいなら」

岡崎の歯切れ悪い言い方が少しだけ気にかかったものの、俺はベッドへと身を沈めることにした。
空になった湯飲みを片付け終えたらしい岡崎が隣に寝転んできた。
やはり一人用なだけあって、狭いことこの上ない。
寝返りなんて打とうものなら、互いの身体が思い切りぶつかり合ってしまうだろう。

「うーん。やっぱ自分の部屋に戻るべきだったか」
「今更遅い。……電気、消すぞ」

天井照明からベッドの脇に垂れ下がっている紐を岡崎が引くと、電源が落ち、辺りが闇に包まれる。
といっても完璧な暗闇ではなく、カーテンを閉め忘れていたために窓から月明かりが淡く差し込んでいた。
……深町、あの女子生徒とメールをしたりするんだろうか。
ふと考えてしまったことに、失笑する。
眠るためにベッドに入ったというのに、することといえば、寝転ぶ前と何も変わっていない。

「……岡崎、まだ起きてるか」
「起きてる。俺はそれほど寝つきが良くないんだ」
「夜更かしばかりしてるからだぞ」
「そういう委員長こそ、まだ起きてるくせに。……また、考え事か?」

返事をせずにいると、それを肯定ととったのだろう、岡崎は嘆息した。

「気持ちの切り替えが素早く出来る方が、人生何かと良いぞ? 今いくら考えても答えが出ないことは、もう十分過ぎるほど分かってるだろ? 無理なことは無理だって、スパッと諦めるべきだ」
「そんな風に割り切れる人間には、一生なれそうにない」
「だろうな。……ま、ならなくてもいいけど。それでこそ委員長だし」
「どういう意味だよ。俺がいつもクヨクヨしてるとでも?」
「いつもってわけじゃないけど、少なくとも、今はそうだよな」

的確な指摘に言葉を詰まらせると、岡崎の笑い声が聞こえた。

「岡崎も意地悪だ」
「…俺、も? それは誰と並べてるんだ?」
「……別に、誰でもない」
「嘘つくなよ。委員長を悩ませている人物だろ?」

岡崎の言葉に目を広げる。
俺が悩んでいる理由を、彼は勘付いているらしい。

「……おか、ざき」
「何だよ?」
「その、さ。もしもだぞ? もし……付き合っている人がいる奴に、キスされたらどう思う?」
「――――されたのか」
「いいやっ! されかかっただけで…。されては、ないんだけど」

それでも、俺は驚いたんだ。
どうしてそんなことを深町が俺にしてくるのかが、理解出来ない。
それとも彼は誰とでもそういうことをしてしまうんだろうか。
俺と抱き合ったときも、気軽な気持ちだったようだし。
……それは、嫌だ。
シーツを握り締め、刺すような胸の痛みを堪える。

「……俺だったら、サイアクだな」
「…え?」

呟かれた岡崎の言葉に、首を傾げる。
彼は俺のシーツを握る手をじっと見つめていた。

「だってそれって、からかわれてるってことだろ?」
「からかわれて…る?」
「付き合っている奴がいる。それなのに手を出してくるんだぞ? 遊ばれてるとしか、思えないだろ」

胸の痛みが、ひどくなった。
深町に…遊ばれている?
彼は俺の反応を面白がっていただけなのか?

「そんなこと…!」
「委員長。俺は委員長の言ったことを、客観的に判断したまでだ。否定したいならすればいい。でも、それには委員長の願望が含まれてるってこと、忘れるなよ」
「ッ……」

分かっている。
深町はそんなことをしないと思いたいから、岡崎の言葉に反感を覚えてしまうんだと。
自分を傷つけたくないから、否定したいんだと。
そう分かっていても、認めたくはなかった。

「……な、んでだ。何で…っ」

ただ、事実に対して冷静な判断をされただけなのに、辛い。
それが世間的に公正な見解なのだと分かるからこそ、悲しい。

「委員長…」
「ごめ…俺……だめだ…っ」

堪え切れなかった嗚咽が漏れてしまった。
涙が音もなく頬を滑り落ちていく。
胸を掻き毟りたい衝動に駆られていると、岡崎に抱きしめられた。

「……忘れさせてやろうか」
「……どういう…意味?」
「深町のこと。泣くほど辛いんなら、最初から、なかったことにしちゃえばいい」
「そんなの…っ!」

出来るわけが、ない。
こうやって岡崎と話していて、よく分かった。
俺の中で深町の存在が、とてつもなく大きくなっていたことが。
今更それを消してしまうことなんて、誰にも出来ないはずだ。

