16. 不協和音のような僕ら
文化祭当日、俺はひどく憂鬱な気持ちでいた。
一緒に見てまわる人はくじ引きで決めるわけだけどさ。
何だかんだ言って、こういうのって、好きな人と一緒になったりするもんじゃないの?
だから密かに俺も期待してたりしたわけですよ。
深町とならないかなーって。
いやむしろ“深町となれー!”って念じてたわけなんだけども。
何でよりにもよって。
「俺がどうして岡崎なんかと文化祭をエンジョイしなきゃならないんだ!」
「それはこっちの台詞だな深町! ちなみにenjoyの発音はどちらかというとエンジョイではなくて、インジョイに近いんだ!! もっと詳しく説明するならばエとイの中間という微妙な…」
「どうでもいいわっ!!」
……この二人が、ペアになってしまうのでしょうか。
「あのー、お二人さん」
「何だ委員長っ!」
「おいっ、深町! いくら腹を立ててるからって委員長に当たるな!!」
「むしろ当たってるのは岡崎の方だろ! ほらっ、見ろよ委員長の顔を! 引き合いに出されて困ってるじゃないかっ。どう責任取るつもりなんだ!?」
「何を!?」
さながらハブとマングースだ。
とか言おうものならどっちがハブでマングースなのか問いだたされそうなので黙っておく。
確か強い方がマングースだっけか…?
そういえば観光地でハブVSマングースが見れるところがあったような…などと現実逃避しているのも束の間、俺は深町に腕を引っ張られて駆け出すことになっていた。
「えっ、えぇ!?」
「委員長、校則なんて無視しちゃえばいいんだっ」
「ちょっ…それは」
「男女の組み合わせには教師も目を光らせてるけど、男同士は気にしてないみたいだし。平気平気!」
「えぇーっ」
後ろから岡崎の怒鳴り声が聞こえたけれど、俺たちはそのまま走り続けて行った。
「はぁ…っ、は…ちょ、ありえん…っ」
「このくらいで息切れしてるなよ…っ」
「そういう深町だって、してんじゃんかよ…!」
屋上まで全力疾走した俺たちは、両膝に手を突いた姿勢で息を乱していた。
久しぶりに走ったせいなのか、心臓がバコバコいっている。
てか、階段駆け上がるのはマジキツイって。
「でもさすがに岡崎も追ってきてないみたいだし。これで二人きりで文化祭、楽しめるな」
「それはいいけど…。いや、良くない良くない!」
思わず頷いてしまった自分に叱咤を入れる。
馬鹿じゃないのかっ。
委員長のくせに…それ以前に生徒として、校則なんて破ったら駄目だ。
「ほら、戻るぞ! 俺にもちゃんとペアがいるわけだし」
「そいつと一緒にまわりたいわけ?」
「…それは」
「いいじゃないか。少しくらい。教師の言うことばっかり聞いてたら駄目だって」
「あのなぁ。校則がなんのためにあると思ってるんだ」
「そんなの決まってるだろ。破るためだ」
…呆れた。
呆れすぎて最早、言い返す気力さえ沸かない。
「もういい。疲れたーっ」
俺は屋上の床に倒れるようにして寝転んだ。
深い青の空に浮かぶ雲の隙間を縫うように、太陽の光が淡く差し込んでいるのが見えた。
「…なんかさ。深町相手にしてると、校則だとか、そういうちっぽけなものに囚われてる自分が馬鹿みたいに思える」
「事実、馬鹿だからな」
「ムカつくなぁ。お前って初めて会ったときから何も変わらないな。嫌味ったらしすぎる」
「委員長がそうさせるんだよ」
「はぁ? ふざけ…っ」
ふっ、と。
顔に影が落ちてきた。
空と光が、深町の顔で遮られている。
「委員長…俺さ」
近づいてくる彼の顔を、瞬きさえせずに見つめる。
相変わらずな綺麗な、恐ろしいほど整った顔立ち。
トクントクンと、心臓が音を立てているのが聞こえてしまいそうで。
唇が触れ合う、直前に。
「おいっ! 屋上は立ち入り禁止のはずだぞ!! こんなところに逃げ込むなんて、反則だ!」
バンッ、と派手な音と共に扉が開いて、岡崎の姿が現れた。
「……何してるんだ、二人とも?」
驚きのあまり飛び上がってフェンスに身体を打ち付けた深町とコンクリートの床に頭をぶつけた俺は、岡崎に訝しまれてしまった。
いきなりやって来るの、それこそ反則です岡崎さん。
「…はぁ。せっかくいい感じだったのに」
「何がいい感じだ! 委員長、涙目じゃないかっ」
「それは岡崎がやってきたせいだろ!」
「俺のせいなわけあるかっ。とにかく、行くぞ!」
「………何、お前。そんなに俺と文化祭インジョイしたいのか」
「そんなわけあるか!! それとenjoyの発音はどちらかというとインジョイに近いって言ってるだろ! …いや、あってるのか」
ブツブツと文句の言い合いをしながら立ち去っていく岡崎と深町。
そして取り残される頭にタンコブを作った委員長こと、俺。
「…なっ、なんだよーっ!!」
誰もいなくなってしまった屋上で、俺は怒りのあまり地団駄を踏んだ。