「委員長の言いたいことは、分かる。無理だって言うんだろ? でもな、委員長。それだったら、変わりを作っちゃえばいい。痛みを忘れさせてくれるような、深町以外の存在を」
「……何言ってるんだか、分からない。そんな存在、どこにも」
「俺がなってやるよ。深町の代用品に」

岡崎は俺の上に身体を乗り上げると、そっと、頬を撫でてきた。
その手はゆっくりと下がっていき、俺の服のボタンに、指が触れた。
プツン、と音がしてボタンが外された。

「……岡崎?」
「……キスマーク。まだ、残ってるんだな」

首筋に残っている、深町のつけた痕。
それが気に食わない、とでも言うように岡崎は目を細めると、首筋に顔を埋めてきた。

「おっ、岡崎…!?」
「…俺がつけたのは、もう消えてるのに」

不愉快そうに呟かれた直後、だった。
強く、痛いくらいに肌を吸われたのは。

「んっ…ちょ……?」
「俺でいっぱいにして、他のことなんて、何も考えられなくしてやるから」

独白するような呟きに俺が黙り込むと、岡崎は小さく笑みを浮かべた。
本気で言っているのだろうか。
岡崎の瞳をじっと見つめると、彼も逸らすことなく、真っ直ぐに見つめ返してきた。

「岡崎…。俺、は」
「優しくする。リードしてやれる自信はあるぞ?」
「……いいのか、それで」
「俺は構わない。それで委員長を……抱ける、なら」

岡崎によって服が少しずつ暴かれ、肌が露になっていく。
恥ずかしさを何とか堪えていると、彼がフッと揶揄するように笑むのが見えた。

「委員長、こういうことするの慣れてないだろ?」
「そりゃ…まだ、高校生だし」
「……結構みんな、してたりするけどな」
「それはいけないことだ」
「そんないけないことを、今からするんだけどな?」

あどけない笑みを向けられて、俺はシュンと押し黙った。
岡崎はさも愛しそうに目を細めると、口付けをしてきた。
舌は絡めない、ただ触れ合わせるだけの優しいものだった。

「……こうやって組み敷いてると、勘違いしそうになるな」
「…え?」
「委員長が、俺のものになった…って」

どこか物憂げに呟くと、岡崎の手が、肌を滑った。

「はっ…おか、ざ…」
「大丈夫だから。身体の力、抜いて」
「……んっ、ぁ」

筋肉を弛緩させても、すぐに力が入ってしまう。
そのことに岡崎は苦笑しながら、ゆっくりと俺の身体を愛撫していく。
下着を脱がされて露になった自身に触れられると、抑えていた声が漏れてしまった。

「委員長の声、いいな…。澄んでて、それなのに凄くいやらしい」
「っ…ふ…ぁ、ん!」

ぴちゃり…と。
耳に届く小さな湿音に羞恥が掻き立てられていく。
蛍光灯とは違う、ほのかな光の中で行われるそれはひどく淫靡で、麻薬めいた恍惚を呼び起こす。
頭がぼうっとして、身体が切ないくらいに熱く火照っていた。

「あっ…も、いい…から。だから…っ」
「駄目だ。もっとちゃんと、解さないと…」

中を押し広げるように動く岡崎の指に、もどかしさを覚える。
そっと彼の背に手をまわすと、頬に優しく口付けられた。
指がゆっくりと抜かれて、代わりに熱が宛がわれる。
気遣うような視線を俺に向けてから、岡崎は腰を押し進めていった。

「んっ、ん…!」
「ッぁ……」

柔襞を擦り上げられ、目の前で真っ白な光がチカチカと炸裂する。
腰を動かし始めると、ギシッとベッドの軋む音がした。
汗ばんだ身体が触れ合い、ぶつかり合う。
快楽に呑まれていっているのが、よく分かった。

「ぁっ、ふ…あぁっ…」
「委員長…っ。……き、だよ」

耳元で囁かれた岡崎の声は、うまく聞き取れなかった。
けれどそのときの彼の表情は、よく見ることが出来た。
どこか切なそうで、けれど満足げな顔。


見ていると胸が締め付けられるようなそれに、俺は瞼を閉じ、ただ、与えられる快楽を受け入れることにした。




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